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僕の偏見紀行
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
2009年5月2日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 父島の展望台からの眺め。晴れ間が広がり空は明るいけど風は依然として強く寒かった。
▲ 夕方まじかの小港海岸。断崖の合間に開けている。白い砂浜と青い波が美しい。
▲ ホテルそばの道路わきのパパイヤ。あちこちで見かけたけど誰も採らない。青いパパイヤは炒めたりテンプラにする。夕食に出たパパイヤのかきあげは旨かった。
父島二見港に入港した小笠原丸はそのまま3日間停泊した後、4日目の午後2時東京へ向け出航する。この3日間が旅行者滞在のひとくぎりとなる。

島の人々の生活もそのひとくぎりを中心に動いている。スーパーでは入港日に生鮮食品や雑誌等が店頭に並び買い物客で賑わう。食堂やみやげ物店などは出航日の翌日を定休日にするところが多かった。

到着日の午後、地元ガイドの案内で島内散策に出かけた。ガイドのタケチャンは神奈川県出身のよく日に焼けた大柄の好青年、小笠原の海でのダイビングの魅力にとりつかれて通ううち、住み着いてガイドになってしまった。

ツアー会社やみやげ物店、小さな喫茶店やペンションなども経営する若き事業家だ。ガイドとしても優秀で、島に関する歴史・地理・天体・生物など多岐にわたる分かりやすい説明は楽しかった。

見晴らしのいい峠や展望台は季節はずれの寒波による強風が吹きつのり寒かった。見渡す限り太平洋の濃い藍色が広がり、風に吹き飛ぶ白い波頭がはるか遠くに見えた。

数百年前に火山が隆起して生まれた小笠原諸島は、有史以来一度もまわりの大陸と地続きになったことがない。ガラパゴス諸島やハワイ諸島と同じく、地理学用語でいう「大洋島(海洋島)」である。そのため島の動植物には貴重な「固有種」が多い。

無人島だった島には、かっては足の踏み場もないほどアオウミガメが上陸し、森には今では絶滅危惧種となったオガサワラグワの大木が林立していた。そして周囲の海は回遊してくるクジラで満ちていた。

やがてクジラを追ってきた欧米系の人々が、水や食料の補給地として利用するようになり、それを知った人たちが捕鯨船に食料を売ろうとハワイからやってきたのが1830年、これが定住の始まりとなった。

彼らは英・米・デンマークなどの欧米系5名とカナカ人20名からなり、家畜を育て畑を開墾し、捕鯨船へ食料を売って生活をした。その後日本・スペイン・ドイツ・フランスなども加わり、その当時としては珍しい人種のるつぼが太平洋の孤島に形成された。このことは島の生活や文化に今でも色濃く残り島に独特の雰囲気をかもし出している。

たとえば、小笠原諸島は英語で「BONIN ISLANDS」と呼ばれるが、この「BONIN」は日本語の無人(ぶじん)がなまったものである。また島には「ハスベイ」「ジョンビーチ」など英語の地名があちこちに残り、スタンリーさんやセボリーさんという名の欧米系の子孫の方も多い。

しばらくはどの国にも属しなかった島は、その後領有権を主張する日本から移民が送り込まれ、国際的な承認を得て日本領となる。しかし日本の敗戦により米軍統治下となり、ようやく返還されたのは敗戦から23年後の1968年だった。

戦後63年過ぎたというのに小笠原は返還されて未だ40年しか経っていない。このように小笠原諸島は日本国内でありながら、同じ国とは思えないほどの国際色豊かな歴史と文化、珍しい大自然に恵まれている。

島を巡るとよくヤギを見かける。山の斜面を横切る野生化したヤギの群れはまるでカモシカだ。このヤギとネコそしてグリーンアノールという小さなトカゲは、人間が持ち込こんだ結果増えすぎて、島の自然に深刻な影響を及ぼしている。天敵のいない島で彼らは島固有の動植物を食べ尽くし、貴重な島の固有種が絶滅の危機に瀕する一因となっている。

ところがグリーンアノールは、本来の生息地であるアメリカでは絶滅危惧種になり、保護が叫ばれるようになった。身勝手な人間への大自然の皮肉といえよう。

太平洋戦争も島に大きな傷跡をを残した。敗色濃厚になった1944年、米軍の進攻に備えて島民は本土へ強制疎開させられ、その後再び島に戻れたのは1968年の返還以降だった。

もうその時には本土に生活の基盤が出来てしまって今さら戻れない、という人々も多かった。島のあちこちには戻れなかった人々の集落が今も無人のまま残っている。

山中には旧日本軍の高射砲陣地や通信施設の跡が残り、南国の緑濃い森の中で静かに朽ちていた。海辺では座礁した軍船の残骸が、白い砂と青い海の輝く光の中、無残に横たわっていた。それは限りなく美しい自然の風景にふさわしくない異様な眺めだった。

タケチャンの案内で島を巡り小港海岸に着いたのはもう夕方近かった。断崖の連なる中にぽっかりと開けた海岸の砂浜を散策しながら海を眺める。

明るい南国の日差しはまぶしかったが、太陽は西に傾き白い砂浜に砕ける波は金色に輝いて見えた。風は強く寒かったけど青空に白い筋雲が流れ、これなら明日のホエールウオッチングと南島散策は晴れだろう。            (続く)
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