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海の中に(下) |
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2005年2月18日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ トーマスの両親の灰は、この写真の左脇にある林に撒いてある。 |
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▲ 10月中旬から3月中旬までの間、水平線に日が沈むのが我が家から見える。カリフォルニアから見れば、日本はthe Land of the Rising Sunではなくて、the Land of the Setting Sun。 |
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さて、母の遺骨を引き取って私の灰といっしょに太平洋に撒いてもらいたいということを、日本のお寺の住職さんと従妹に、どう伝えたらいいものか。
お寺のしきたりからしたら、私の願っていることなど論外であろう。おまけにお寺に対して、私はこれまで自分勝手な態度を取り続けてきたから、だめだと言われても仕方がない。それなら償いの意味も含めて、私が生きている間は必要なだけ何度でも法要をすれば、私の人生の終わりが近くなったら母の遺骨をカリフォルニアに移させてもらえるかもしれない。もしその前に私が死んでしまったら、遺言執行人の役を引き受けてくれたヘザーに、私の代わりに母の遺骨を引き取りに日本へ行ってもらうことにしよう。
半年以上考えた末、私は正直に私の希望を従妹に伝えようと、手紙を書いた。手書きで、1字1字、願いをこめて。
新年が明けてから、従妹から返事が来た。彼女は私の考えに相当びっくりしたらしい。散骨については、そういう考え方もあるという程度の認識だったので、身近な者が実行しようとは思ってもみなかったと言う。が、常日頃から「海は命の源」と考えていたので、そのことと私の要望には共通点があると思い当たったそうだ。まして、と彼女は続けて、私の場合は生まれ育った日本と、成長してからの生活の拠点のアメリカとを、物理的にも心の上でも海が繋げていると言い、「と、すると、散骨の考えに行き着くのも道理か、とも思います」と彼女は結んだ。
それ以上は何も言っていない。どうぞご自由に遺骨をいつでもお引き取りください、などとは、もちろん書いていないのだが、それでも従妹が心から私の願いを理解してくれたことがわかる。これは非常に心強い。しかも、海が日本とアメリカと、またそこにいる母と私の心を繋げているという従妹の考えに、私の胸は温められた。
従妹が想像しているほどきちんと考えながら生きてきたわけではない自分が、少々気恥ずかしい。心理的にはアメリカにちゃんと上陸もせず、そのまま太平洋で母と再び合流したいと思っただけだったのだが、母のいる日本と私のいるアメリカとを海が繋げているという従妹の言葉は、私の願いがごく自然のものだと感じさせてくれる。(前回のエッセイを読んでくださった方々も、同じように海が繋げていると感じられたようで、さらに私は心強くなった。)これは必ず実現する。そんな確信が私の胸に沸き上がった。すると、途端に心がほぐれて、この世に平和が永遠にやってきたような気持になった。
「なんだかうれしそうだね。清々しい顔をしてるよ」と、私の顔を見て、トーマスが言った。 「本当? そうよ、とってもうれしいの」 私はその理由を彼に説明して、「あなたはどうする?」と聞いてみた。同じことを以前に何度も聞いたことがある。そのたびに彼は「そんなこと、まだ決められないよ」と答えたものだ。両親の灰は実家の広い敷地内にある林に撒かれてあるので、そこに自分の灰も撒いてもらいたいのだろうが、カリフォルニアにも思い入れがあるのだろう。 「そうだなぁ、半分はイギリスの両親の灰のある林に行くのがいい」 やはりそうだ。じゃあ、あとの半分は? 「太平洋に撒いてもらおうかな。海にゆったりと浮かぶなんて、想像しただけで楽しくなってきた」 太平洋? 大西洋でなくていいの? 「太平洋がいい」 これは意外だった。 たしかに大西洋(the Atlantic)より太平洋(the Pacific)の方がはるかに平穏(pacific)で、プカリプカリと浮かぶには適している。でも、私はオフショア・カリフォルニアンだと言ったとき、それなら自分はミッド・アトランティック(Mid Atlantic)だと彼は言っていたのだ。彼も変わった… トーマス・ロイドンというカタカナよりも、唐魔巣露伊丼という漢字の方がふさわしく見えてくる。 「それなら、母と私といっしょに撒いてもらって、3人仲良くプカリプカリしましょうか?」 「それがいい」
という次第で、唐魔巣と母と私は太平洋の上でパッといっしょに飛び散って、海の中に溶け込むことになった。もちろん、遺書にそうしっかり書いておくつもりである。 (終)
(追記)数年前のことになるが、新宿駅南口近くで、「カツ丼、みそ汁と漬け物付き、360円」という看板が目に止まった。騙されたと思って食べてみよう、とそのちっぽけなお店に唐魔巣と入ってみたら、これが意外とおいしかったのである。唐魔巣に露伊丼の漢字の意味を説明するのに、「丼は、あのカツ丼の丼のこと」と言ったら、新宿での出会い以来カツ丼の大ファンになった彼は、「うん、自分にぴったりだな」と満足げであった。
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