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149 「漢詩のリズム」
2015年1月17日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
興膳 宏(こうぜん ひろし)氏という中国文学者の名前をお聞きになったことがありますか? 京都大学で中国文学を研究しておられた方で、その世界ではたいへん有名な方のようです。

門外漢の私は、もちろん最近までまったく存じ上げなかったのですが、過日、この先生が筑摩書房のPR誌に書いておられた「漢詩のリズム」という小文を読む機会があり、たいへん感銘を受けました。知的に面白くて、しかも役に立つ内容だったからです。その文章を以下にご紹介させていただきますので、よろしければご一読ください。

なお、興膳さんとは、こんな方のようですが、なにやらたいへんな教養人のようです。

1936年(昭和11年)福岡県生まれ。京都大学名誉教授。中国文学理論、六朝文学研究の第一人者として知られ、フランス語にも堪能で、欧米の学界との連携を強めることに貢献しました。

1986年から1987年にかけて、フランス高等研究院客員教授をつとめ、中国文学理論についての包括的な連続講義をおこないました。その後も日仏の学術交流を続け、日仏東洋学会会長をつとめています。

2001年、京都国立博物館長、2009年、財団法人東方学会理事長。「中国文学理論の研究」により2013年度、日本学士院賞受賞。

それでは以下が興膳先生の文章です。

<引用開始>

漢詩のリズム

フランスの中国古典学者の友人が、あるとき私に言った。「日本人は誰でも漢詩が読めて、うらやましいですね」。さて、この言葉はどう理解すればよいのか。  

ラテン語はフランス語の祖語である。だが、フランス人なら誰でもラテン語の詩が読めるわけではない。それを読むためには、ラテン語の習得が必要である。一方、漢詩は日本人にとって、古典中国語という外国語で書かれた詩である。なのに、中国語を知らなくても、訓読という方法で漢詩を読みこなせる。詩を、それが書かれた言語を習得していなくとも、内容を理解できる、これは世界的に見ても、実に珍しい現象なのである。  

それは我々の祖先が、日本語を表記するために、言語的には全く性質の異なる中国語の漢字を取り入れ、中国の詩文を読むのに訓読という一種の直訳方式を考案した余慶をこうむっているからだ。といっても、もちろん現代日本人の誰もが漢詩に親しめるわけではない。しかし、フランス人がラテン語の詩を読めるようになるよりはずっと簡便な方法で、一定の訓練さえ経れば、漢詩が読めるようになる。  

その「一定の訓練」が、本来は学校で施される古典教育のはずだが、それが近来とみに疎んぜられている。私は大いに不満だが、お上の方針に頼るばかりでは、埒があきそうにもない。いささかの自助努力によって、漢詩というこの豊穣な文学の世界に参入できるものなら、いたずらに手をこまねいている法はあるまい。近ごろはやりのことばでいえば、誠に「もったいない」話ではないか。  

そこで、漢字の読める人なら、誰でも漢詩が読めるようになる一つのヒントを提供しておきたい。

漢詩には、主要な詩型として五言詩と七言詩がある。詩である以上は音声と意味におのずからリズムがあり、五言詩なら2/3、七言詩なら2/2/3となる。つまり2字+3字、あるいは2字+2字+3字で、音声と意味の流れができているわけだ。これは俳句の五七五や、短歌の五七五七七にも通ずることである。  

抽象的な能書きを並べ立てても始まらないから、具体的な例を示そう。ここに唐の詩人王翰(おうかん)の「涼州詞(りょうしゅうし)」と題する有名な七言絶句があり、戦場の悲壮感を異国情緒(エキゾチシズム)にからませながら詠う。   

葡萄美酒夜光杯   欲飲琵琶馬上催   酔臥沙場君莫笑   古来征戦幾人回  

これを先に示した方式によって分節すれば、次のようになる。   

葡萄/美酒/夜光杯   欲飲/琵琶/馬上催   酔臥/沙場/君莫笑   古来/征戦/幾人回

中国語は基本的に単語の上下関係で意味が決まるから、こうして区切られた単位をじっとにらんでみるだけでも、ある意味のまとまりが浮かんでくるのではあるまいか。

注意すべきは下の3字で、これはさらに分節されて、2+1、1+2のいずれかになる。この詩でいえば、「夜光/杯」「馬上/催」「君/莫笑」「幾人/回」である。また中間の2字は、上にも下にも連なり得る。この原則はあらゆる詩に共通する。  

上のような分節を経て、漢字の間を仮名でつないでゆけば、訓読文になる。   

葡萄の美酒 夜光の杯(さかずき)   飲まんと欲して 琵琶 馬上に催(うなが)す   酔いて沙場(さじょう)に臥す 君笑うこと莫(なか)れ   古来 征戦 幾人か回(かえ)る

こんな操作をしながら詩を読んでみると、原語で読んだ気分にも近づけるのではないか。念のためにいえば、漢詩を専門的に学ぶためには、もちろん中国語を学ぶことが欠かせないし、また正しく訓読するには、日本語の文語文法をきちんと習得することもぜひお忘れなく。ことは日本語の問題でもあるのだから。

<引用終了>

いかがですか? こんなことをもっと早く知っていたら、私も漢詩がもっと楽しめたのになあ、と思いながらも、イヤイヤ、今からでも遅くはないとあらためて思った次第です。深い学者が一般向けに書く文章はわかりやすくて、しかも味がありますね。
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