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ボーダーを越えて
32 お刺身パーティー
2004年9月30日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ お刺身愛好者の面々。
▲ 収穫シーズンの初期と末期という違いはあっても、チリ産(左)とカリフォルニア産(右)とでは味にもサイズにも大差があります。
▲ タコを盗んで食べたジプシー。この顔は、罪の意識を表しているでしょうか。
アボカド生産者があわててスーパーへアボカドを買いに行くなんて、想像できます? 私自身、そんなこと考えてもみなかったことなのですが、あったのです、先日そんなことが。

毎年8月末から9月頃は、近海でもマグロが捕れる時期です。サンディエゴのスポーツフィッシング港からは、15人乗りぐらいの釣り船が毎日いっぱい出ます。夜出発して、一晩中南西の沖合に向かい、朝方から始めて制限量が捕れるまで釣りを続け、夕方以降に帰って来るというのが一般コースで,もっと釣りに真剣な人は2泊3日とか3泊4日とかで、もっと遠出してどっさり釣って来る(はずです)。

昔はトーマスを奮い立たせて釣りに送り出していたのですが,彼はどうしても(薬を飲んでも、耳の後ろに貼付けても)船酔いしてしまうので、行かなくなりました。その代わり,知人が毎年行くので、その人の釣り船代を半分負担し、釣れた魚も半分っこしています。そんなときは、お寿司ご飯を作り,手巻き寿司用の海苔もたっぷり用意して,お刺身好きの友人たちとみんなでお刺身を思う存分食べるのです。ほとんど毎年のことなので,友だちも楽しみにしています。多いのですよ,カリフォルニアには、お刺身好きが。

マグロにもいろいろありますが、今年は白身のアルバコア(Albacore)と赤身のブルーフィン(Blue Fin)が釣れました。日本語では何と言うのでしょうね。マグロだけでは単調なので、マサゴやエビやタコの足も買ってきました。西海岸ではおいしいウニもたくさん捕れるのですが,どうやら日本へどんどん輸出されてしまっているようで、買い物に行った日はお店に見当たらず,今回は断念。もう1つ、どうしても欠かせないのがアボカドなのです。アボカドの薄切りをお刺身やマサゴといっしょに手巻き寿司にすると、それはもうたまらなくおいしいのですよ。これも毎回のことなので,みんな楽しみにしています。

ところが、今年はアボカドがない! いつもは自分たちで食べるくらいのアボカドは、必ずガレージのアボカド専用冷蔵庫に入っているのですが、今年の夏はアボカドの卸価格が早めに下がり始め、トーマスは価格が底をつかないうちに収穫して全部出荷しまっていたのです。それで、まだ収穫を終えていない近所の農園からアボカドをいくつか分けてもらったのですが、まだまだ固くてとても食べられそうにありません。お刺身パーティーの前日からリンゴといっしょに紙袋に入れておいたのですが、それでもちっとも効き目がない。それでトーマスはあわててスーパーに飛んで行き、すぐ食べられそうなものを10個も買ってきたというわけです。

「こんなのが1個1ドル59セントもしたよ」
と言って,彼が見せたアボカドは、チリ産というラベルが貼ってあり、彼が普通出荷するサイズの半分ちょっとぐらいしかありません。8月にはカリフォルニアのアボカドは市場から姿を消してしまうので,北半球とは季節が逆のチリから輸入品が入ってくるのですが、輸入品が出回り始めると卸価格は下がっていくのです。なのに、こんなちっぽけなのが1ドル以上もするとは、きっと途中で誰かがぼろ儲けしているんでしょう。
「こんなサイズだったら卸価格は1個35セントだ」
などとブツブツ言いながら、トーマスはアボカドを薄切りにし始めました。ところが、中身の半分は黒ずんでいたり萎んでいたりして、とても食べられそうもない代物ばかりです。

トーマスの診断では、輸送の際の冷蔵温度が低すぎるのが問題の1つだろうということです。それと、味が水っぽく、全体が萎んだ感じなのは、収穫時の実の含有脂肪量が低いようにも見えます。チリでもカリフォルニアの基準を採用しているそうですが、どうも同じような結果が出ないようです。その原因は、実が生育していくときの気温が、十分に高くないからなのではないかとトーマスは推測しています。

5年前に知人の結婚式でサンチアゴへ行ったときに、ついでにアボカド生産地域を見て回ったのですが、当時まだ新しかったチリのアボカド産業は、どんどん栽培面積を広げているところでした。細長いチリは、海岸線からアンデス山脈の麓まではすぐ近く。おかげで、アンデスの雪解け水という最上質の水が流れてきて、チリのアボカドの木は元気にスクスク育つはずです。ところが、チリ沿岸は冷たい海流が流れていて、夏でも夜はひんやりすることが珍しくありません。それでアボカドの含有脂肪分が上がらないのかもしれないとのこと。

でも、なんとか、大皿にいっぱいになるくらいのアボカドの薄切りはできました。マグロのお刺身は20人以上でもお腹いっぱい食べられるくらいあります。海苔もたくさんあるし、マサゴもエビも。そして、タコも、と思ったら,タコがない! タコが入っていたパッケージが床に… あぁぁっ! ジプシーにやられた! そう言えば、なんとなく後ろめたそうな表情で私の方を伺っています。ジプシーは人間の食べ物をかすめ取る名人,いや、名犬。アボカドのことに夢中になって、警戒心をつい緩めていた私が悪いのだと諦めました。タコがなくても、アボカドがお粗末でも、友人たちは新鮮なお刺身に大満足。みんな幸せ気分満々で、お刺身パーティーは賑やかに夜遅くまで続きました。

翌日、トーマスはスーパーにアボカドの文句を言いに行きました。ところが、チリ産アボカドについては他のお客たちからも苦情が出たそうで、店長はすぐ別のアボカドをくれたとか。このスーパーだけではありません。仲買人の話ですと、チリのアボカドの評判の悪さは深刻な問題となっているそうです。私たちはそのことを、初めて消費者の立場から経験したのでした。
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