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ボーダーを越えて
33 サンタアナの風
2004年12月22日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ トーマス:「いとしいアボカドよ、収穫するまでちゃんと木に付いていてほしいな」
▲ 実の重みで枝が倒れてしまったアボカドの木。
▲ 支えがいっぱいで、トラックもなかなか通れないアボカド園の中。
12月16日。時差ボケがちっとも取れず、私は年末年始の挨拶状作成に一晩中取りかかっていました。ふと気がつくと、外がかなり明るくなっています。バルコニーのドアにかけてある簾を開けると、そこからは水平線がくっきりと見えます。ここ数日、朝晩深い霧が出て、水平線が見えなかった前日までとは大違い。水平線だけではありません。すべてが異様なくらいはっきり見えます。空気が異常に乾燥している証拠です。

やっぱり… 私は不安になりました。この日からサンタアナの風(Santa Ana Winds)が3日間続くという天気予報があったのですが、どうやらその通りのようです。サンタアナとは、秋から冬に東から西に吹く強風のことです。ネバダ州に発達した高気圧から、空気が西南のカリフォルニアの砂漠に流れ始めます。その過程で空気の温度は急速に上がり,湿度は逆に下がっていき、狭いサンタアナキャニオンを抜け出ると大変な勢いで海岸部に出て、大変な強風となるのです。カラカラの強風ですから、乾季の夏を経たカリフォルニアでは大火事を煽ることになります。去年の大火事を思い出してください。今年は10月にたっぷり雨が降ってくれましたから、大火事の心配はなかったのですが、問題はアボカド。風はアボカドの大敵なのです。

枝から出た長い柄の先にぶら下がっているアボカドに強風が当たると、アボカドは、まず柄ごと、ブーンブーんと大きく揺れる。風は吹き続けるので、柄が枝に付いている部分か、アボカドが柄に付いている部分が弱くなって、やがて、プツーン! するとアボカドはプロ野球のピッチャーに投げられた速球のような速さで、ビューンと木から飛んで行ってしまう。落ちる先にキャッチャーなどもちろんいませんから、当然地面に落ちます。12月になると、アボカドはかなり大きくなっていて収穫可能ですから、それが落ちてしまうと、大変な損害になるのです。落ちたアボカドも売れますけれど、品質管理が厳しくて風が吹いてから3日以内に集めないといけません。そして値段は、ハサミで収穫したものの10分の1。現在の生産者価格は1ポンド(ほぼアボカド2個分)につき1ドル前後ですから、風で落ちたアボカドはたったの10セントということになります。ですから、風が吹くと、本当にヒヤヒヤします。

実は9年前の1995年に大変な思いをしたのです。忘れもしません、クリスマスの当日に、サンタアナの大風が吹き荒れたのです。早速翌日から落ちたアボカドをできるだけ拾い集める作業が始まり、私も手伝いに行きました。作業に慣れない私が行ったってたいした役には立たなかったのですが、居ても立ってもいられなかったのと、手伝うことでアボカドの収穫に賭けたトーマスに声援を送りたかったのです。

その前の年からカリフォルニアには不景気が続いていて、パームの注文は2年間もぱったり止まっていました。となると、収入源はアボカドだけ。その年は実がいっぱいなって、トーマスはこれで不景気を乗り切ろうとしていたのでした。が、アボカドは収穫しなければお金になりません。最大の収益を上げようと、彼は価格が急騰する1月中旬に収穫を開始するつもりでした。でも、それまでの間、労働者の賃金や電気料金や農業用水料金を払わなければなりませんから、当然お金は必要です。彼は預金を全部引き下ろし、株券も売り払い、退職金積み立ても解消して支払いに充てていました。

