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思わぬ道草(6)長い夜 |
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2005年5月18日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ 手術後10日目のトーマスの頭。見事に縫われた傷口はホッチキスで留めてある。 |
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トーマスの手術を待っている間、助けてくれたロバートさんにもう1度電話する。時刻は10時を過ぎていたけれど、トーマスは無事なばかりでなく、どの骨も折れていないと言われたことを知らせたかったのだ。
ロバートさんはとっても心配してくれていて、電話線の向こう側から、安心した彼からホォーッと力が抜けていくのがわかる。彼は最初に話したときよりはるかに軽い口調になって、もっと詳しく事故の様子を教えてくれた。トーマスの頭は前方がつぶれたキャブの天井に挟まれていたというから、天井がつぶれるときに頭の右半分がべろりと剥けたのだろう。胸はハンドルに挟まれて、身動きできない状態だったので、ロバートさんのすぐ後に駆けつけた人が持っていたナイフでシートベルトを切って、トーマスが少しは動けるようにしたけれど、やたら動かすのはかえって危険なので、そのままで救急隊の到着を待ったという。 「あの場にいた人はみんな手助けしてくれましたよ」 そう言ってロバートさんは自分の行動を特別視しない。なんと謙虚な人なのだろう。回復したら本人に電話させたいと言ったら、本当にうれしそうだった。
それから、30年来の付き合いで弟のようなゲアリーにも電話する。彼はトーマスと私を引き合わせたシャーリーの長男で、初めて会ったときはまだ学生だった。弁護士になってからもう20年以上になる。トーマスが事故に遭い、私はいま病院の手術待合室にいると知らせると、彼はいますぐこちらに来ると即座に言う。トーマスも私も大丈夫だからと何度も強調して、やっと納得してもらう。本当に、いまは1人で大丈夫だ。
ゲアリーと話しているときに、フィリピン人と見える中年夫婦と彼らより少し若い男性が待合室に入ってきた。私の電話が済むと、今度はこの人たちの番だ。夫婦が携帯をやったり取ったりして、英語まじりのタガログ語で話している。 「交通事故に遭ったんですか?」と、電話のやり取りから離れている男性が親しみやすい口調で私に声をかけた。 「そうです。夫なんですけど」 「私たちも交通事故なんですよ。ここにいる従姉の妹なんですが」と言って、電話で話している女性を指差した。「1週間前の事故で内臓を打って、きょう急に盲腸が破裂したんです」 私は黙って頷く。同病相哀れむという諺があるけれど、不運な目に遭っているのは自分だけではないと実感できるのは、やはりどこか慰められる。 「彼女の息子がね、イラクに送られているんですが、すごく心配してね、いま従姉夫婦が彼と電話してるんです」 「それじゃぁ、いま電話しているのはイラクなんですか?」 「そうですよ」 当然、と言いたげに、でも目元の微笑は絶やさずに彼は答えた。 イラクで自分の身が危険にさらされている上に、母親が大怪我を負ってしまったという青年はどんなにつらい思いをしていることだろう。イラクの戦場が急に近くに迫って来たような気がする。
1時間ほどすると、フィリピン人一行は手術が終わったことを告げられて出て行き、私は待合室に1人残された。整形外科医のドクター・モフィッドが待合室にやって来たのは、トーマスが手術室に消えてから2時間余りが過ぎた真夜中だ。
ドクター・モフィッドは、頭の皮膚が元に戻るよう最善を尽くしたけれど、皮膚にいっぱいこびり付いた砂利やガラスのかけらやゴミで感染症を起こさなければいいが、それは様子を見ないとわからないと率直に言う。「耳は縫い付けられました」 「それじゃあ、元の形に戻るんでしょうか」と、私は思わず聞いてしまう。 なぜそんなことが大事なのかと言いたそうな顔で、ドクター・モフィッドは私の顔を見た。 「夫はグリーンカードなんです」と、ドクター・モフィッドの礼儀正しいけれど親しみを感じさせる態度につられて、私はつまらない説明をしてしまった。(註1) 「グリーンカードの写真には右の耳がはっきり見えるように必ず斜めに撮りますから、耳の形が変わったら、その理由を移民局に説明しなくちゃならないかもしれないんです」 「それは知りませんでした」と、ドクター・モフィッドは生半可な返事をした。彼は別なことに気を取られているようで、「それはそうと」と切り出した。「ロイデン氏の首の骨折についてドクター・スミスから聞きましたか? 手術を始める直前にレントゲンの結果が手術室に入って来たのですが」 首の骨折? トーマスの骨はどこも折れていないとついさっきまで思っていたのに、首の骨が折れているとは… ドクター・スミスとは救急室の入り口で2−3分話したのが最初で最後だ。私が待合室にいるのは知っていたはずだ。それなのに、重大な結果を患者の家族に知らせずに、さっさと家に帰ってしまったのだろうか。
