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思わぬ道草(4)ER |
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2005年5月6日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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病院の救急ロビーは満員だった。その大部分がメキシコ人や中南米人で、子どもやお年寄りもいる。この病院はサンディエゴの北50kmほどのエスコンディード(Escondido)という町にある。そこはラティノ人口が急速に増えている所だ。彼らの多くは健康保険がない低所得者で、土壇場で救急に飛び込む。が、ここにいるほとんどの人は、そう大変な病気でも大怪我でもなさそうに見える。銃で撃たれた重症患者をスタッフが駆け足で運び込む、なんていうテレビドラマの「ER」で見るようなことは起こりそうもない。ここはまるで長距離バスの待合室のような雰囲気で、みんなのんびり順番を待っている。切羽詰まった思いで足を踏み入れた私にはそう見え、ひどく場違いの所に来たような気がする。
受付でトーマスが収容されたことを確認はしたが、座って待っているようにと言うだけで、あとは何も教えてくれない。仕方なく空席を見つけて腰を下ろしたものの、落ち着かない。一体、トーマスはどこにいて、どんな容態なのだろう? 待たされるなんて思ってもいなかったから、何も読む物を持ってこなかったことが悔やまれる。読むといっても何も頭に入らないだろうけど、不安から気をそらすことはできるだろう。
治療が終わった人が右からも左からも出て来る。ソーシャルワーカーはどっちから出てくるのだろう? なぜ彼女はすぐ私を呼びにこないのだろう? だんだん不安が募って来る。時計を見ると、座ってから15分近く経っている。もう一度受付で聞いてみようか。いや、あと5分待とう。そうしたら名前を呼ばれるかもしれない。そんな押し問答を自分1人で繰り返しながら、合計20分待った。
もうじっとしていられない。さっきとは違う人の受付の窓口へ行った。 「私の夫がどんな容態なのか、それだけでも教えてくれる人はいないんですか?」 自分の口調が荒いのがわかる。受付の若い女の人を睨みつけていたかもしれない。その若い人はどこやらへ電話して何か聞いている。それでも答えは同じだった。 「あなたがここにいるのは中の人もわかっていますから、だれかが呼びにくるまで座って待っていてください」 私は仕方なく席に戻り、膨らんでいく不安が爆発しないように何度か深呼吸をする。これが病院で待つことの始まりだった。
それからまた15分以上が過ぎた。またじりじりし始めた頃、「ミセス・ロイドン!」と呼ぶ声がして、ビクッとする。ミセス・ロイドンと呼ばれるなんて思っていなかった。大抵の場合はファースト・ネームで呼ばれることがほとんどだから。かしこまった場所ではミズ・アメミヤか、学会のような場所ではドクター・アメミヤなのだけれど… そう、いまの私は、まず第一にミセス・ロイドンなのだ。
声のした方を見ると、書類を持った私と同年くらいの女の人がドアの近くにいて、「ミセス・ロイドン」を目で探している。彼女がソーシャルワーカーだ。私が立ち上がって近づくと、彼女はドアを開けて私をERの中に入れてくれた。
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