「悪いけど、キミの預金を下ろしてくれないかな」
12月に入ってから、トーマスは済まなそうな顔をして私にそう言いました。当時私は彼の仕事には一切立ち入っていませんでしたから、彼の財政状態がそんなに緊迫しているとは知らなかったのです。その数日前に彼は私を農園へ連れて行き、どっさり実のなったアボカドを見せて、「今シーズンは大豊作で、ここだけで30万ドルになる」なんて得意そうに言ったものですが、それはきっと私に、必ずすぐ返せるものがある、と前もって安心させたかったのでしょう。(でも後に、「あれは捕らぬ狸の皮算用だったね」と彼に言ったものです。)大した額ではないけれど、収穫金が入るまではなんとか持ち越せそうな預金が私にはありました。すぐその預金を全部引き出して来たのはもちろんのことです。

そういうときにサンタアナの強風が吹いたのです。たった1日で、被害額は25万ドルにもなりました。なにしろ立派なサイズになったアボカドを収穫せずにいたのですからね。

銀行にローンを頼んだら、剣もほろろ。100万ドル分に相当するパームが農園にあると言っても、農地を担保にしたらと言っても相手にしてくれません。トーマスはそれまで、財政困難に陥った仕事仲間に前貸しなどをして助けてきました。零細の個人業には銀行はなかなかお金を貸してくれないからです。そういう仲間はトーマスを助けてくれるでしょうが、彼らも不景気で人に貸すお金などありません。せっかく改築して1年ちょっとしかたっていないこの家も、手放すことになってしまうのかしら、とトーマスには言いませんでしたけど、私は本当に不安でした。いや、それより、労働者に賃金が払えなくなったら大変です。仕方なくトーマスは、一番仲のいい、しかもお金持ちのイギリスの妹に借金を頼みました。彼女がポンと貸してくれたおかげで、トーマスの農園は持ちこたえることができたのです。(それから1年以上も私たちは慎ましい生活をしていましたよ。自営業は自分がボスという楽しさがある一方、大企業に勤める人にはわからないこんな苦労があるものです。)

やがて景気が上向き始め、1997年の後半からはパームの注文が舞い込むようになりました。余裕が出ると、トーマスはまたアボカド価格のギャンブルをしたくなります。
「だめよ、捕らぬ狸の皮算用は」と、私は釘を刺さずにはいられません。
「わかってる」と、彼も神妙になります。
たしかに、あの苦い経験以来、トーマスはアボカドの実が大きくなったら、1月を待たずにどんどん収穫するようになりました。景気のいいときに、家のローンも全部返済してしまいました。また、アメリカの景気の先行きが不安だからでしょうか、パームの売り上げはガクッと落ちていますから、前もって銀行のローンの手配もしてあります。が、とにかくサンタアナのシーズンが過ぎるまで、気は許せません。

何がどう幸いしたのか、トーマスのアボカド園は今年は大変な大豊作。あんまり実がどっさりなるので、実が大きくなるにつれ、10月以降にはその重みで枝が折れてしまう木が続出しました。急斜面では、実の重みで全体がひっくり返ってしまった木があるくらいです。トーマスは材木をどっさり買い込んで、できるだけ枝に支えを付けてきました。そして、11月下旬には大きくなった実は収穫したのです。これでサンタアナが来なければいいけれど…と思っていたところでした。

16日は日が高くなると、風も強くなっていきました。夕暮れになると、風も止みます。が、翌日はサンタアナの風はもっと強く吹きました。3日目にはかなり弱まり、サンタアナは一応治まりました。きのう(21日)までに集めて出荷したアボカドは4万ポンド。かなりいいサイズですから、ちゃんと収穫したのであれば4万ドルになるはずでした(溜め息)。拾い集められなかったアボカドがどのくらいあるのか、いまのところわかりません。

サンタアナの風は「悪魔の息」(devil’s breath)という渾名もあるそうですが、アボカド生産者にとってはまさに悪魔に襲いかかられるような思いです。天気予報によると、きょうもまたサンタアナが吹くことが予想されています。おお、こわい!

追記:
サンタアナの風については,以下のサイトに気象図等で説明が出ていますので,興味にある方はご覧ください。
http://www.atmos.ucla.edu/~fovell/ASother/mm5/SantaAna/winds.html
http://meteora.ucsd.edu/~chen/Santa_ana/
http://meteora.ucsd.edu/cap/santa_ana.html
http://www.usatoday.com/weather/wsanta.htm
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