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ボーダーを越えて
28 三つ子の魂
2004年6月1日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ウィンチェスター・カレッジ最終年のときのトーマス(赤い印)。このまままっすぐ(?)行けば、彼も典型的なイギリス紳士になっていたかも。
▲ 楽しくてたまらなかったというタンザニアでのボランティア時代。やがて家を建ててもらってテントは引き払った。
▲ アボカドの花にはほのかに甘い香りがあると言うトーマス。香りはあまりにほのかで、嗅覚の鈍い私にはわからない。それとも、アボカドに対する思い入れの違いでしょうか? アボカドが健康にどんどん育っているので、現在の彼はしあわせそのもの。
イギリス人のトーマスが、カリフォルニアでアボカドを栽培するようになったのはなぜでしょう。それにはだれもが不思議に思うらしく、いまだによく聞かれますが、彼の答えはいつも決まっています。

「子どもの頃、チリのサンチアゴに住んでいた。そのとき住んでいた家の庭のアボカド木に、週に1度、水をやるのが僕の役割だったんだ。それがとっても楽しかった。泥んこになって夢中でダムなんかを作ったりしたもんだ。その後おとなになってからも、アボカドの木のそばに行くと、なんとも言えないうれしさがこみ上げて来るということに気がついた。子ども時代に戻っていくような気分になるんだ」
つまり、アボカド栽培によって無邪気な子どものころが再現できるというのです。

彼がサンチアゴにいたのは第2次世界大戦中の3歳から5歳までという幼少期で、しかも家には使用人が何人かいたのですから、彼は灌漑の日にアボカドの木の下で泥にまみれて水遊びをさせてもらっただけというのが本当のところでしょう。が、農家に生まれ育ったわけではない彼には、その幼児体験は重大だったようです。

彼の父方は、リバプールの造船業で産業革命とともに財をなし、次第に船舶業や南米への投資にも手を広げた家系でした。イギリスに、ジェントルマン・ファーマーという言葉があります。趣味として農業をやる裕福な階級の紳士のことです。南米各国とイギリスとの間を行き来して仕事をしていたトーマスの父親も、半ば退職したころ、あれこれ野菜や果物を育ててみたり、牛や羊を飼ってみたり、ジェントルマン・ファーマーの生活を楽しんだようです。が、お遊びの域を出ることはありませんでした。

チリからイギリスに戻ったトーマスは、父親と同じようなイギリス紳士となる教育を受けるべく、寄宿舎制の学校に入れられたのですが、次男坊の彼はかなり自由奔放だったようです。勉強は怠け放題、学校から抜け出して釣りに出かけたり、授業と関係ない本を一晩中読みあさったりで、先生からは教育不可能とさじを投げられたほど成績はすこぶる悪かったそうです。ところが中学生にあたるぐらいのころ、クラスの最優等生から「お前は異常だ」とすこぶる侮辱を受け、なにを?!という気がムラムラと起こったとか。それで猛勉強を始め、その優等生と競争してトップを争うまでになり、おかげでオックスフォードに入学できたのですが、専攻はなんと、農業経済学。世界から飢餓をなくすために食料生産に貢献したいという理想に燃えていたからだそうです。

その学科は1950年代には植民地政策の後始末の意味もかねて、発展途上国の経済基盤である農業についての研究と探索を目的としていましたが、やがて廃止されてしまいました。数年前にロンドンで最も親しかった同窓生の集まりがあったのですが、自分でも農業を営みながら反グローバリゼーション運動を小農民の間で組織している人、第三世界の農民に商品化できる作物の栽培指導をしている人、イギリス国教の宣教師をやりながら障害児を大勢養子として育てている人など、みな、お金儲けには一切関心のない人たちばかり。その学科を選んだトーマスが特異だったということではなさそうです。むしろ、いまお金儲けを考えているのはトーマスだけでした。彼だって、お金のことを本気で考えるようになったのは父親が他界した後の40歳近くになったころです。