私はきっとポケーッとした顔をしていたのだろう、ドクター・モフィッドは私の顔色を窺うように、「ヘイロゥを付けることになるでしょう」と、畳み込むように言った。 「ヘイロゥって、H-A-L-O?」 「そうです」 Haloとは後光の意味だ。思わず宗教画が思い浮かぶ。一体それは何だろう?(註2) 「頭の回りを金具で留めて首を固定するものです」 はぁ… わかったような、わからないような。 「それをどのくらい付けていないといけないのですか」 「それは専門外ですから、私にはわかりません」 ごもっともです。そもそも整形外科医がトーマスの首の骨のことを私に伝える羽目になったのが、おかしいのだ。 「1週間か10日したら手術後の様子を見たいと思いますので、連絡してください」と言って、ドクター・モフィッドは名刺を私に渡して出て行った。
トーマスが手術後回復室に移され、麻酔からすっかり覚めたら、呼びに来てくれることになっている。また待ち続けるしかない。そこへ、シェリフ事務所(つまり警察署)の交通事故検査官だという人がやって来た。 「本来は本人から事情を聞くところなんですが、今夜はロイドン氏は話ができるような状態ではないでしょうから、明日また来ます」と言い、事故についてはロバートさんから既に聞いたことと同じことを私に話した。 「トラックはメチャメチャですよ。あんな事故から生きて来られたロイドン氏は、運がいいとしか言えませんね」と付け加えた。 トーマスの首の骨折のことは検査官も知らなかった。
回復室の看護婦さんが呼びに来てくれたときは、午前1時をとっくに過ぎていた。白い帽子のような包帯で頭を包まれトーマスは、麻酔がまだ少し残っているのだろうか、手術前より歯切れが悪い。それでも機嫌は良く、「いま何時?」と陽気な声で聞く。夜中の1時過ぎだと言うと、「不思議だな、昼過ぎのような気がする」と言う。しばらくしてまた同じことを聞き、同じことを言う。
「痛みの度合いは1から10のうちのどれですか」と、看護婦さんがたびたび聞きにくる。ニコニコ顔の0から次第に苦しそうな顔になっていく図も壁に貼ってあり、痛みの段階に応じて鎮痛剤(手術後はモルヒネ)を打ってくれるのだ。話は先に飛ぶが、おかげで入院中にトーマスが激痛に苦しむということは全くなかったのはさいわいだった。
注射を打ってくれたり、砕いた氷を持って来てくれる看護婦さんに、「あした家に帰れますか」と、トーマスは何度も聞く。首の骨折のことはまだ聞かされていないのだ。 「さぁ、何とも言えませんねぇ」と、看護婦さんはその度に口を濁す。 重大なことを本人に伝えるのは明日でいい。 「あしたシャツとショーツの着替えを持って来て」と、トーマスは今度は私に言う。オーケーと答えたものの、いくらさっさと退院させるアメリカの病院でも、トーマスをそうすぐ退院させるとはとても考えられない。
トーマスは普通の病室に移していいほどに回復しているけれど、肝心の病室の準備ができていないということで、回復室で一夜を過ごすことになった。今夜はもう家に帰って寝た方がいいと看護婦さんが私に言う。トーマスも薬のおかげで眠れるだろう。トーマスに手を振って回復室を出た。彼も手を振った。
5時間前とはうって変わってガランとした救急ロビーを通って外に出る。帰途、トーマスの首の骨折がどの程度のものなのか、考えても仕方がないと自分に言い聞かせても、どうしてもそっちに考えが行ってしまった。
家に着いたのは3時近かった。イギリスではお昼前の時間だ。トーマスと一番仲のいい妹に事故のことを知らせるために電話した。他の親類や友人たちにも知らせなければいけない。トーマスは私だけのものではないのだ。大勢の人たちに囲まれ、支えられてきたのだから。報告を送るアドレスのリストを作り、事故の一部始終とトーマスの状態報告をメールで書き始めた。書いていると、気持が静まっていく。報告を書くのは自分のためでもあったのだ。(こんな私的なことをこのウェブサイトに書かせてもらっているのも、同様な理由からです。)
書き終える頃には空が明るくなり始め、小鳥たちが賑やかな声が聞こえ始めてきた。メールを発信すると気分がやっと落ち着き、私は眠りに落ちた。
長い長い夜だった。
(註1)グリーンカードについては、この連載の「3 国籍あれこれ:彼の場合」と参照。 (註2)この部分について英語で報告したものを、翻訳ソフトは「彼の背後には光がさしている」とやったらしい。それを読んだ管理人さんがギョッとしたのも無理もない。HALOについてはいろいろなサイトで説明があるが、以下のがわかりやすい。 http://www.healthtouch.com/bin/EContent_HT/cnoteShowLfts.asp?fname=07181&title=USING+A+HALO+BRACE+AFTER+SPINAL+CORD+INJURY++&cid=HTHLTH
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