1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
43 海の中に(下)
2005年2月18日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ トーマスの両親の灰は、この写真の左脇にある林に撒いてある。
▲ 10月中旬から3月中旬までの間、水平線に日が沈むのが我が家から見える。カリフォルニアから見れば、日本はthe Land of the Rising Sunではなくて、the Land of the Setting Sun。
さて、母の遺骨を引き取って私の灰といっしょに太平洋に撒いてもらいたいということを、日本のお寺の住職さんと従妹に、どう伝えたらいいものか。

お寺のしきたりからしたら、私の願っていることなど論外であろう。おまけにお寺に対して、私はこれまで自分勝手な態度を取り続けてきたから、だめだと言われても仕方がない。それなら償いの意味も含めて、私が生きている間は必要なだけ何度でも法要をすれば、私の人生の終わりが近くなったら母の遺骨をカリフォルニアに移させてもらえるかもしれない。もしその前に私が死んでしまったら、遺言執行人の役を引き受けてくれたヘザーに、私の代わりに母の遺骨を引き取りに日本へ行ってもらうことにしよう。

半年以上考えた末、私は正直に私の希望を従妹に伝えようと、手紙を書いた。手書きで、1字1字、願いをこめて。

新年が明けてから、従妹から返事が来た。彼女は私の考えに相当びっくりしたらしい。散骨については、そういう考え方もあるという程度の認識だったので、身近な者が実行しようとは思ってもみなかったと言う。が、常日頃から「海は命の源」と考えていたので、そのことと私の要望には共通点があると思い当たったそうだ。まして、と彼女は続けて、私の場合は生まれ育った日本と、成長してからの生活の拠点のアメリカとを、物理的にも心の上でも海が繋げていると言い、「と、すると、散骨の考えに行き着くのも道理か、とも思います」と彼女は結んだ。

それ以上は何も言っていない。どうぞご自由に遺骨をいつでもお引き取りください、などとは、もちろん書いていないのだが、それでも従妹が心から私の願いを理解してくれたことがわかる。これは非常に心強い。しかも、海が日本とアメリカと、またそこにいる母と私の心を繋げているという従妹の考えに、私の胸は温められた。

従妹が想像しているほどきちんと考えながら生きてきたわけではない自分が、少々気恥ずかしい。心理的にはアメリカにちゃんと上陸もせず、そのまま太平洋で母と再び合流したいと思っただけだったのだが、母のいる日本と私のいるアメリカとを海が繋げているという従妹の言葉は、私の願いがごく自然のものだと感じさせてくれる。(前回のエッセイを読んでくださった方々も、同じように海が繋げていると感じられたようで、さらに私は心強くなった。)これは必ず実現する。そんな確信が私の胸に沸き上がった。すると、途端に心がほぐれて、この世に平和が永遠にやってきたような気持になった。

「なんだかうれしそうだね。清々しい顔をしてるよ」と、私の顔を見て、トーマスが言った。
「本当? そうよ、とってもうれしいの」
私はその理由を彼に説明して、「あなたはどうする?」と聞いてみた。同じことを以前に何度も聞いたことがある。そのたびに彼は「そんなこと、まだ決められないよ」と答えたものだ。両親の灰は実家の広い敷地内にある林に撒かれてあるので、そこに自分の灰も撒いてもらいたいのだろうが、カリフォルニアにも思い入れがあるのだろう。
「そうだなぁ、半分はイギリスの両親の灰のある林に行くのがいい」
やはりそうだ。じゃあ、あとの半分は?
「太平洋に撒いてもらおうかな。海にゆったりと浮かぶなんて、想像しただけで楽しくなってきた」
太平洋? 大西洋でなくていいの?
「太平洋がいい」
これは意外だった。 たしかに大西洋(the Atlantic)より太平洋(the Pacific)の方がはるかに平穏(pacific)で、プカリプカリと浮かぶには適している。でも、私はオフショア・カリフォルニアンだと言ったとき、それなら自分はミッド・アトランティック(Mid Atlantic)だと彼は言っていたのだ。彼も変わった… トーマス・ロイドンというカタカナよりも、唐魔巣露伊丼という漢字の方がふさわしく見えてくる。
「それなら、母と私といっしょに撒いてもらって、3人仲良くプカリプカリしましょうか?」
「それがいい」

という次第で、唐魔巣と母と私は太平洋の上でパッといっしょに飛び散って、海の中に溶け込むことになった。もちろん、遺書にそうしっかり書いておくつもりである。 (終)


(追記)数年前のことになるが、新宿駅南口近くで、「カツ丼、みそ汁と漬け物付き、360円」という看板が目に止まった。騙されたと思って食べてみよう、とそのちっぽけなお店に唐魔巣と入ってみたら、これが意外とおいしかったのである。唐魔巣に露伊丼の漢字の意味を説明するのに、「丼は、あのカツ丼の丼のこと」と言ったら、新宿での出会い以来カツ丼の大ファンになった彼は、「うん、自分にぴったりだな」と満足げであった。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 7 0 3 2 1 9
昨日の訪問者数0 4 2 4 0 本日の現在までの訪問者数0 3 0 0 4