大学を卒業した彼は、アフリカの農業開発の仕事を目指しました。ところが、経験がないので誰も雇ってくれない、雇ってもらわないと経験が積めない、という初心者がぶつかる問題に彼も直面。そこで、1年間タンザニアで新開拓地キテテの村造りという国連プロジェクトでボランティアをしました。その間、彼はキテテ村がすっかり気に入り、村民はもちろん政府関係者からも信頼されて、彼はタンザニア政府にキテテ村の小麦生産指導責任者として雇われ、通算8年間をタンザアニアで村の一員として楽しく過ごしたのです。1998年に彼はキテテ村を訪れたましたが、30余年の年月を隔てた後の彼との再会に、村民は大喜びしてくれたものです。

彼の定住が決まると、村民が家を建ててくれたそうです。彼がタンザニアを去った後は誰もその家に住むことはなく、土壁が穴だらけの空家のままで残っています。家の脇には大きなアボカドの木が立っています。近隣のヨーロッパ人からもらったアボカドの種を彼が植えたものだそうです。キテテ村はンゴロンゴロ自然保護区の近くで標高が高く、アボカドに適した気候ですから、彼がいなくなってからもどんどん生長して見事な大木になったのでしょう。この木に実がなるのかどうか、なるとしたらどんな実なのか、残念ながらトーマスも知りません。

タンザニアでの仕事の後、トーマスはエチオピアで働きたかったそうですが、全く方向違いのエクアドルへ、先住民に除虫菊栽培を指導するというユニセフとの提携プロジェクトに送られました。ところが現地で脳膜炎に罹ってしまい、2年足らずで帰国。自宅で長期療養する羽目になってしまいました。ようやく回復した後、彼はアメリカのユタ大学の大学院で灌漑の勉強をすることにしたのですが、在学中に数カ月、ボリビア調査に送られたりしました。

灌漑を習得すると、アボカド栽培を始めようという気持が固まり、今度はロサンゼルスの東、ハース・アボカドの出生地の近くにあるポモナ・カレッジに通いました。そこはアボカドに関するありとあらゆる知識の宝庫だったのです。そのときの彼は南欧でアボカドを栽培し、ヨーロッパにアボカド市場を開拓しようと考えていました。1970年代半ばのことです。そこで夏休みにはアボカド栽培に適した土地を捜しに、ポルトガル、スペイン南部、シシリー島を歩き回りました。その結果ポルトガルを選んだところ、その直後にポルトガルで左派政変が起こり、5ヘクタール以上の灌漑農地は所有できないことになってしまいました。それでは採算が合いません。結局ポルトガルでのアボカド栽培は断念せざるをえませんでした。

そのとき、南カリフォルニアのボレゴ砂漠で観賞用パーム栽培の話が持ち上がり、トーマスはパートナーシップを組んでパームの生産出荷のビジネスに専念しました。建設産業と密接したパームは建築ブームのときはどんどん売れるのです。といってもアボカド栽培の夢を諦めたわけではなく、南カリフォルニアにアボカド栽培地を捜し始めました。そうして見つけたのがラモナの山の斜面だったのです。ちょうどそのころ付き合い始めた私を、まだ野生の潅木だらけだったその土地を見に連れて行ったものです。彼とのデートは大体がそういうものでした。アボカドといっしょにパームも育てる計画だったので、日曜日というと、街路樹のパームの種を採りにサンディエゴの町中を2人で回ったこともあります。そうして彼は平日は砂漠でパーム、週末はラモナでアボカドとパームを栽培するという働き詰めの毎日を送ってきました。

1990年にパートナーシップを解消したトーマスは、ラモナの農園に全力を注ぐようになり、現在に至っています。どんな植物にも関心のある彼はパームについても詳しいですが、パームにはそれほどの愛着はなく、お金儲けの手段と割り切っています。が、アボカドは別。適切な世話をかければかけるほど、それに応じて実を結んでいくので、格別にいとおしく感じさせるのでしょう。しかも、子ども時代のしあわせな思いを蘇らせてくれるというのですから、トーマスは一生アボカドと関わっていきたいと思っているのです。
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