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ボーダーを越えて
37 国籍あれこれ:私の場合
2005年1月7日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ アメリカ政府発行の私のパスポート
アメリカの地を踏む前に、私はアメリカ合衆国国籍を取った。1973年2月、グアム島でのことである。アメリカ市民になりたいとか、アメリカに住みたいとかいう願望があったわけではない。反米でもなかった。学生時代はベトナム戦争に反対し、反戦を訴えるビラを米兵に向けて英語で書いたりはしたけれど。アメリカそのものに関心がなかったのである。当時たまたま(という言い方もおかしいが)結婚していた相手がアメリカ人で、シンガポールと香港を根拠地としながらも、仕事で東南アジアを動き回っており、私もあちこちにくっ付いて行ったのだが、アメリカのパスポートを持つ配偶者と、日本のパスポートを持つ私とでは、許可される滞在期間が往々にして異なっていて、不便だった--というだけのことである。

市民権取得を申請するには、まずアメリカでの永住権を取らなくてはいけない。日本から戸籍抄本を取り寄せ、認可された英訳を添えて、どこの国でだったか忘れたが、米国大使館に申請書を提出すると、海外に働くアメリカ市民の配偶者として、私は永住権を簡単にもらった。本来なら、アメリカ市民と結婚した永住権保持者は、市民権取得申請には3年間、それ以外の永住権保持者は5年間はアメリカに住んでいなければ市民権申請はできないそうである。ところが、私は配偶者が海外で仕事をしていたので、そういう居住条件は該当せず、永住権を取ったらすぐ、市民権取得の申請書をグアム島に出した。(9・11後はそんなことはもうできないだろうと思っていたら、いまでもそれは変わっていないという。)

グアム島は第2次大戦後以来ずっとアメリカ領土で、年に数回、ハワイから合衆国連邦裁判所の判事が巡回して来る。その判事が永住権保持者に市民権を与える権限を持っているので、グアム島へは判事がいる間に行かなければならない。申請書を提出してから、資格試験の通知をもらうまでに数ヶ月かかった。

手続きの進行中、(当時の)配偶者は仕事を辞めて一時アメリカに戻りたいと言い出した。フーン? アメリカに住むなんて、私はそのときまで考えてもいなかった。でも、アメリカに行っても多分また東南アジアに戻って来るだろう。それならアメリカを体験してもいい。と、まぁ、行き当たりばったりの気軽な(軽卒と言われても仕方のない)気持で、市民権取得試験のためにグアム島へ飛んだ。

指定された日に、連邦裁判所判事による面接と、「7月4日は何の日ですか」とか「合衆国憲法とは何ですか」とかいうばかばかしいほど簡単な筆記試験を受けると、その翌日か翌々日には帰化アメリカ市民(naturalized US citizen)になり、さらにその翌日にはアメリカのパスポートをもらうという大変なスピードで、すべてが完了した。

かくして、アメリカと日本の2つのパスポートを持った私は、グアム島からカリフォルニアに渡り、初めてアメリカ本土の土を踏んだのである。それからしばらくして日本領事館へ行く用事があったときに、アメリカ市民権を取ったことを言ったら、それなら、と日本の国籍は消されてしまった。アメリカは二重国籍を認めているが、日本は原則的には認めないのである。そのことを振り返るたびに、黙っていればよかった、と悔やまれる。日本の国籍を失ったことが惜しいのではない。パスポートが1つしかないというのが惜しい。「パスポートはいくつでも、あればあるほどいい」と、私が調査しているボリビアの日系二世が言ったことがあるが、その通りと思う。でも法律に逆らえないところが、日本に生まれ育った私の弱みである。

いずれはアジアに戻るだろうと思いながらやって来たカリフォルニアであったが、住み始めてから5年後に、この地で自分は生きていこうと、積極的に選ぶことになった。配偶者と別居し、離婚手続きを始めたときである。国籍を失った日本に帰るのはむずかしいということはあったが、それが理由ではない。女一人が社会からあまり制約を感じずに生きていくには、カリフォルニアが一番いいと思ったからである。皮肉なことに、離婚が成立すると、元配偶者は東南アジアに戻って行った。

カリフォルニアに住むのだと意識的に選択してから、私は選挙にはきちんと投票に行くようになった。といっても、急にアメリカ市民意識を持つようになったわけではない。9・11直後に巷で盛んに聞かれた「アメリカ人であることに誇りに思う」(Proud to be an American)という「アメリカ人」とは「アメリカ市民」の意味で使われているが、自分がそういう「アメリカ人」になったという気持など全くないし、アメリカ市民であることに誇りを感じたこともない。むしろ、勝手にイラクに戦争を仕掛けたブッシュを再選させてしまった国で暮らしていることが後ろめたい。それなら、日本人として生まれ育ったことに誇りを感じるかというと、そんなこともない。自分の国籍と帰属意識と誇りとは、それぞれ全く別のものである。

ただ、自分の住んでいる所に責任を持たなければいけないと、考えるようにはなった。アメリカが世界のあちこちで起こす波紋に、自分の生活も間接的にではあっても関わっていることは、否定できないと思うから。 (続く)
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