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ボーダーを越えて
30 アボカドと生きる鳥
2004年7月3日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ケツァルの全貌。出典=http://www.cloudforestalive.org/tour/qcam/
▲ ケツァルの後ろ姿。振り向いた顔が愛くるしい。出典=http://www.worldbirder.com/photonew/xpages/photo.asp?PhotoID=388
▲ 1ケツァル紙幣の左上に載っているケツァル。
寿太郎さんのアボカドを食い尽くしてしまうなんて、にっくきカラスめ!と、だれでも思うでしょうね。ところが、アボカド原産地の中米には、アボカドを食べて敬われている鳥がいるのです。その鳥の名は、ケツァル(Quetzal)。正式にはResplendent Quetzalといいます。

ケツァルはアボカドを丸ごとゴクンと飲み込んで、飛び立って行くのだそうです。アボカドといっても、ケツァルの大きさは鳩ぐらいですから、ハースやフエルテのようなものではなく、人間の指の先ほどの小さな野生の十数種類です。ケツァルはヒナのときは親から昆虫やトカゲや蛙を与えられて育ちますが,成長すると果実しか食べません。その果実のうちの80パーセント以上がアボカドなのです。安全な場所に着いたところで、種は吐き出すそうですから、アボカドにとっては、ケツァルは種を広める大切な役割を果たしてくれるわけです。アボカドとケツァルは相互依存の関係にあるのですね。

でも、ケツァルが敬われているのは野生アボカドの種を広めるからではありません。実は、雄はエメラルドグリーンの身体に、濃いブルーの翼、そして胸は深紅という見事な色の組み合わせで、おまけに60センチからときには1メートル近くにもなる長い「尾」があるというその絶妙な美しさゆえなのです。「尾」とは言っても、本当はしっぽではなくて、tail covertsという一対の羽根なのですが。私はテレビでしか見たことがありませんけれど,ケツァルの飛ぶ姿は、まるで鯉のぼりの錦を緩やかになびかせながら飛ぶ、と言うより、空を流れると言った方がいいような、それはもう大変に優雅なものです。

ケツァルの色鮮やかな羽根はマヤ人やアステカ人に重宝がられ、支配者たちのケープや冠に使われました。アステカ王のモクテスマは700以上ものケツァルの長い羽根で作ったケープを身にまといました。そのケープは現在、ウィーンの博物館に展示されています。そんなにどっさり羽根を使ったのなら、さぞかしたくさんのケツァルが殺されてしまったことだろう、という心配はご無用。マヤやアステカ文明を築いた人々は決してケツァルの命は奪わず,1羽のケツァルから数本の羽根を抜いたら、放してやっていたそうです。ケツァルは囚われの身になったら死んでしまうと信じられていたので,自由の象徴として慈しまられていたからです。

そうして人々とも共生していたケツァルですから、1524年にスペイン人のコンキスタドール、ペドロ・デ・アルバラードが兵士を引き連れてマヤ人たちを襲ったとき,突如として森林からケツァルが大きな鳴き声を上げて現れ、アルバラードを突っついたという言い伝えがあります。遂にアルバラードの刀がマヤの首領、テクム・ウマンを倒すと、ケツァルは急に静かになり、地上に舞い降りて、その長い羽根で首領の身体を被い、次第に冷たくなっていくテクム・ウマンの身体を一晩中守ったとか。翌朝、ケツァルは命の抜けたテクム・ウマンの身体から離れて飛び立ったのですが、それまで緑一色だったケツァルの胸は、テクム・ウマンの血に染まって真っ赤になり、それが今日まで残っているのだと言われています。なんとも美しく悲しい伝説ではありませんか。

この戦いで,3万人ものマヤ人がスペイン人征服者の手によって殺戮されてしまいました。こうしてケツァルは、スペイン人に征服された中米先住民のつらい歴史をも象徴することにもなったのです。アルバラードは後にグァテマラ建国者と呼ばれるようになりますが、闘いに敗れて命を落としたテクム・ウマンを最後まで守ったケツァルのことは、マヤの末裔に忘れられておらず、そこはケツァルテナンゴ(「ケツァルの場所」という意味)という地名で残っています。現在のケツァルテナンゴは、グァテマラ第2の都市です。

グァテマラの人口の過半数はマヤの子孫で、ケツァルはグァテマラの国鳥に指定されています。グァテマラ貨幣の単位もケツァルといい、ケツァル紙幣にはケツァルの飛ぶ姿が載っています。が、生息地の縮小で、ケツァルの将来は楽観できません。自然保護とエコツーリズムの発達しているコスタリカですら、油断はできないそうです。長い内戦から立ち上がりつつあるグァテマラの象徴であるケツァルには、マヤの子孫たちと 平和に末永く生き続けてほしいものです。

寿太郎さんのアボカドをめがけてやって来る鳥が、カラスではなくてケツァルだったら、どんなにか見事な光景でしょうねぇ。

追記:

ある方から、ケツァルというのは「実際にいる鳥なんですね。ケツァルコアトルという神様がアステカにいる、というのは知っていましたが、あくまでも、完全に想像上のものだと思っていました 」というお便りをいただきました。

ケツァルコアトル(Quetzalcoatl)とは、アステカの言葉でケツァルの羽根を付けた蛇(コアトル)を意味しますが、実際の名前というより、称号ではないかといわれています。スペイン人による征服前に書かれた歴史書(そのほとんどは征服者の手によって焼かれてしまいましたが)では、アステカより古いトルテックの最後の指導者を指しているそうですが、ケツァルコアトルの神話はトルテックに限らず、名前は違っても、紀元100年ごろからメソアメリカのあちこちで存在し始めました。

メキシコや中米の神話や伝説となると、話が長くなりますし、アボカドの話からそれてしまうのでこれ以上触れませんが、指導者としての権威の象徴とされているものが、アボカドで生を保つケツァルの羽根で飾られているということから、どんなにアボカドがメソアメリカ文化に、直接的にも間接的にも重要な位置を占めてきたかが伺われますね。
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