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僕の偏見紀行
214 バンコクの12日間(1)哀しみの街へ
2017年2月7日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ビルの壁に掲げられた国王の遺影。同じ光景はバンコクのいたるところで見られた。
▲ 王宮周辺の混雑。喪服姿の人々の流れは尽きることが無かった。何時行っても状況は同じだった。
▲ ちょっと記念撮影。いい思い出が出来たに違いない。
1月初め、乾期のはずのバンコクは何故か曇り空が続いた。時おり夜明け前に雨が降り、朝の道路が黒く光って見えた。天もまたプミポン国王の死を嘆いているのだろうか。

正月あけにバンコクに行ってのんびりしよう、軽い気持ちで航空券やホテルの手配を済ませて間もなく、国王が亡くなられたニュースが飛び込んできた。

永年にわたり広く国民に愛された国王の死去をうけ、タイの人々の哀しみはいかばかりか。それを思うと日本からノコノコ観光に出掛けるのは不謹慎ではないか。しかし観光業はタイの大切な産業でもある。旅行取りやめはかえって亡き国王の意にそわないのではないか。いろいろ迷った末出かけることに決めた。

バンコクは今まで何度か訪れたが、いずれも乗り継ぎや短期間の滞在だった。大都会バンコクを短時間で理解するのは無理な話で、僕にはなじみの薄い街といえる。

しかし、バンコクは大都会でありながら伝統文化や豊かな食文化にも恵まれているという。アジアの旅人を自認する僕にはこのまま見過ごせない街だ。

ノンビリするのが目的だから、あくせく動き回るのはやめにした。滞在するホテルは一ヶ所に決め、どこへ行こう、何をしよう、などということはホテルの部屋に落ち着いてから考えることにした。

そうやって僕のバンコク12日間の旅の大枠が決まった。どうせならビザ無しの制限一杯15日間にすればよかったが、安くて時間的に楽なフライトを選んでいたらこうなってしまった。

ホテルはチャオプラヤー川沿いで交通の便がいいところをネットで探した。たまたま選んだホテルだが、幸運にも目的によくあったところだった。高架鉄道の駅やチャオプラヤー川のボート桟橋に近く、付近に市場や屋台も多いという便利な場所だった。

と、ここまで書いてふと思った。かつての僕なら、旅に出る目的がハッキリしていた。市場の混雑を歩きたい、メコン川をボートで下りたい、ローカルバスを乗り継ぎ、陸路国境を越えたい等、明確な目的があった。だが今はそんな想いが薄れてしまった。これが老いというものだろうか。

台北で乗り継ぎ、のんびりと一日かけてやってきたバンコク スワンナブーム国際空港はいつものように人が溢れ、活気に満ちていた。成田と違うなあ、これが国の勢いの差というものか。そんなことを考えながら通関を終えた僕は通信会社のブースを探した。

今回、僕らはSIMフリーのモバイルルーターと端末を持参している。普段僕と家内はこのルーターを利用し、2台の端末を月額900円前後で使っている。海外に来たら、現地のSIMカードを購入して使えば、カード代だけで国内と同じネット環境になるので非常に助かる。

ただ、出発前にルーターの会社に現地SIMカードを利用することについてたが尋ねたが、海外の通信事情についてはコメントできない、とお役所みたいな回答だった。

バックパッカーの世界ではSIMフリーの端末は常識なのだが、日本は相変わらず遅れている。日本の通信業界はハードだけではなく、ソフトもガラパゴス化しつつあるようだ。

目星をつけた通信会社のブースはすぐ見つかった。窓口の若者にルーターを見せ、2週間程使いたいと申し込んだ。すると若者は、それ以上僕がくどくど言うのを相手にせず、利用期間を再確認するとルーターを開け、素早くSIMカードを入れた。

そして手早くチェックを済ませ、これでOK、料金は500バーツ(約1500円)と僕に告げた。ちょっと高いかなと思ったが、スムーズに2台の端末がネットに接続できたので支払いを済ませた。2人で2週間利用して1500円なら格安といえるだろう。これで常時ネット接続が可能になり、僕らは旅行中大いに助かった。

空港ロビーを出ると南国の熱気と押し寄せる人の群れに圧倒された。タクシー乗場を探すと、発券機の前に客が並んでいる。ここで順番に予約カードを取るようだ。そしてそのカード記載された番号の乗場へ行くとタクシーが待っているという仕組みだ。

指定されば乗場へ行くとタクシーが来た。カードに記載された車だ。ドライバーにカードを見せ、ホテル名を告げた。よく言葉が通じないようだ。分かったのかどうか、とにかく乗れと言うので荷物をトランクに入れ乗りこんだ。

ドライバーは何かブツブツ言いながら車をスタートさせた。ここで僕はあることに気づいてハッとした。コイツはメーターを倒していない。これはタイではよくあることで後でぼられることになる。

