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思わぬ道草(1)3月14日の夕方 |
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2005年4月20日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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「いま農園を出るところだよ」 トーマスがそう電話して来たのは6時少し前だった。
3月10日からサンディエゴではラテン映画祭が始まっている。普段なかなか観られないラテンアメリカやカリブ海、スペインやポルトガルの映画が11日間に集中的に観られる。私たちはこの映画祭を毎年楽しみにしていて、パスを買って毎日平均2〜3本は観る。前日13日は観たい映画がたくさんあり、日曜日だったので、昼間から夜遅くまで、私たちは合計4本も観た。きょうは興味のある映画が1本しかない。スペインのフットボール選手が主人公のコメディーだ。上映開始は10時なので、トーマスが帰宅後シャワーを浴び、ゆっくり夕食を済ませても、出かける前に仮眠を取る時間はたっぷりある。私は彼が帰ったらすぐ食事ができるようにしておいて、犬たちを散歩に連れて行くことにした。
犬たちと近所の丘を一周して戻ったのは6時45分頃。あたりはすっかり暗くなっている。トーマスの白いトラックの姿はない。トーマスのことだから、帰るのが相変わらず遅くなるんだろう、などと考えながら、家の中に入る。留守番電話が、ピッ、ピッ、と鳴って、メッセージが入っていることを知らせている。いつものように帰途中の場所を知らせるトーマスのメッセージに違いない。
ところが、耳に飛び込んで来たのは、聞き覚えのない女の人の声だった。 「トム・ロイドンという方の家かどうかわからないままかけているのですが」と、その声の主は遠慮がちに言う。「ロイドンさんが事故に遭ったと私の夫が連絡してきましたので、折り返しお電話ください」
トーマスが事故に遭った? 間違って聞いたんじゃないのかな… もう1度メッセージを聞き直してみる。確かに、事故に遭ったと言っている。それでもまだ信じられない気持で、その人に電話をかけた。
「トム・ロイドンの連れ合いですが」と言うと、 「あなたはイギリス人ですか」と、おかしなことを聞く。 「いいえ、私は日本人です」 「でも、あなたのハズバンドはイギリス人?」 「そうです」 「あぁ、やっぱり。イギリス訛りがあるって私の夫が言っていたものですから」 そうして私が連絡すべき当人だと確認すると、彼女は夫が事故を目撃したのだと言い、携帯の番号を教えてくれた。
私はすぐさまその番号を押した。でも、まだ信じられない気持だ。
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