ぼくはあわてて、メーターで行け!と怒鳴った。すると彼はしぶしぶメーターを倒した。到着早々嫌なヤツに出会ってしまった。

さらにコイツは先ほど渡した予約カードを返してくれない。カードには日付や車のナンバー、ドライバー名等が書いてある。何かあった時のためだが、彼は後ろめたいところがあるのか、催促したがバタバタポケットを探るふりをするだけだった。

ドライバーは時々訳の分からぬ独り言を言いながら高速道路を猛スピードで突っ走った。暫く走るとタイ名物の渋滞につかまった。夕方のラッシュが始まったようだ。イライラしたドライバーは時おり奇声を発した。

コイツはひょっとしたら危ない系かもしれない。早くホテルに着いてほしい。そんな気持で僕らは座席で固まっていた。ところが中心部に近づくにつれ渋滞は一段と激しくなった。特にホテルまで数百メーターあたりで車は動きを止めてしまった。イラつくドライバー、固唾をのむ僕ら、しんどい時間が流れた。

通常1時間くらいのはずが、タクシーは2時間以上かかってようやくホテルに到着した。手早く料金の支払いを済ませた僕は心底ほっとした

後で分かったことだが、もともとバンコクはタクシー料金が安いのだ。初乗りが35バーツ(約100円)、さらにメーターは2バーツ(6円)ずつしか上がらない。だから時には電車で行くより安くなることもある。

そのためか、空車が少なく自然にドライバーが強気になるのだろう。ある日僕らはタクシーで移動中、王宮周辺の渋滞に巻き込まれ動けなくなった。そしてついに業を煮やしたドライバーに途中で放り出されてしまった。

ホテルに無事チェックインし、僕らはホッと一息ついた。ホテルのスタッフはテキパキと仕事が早く、しかも親切で礼儀正しかった。立地だけでなく、ここはなかなかいいホテルのようだ。夜も遅くなっていたが、小腹が空いたのでホテルの下にあるデパ地下のスーパーでサンドイッチを買って遅い夕食にした。こうしてバンコク12日間のノンビリ旅がスタートした。

翌朝、とにかく王宮へ行こう、そして亡き国王への哀悼の意を表するのだ、とチャオプラヤー川のボートに乗り込んだ。王宮へ向かうボートは立錐の余地も無いほど混んでいた。あまりの混雑に料金集めの女はヒステリーを起こしどこかへ消えてしまった。

ボートで移動中、河畔のビルや建設現場に巨大な国王の遺影が飾られているのが見えた。その下には弔意を表す言葉だろうか、タイ語が書かれている。無彩色の遺影を見ていると、外国人の僕の胸にも静かな哀しみの感情が湧いてくる。

この遺影とそして祭壇はバンコクの至るところで見られた。遺影と言葉だけのところもあれば、花で美しく飾られた祭壇もあった。そしてその前を黒い服やTシャツ姿の人々が通り過ぎていた。よく見ると仕事着に黒いリボンをつけている人も多かった。

僕らのホテルでも奥まった一角に大きな遺影と祭壇が設けられ、記帳のためのノートが置かれていた。エレベーター内には、視察中らしい作業服姿の国王の映像が、哀調を帯びた音楽とともに常に流れていた。エレベーターに乗る度、僕らは浮かれた気分から一瞬で粛然となった。

王宮へ行く桟橋に着くと大半の乗客が降りていった。僕らも人の波について歩いた。王宮が近づくにつれ混雑は一層激しくなってきた。黒い喪服の人々が通りを埋め尽くし、その流れは延々と続いて途切れることが無かった。あちこちに救護所や警備の詰め所が設けられ、冷たい水の無料サービステントもあった。

周辺には夥しい数の大型バスが道路脇に駐車し、その列ははるか遠くまで続いている。きっとタイの国中から沢山の人々が貸し切りバスで来ているのだ。亡くなって3ヶ月過ぎたというのに、人々の哀しみは未だ尽きることが無い。

数年前訪れた時の記憶を頼りに王宮入り口まで来たが、そこは出口専用となっていた。入り口は反対側のようだ。曇の合間から厳しい日差しがもれ、ジリジリとやけるような暑さだ。

押し寄せる人波にもまれながら、これでは王宮に入るのはとても無理と諦めた。とりあえず王宮の外からお参りし、後日出直すことにした。ところが後日改めて出かけた時も状況はまったく変わらず、再び断念してしまった。

戻る途中、賑やかなざわめきが聞こえてきた。近寄ると喪服姿の中年の奥様方が、警備の兵士を囲んで記念撮影中だった。厳粛な周辺の雰囲気とは違った空気がそこにはあった。囲まれた兵士はなかなかスマートな好青年だ。奥様方が熱くなるのもよく分かる。

奥様方は弔問を済ませてホッとしたのだろう、きっと故郷へのいい土産話になるに違いない。着慣れぬ喪服姿ではしゃぐ、日焼け顔の奥様方の姿に僕も嬉しくなった。それでは我家も仲間に入れてもらうとするか。(続く)
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72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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