1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
44 英語とアメリカ
2005年2月25日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 私は大きな辞書をキッチンのカウンターに置いて、わからない言葉はすぐ調べられるようにしてある。辞書に載っていない言葉ももちろんあるが、それ以上に、メガネ(老眼用)と虫眼鏡(イギリスの骨董市で見つけた)がないと見出しも見えなくなったのが、もどかしい。
南米のチリが大変な意気込みで英語教育に取り組んでいるという記事を、最近読んだ。なんでも2010年までにすべての高校卒業生が英語ができるよう、さらにその5年後には小学生から高校生までの全員が英語の聞き取りと読解の標準テストに合格するように徹底的な英語教育を始め、究極的な目標は1500万の全チリ人が英語が話せるようになることだという。

英語教育に打ち込むこと自体は新しいことではない。が、チリでそれをやっていることには驚いた。なにしろ、南米はアメリカに反発する意識が強いからだ。ましてやチリは1973年9月11日に、民主的に選ばれたサルバドール・アイェンデ大統領がCIAに煽動された軍事クーデターで殺害され、アウグスト・ピノチェットの率いる軍事政権体制が17年間も続いたところだ。この件に関して、キッシンジャーは未だにヨーロッパを訪れられずにいる。

西半球を自分たちの裏庭としか思っていないアメリカは、南米諸国にとって目の上のたんこぶ以上にうっとうしい存在である。しかも、強力な経済力と軍事力に任せて各国の主権を踏みにじるアメリカの南米支配は、陰に日向にまだまだ続いているのだ。ベネズエラでは、新自由経済主義を押しつけてくるアメリカに反抗を続け、貧困層の生活向上政策を取っているウーゴ・チャベス大統領を追い出そうと、2002年4月に軍がクーデターを起こしたが、すぐさま、当時安全保障担当補佐官だったコンドリーサ・ライス女史は、クーデターの新政権を承認すると発言した。それはあからさまに1973年のチリのクーデターを思い起こさせ、ゴウゴウたる非難を沸き起こして、ライス女史はその発言を撤回せざるを得なかったが、このクーデターにもCIAが機材を提供したことが明らかになっている。チャベス大統領は国民の信任を得て、昨年8月のリコール選挙にも圧勝したが、それはアメリカの介入を排除してベネズエラの主権を守ろうという人々の意思の表示でもある。

また南米で最も貧しいボリビアにも、新自由経済主義への圧力がかかっている。2002年6月のボリビアの大統領選挙では、その流れに逆らい、唯一の換金作物であるコカイン栽培を続ける先住民を代表するエボ・モラレスが立候補した。ニューヨーク・タイムズ紙もイギリスのファイナンシャル・タイムズ紙もエコノミスト誌も、モラレスを「コカインを噛む過激なインディオ」と決めつけたが、彼は左翼ではあっても、交渉に応じる柔軟性があり、決して過激ではない。が、とにかく彼が気にくわないアメリカ大使は、モラレスなんぞを当選させたらボリビアへの援助は断ち切るぞ、とアメリカの経済力を使ってボリビア選挙民を脅したものである。この発言は逆にモラレスの人気を高めてしまった。おかげでモラレスは、最初の予想に反して最終選挙の一騎打ちにまで残ったのだから、ボリビア人のアメリカに対する反発が伺われよう。

もう1つの英語圏大国(だった)イギリスも、資源を求めて南米を支配しようとした足跡を残しており、南米諸国にとって英語の導入は、独立国家としての主権と自国の文化に対する脅威と往々にしてみなされる。ブラジルでは、店舗の名前や広告に英語を使うのを禁止し、国語(ポルトガル語)のコンピューター関係用語を考案しようという法案が議会に提出されたくらいである。

こういう南米の状況から見て、チリが積極的な英語教育促進政策を打ち出したことは、国際社会の構図を否応なしに感じさせる。チリは南米諸国民の中でも最も地味で実質的だといわれ、民主化が進むと、積極的に国際社会に参加して経済発展を図ることに努めてきたので、イデオロギーより実質的価値を求めているのだろう。

それだけ、国際社会は英語で動かされるようになっているということだ。英語という言語が、論理的で誰にも学びやすいからではない。大国アメリカの影響がはびこっているということなのだ。コンピューターやインターネットの普及がそれに拍車をかけている。そのおかげで、大部分のアメリカ人は他国語を学ぶ必要性をますます感じなくなるだろう。いや、もっと困るのは、自分の英語がどこででも通じるという思い込みがもっと強くなることだ。

イラクでの米軍の行動は、自己検閲を敷いているアメリカのメディアでは滅多に見られないが、たまに、米軍兵士が恐怖におののいているイラク市民に、英語で「座れ!」「動くな!」と怒鳴ったり罵倒を浴びせている姿がテレビの画面に映されることがある。イラク人は何を言われているのか、もちろんわからない。また、新聞や雑誌では、全く無実のイラク市民が、米軍兵士に「止まれ!」と言われても意味がわからず動き続けて射殺されてしまったことが報道されている。イラクの一般市民に英語が通じると考える方がおかしいと思うのだが。

そのイメージと重なるのは、数年前にニューオーリーンズ郊外で日本の青年がごく普通の住宅のドアを叩いて射殺された事件だ。日本でもアメリカでも、この事件は“Freeze!”と言われた日本人青年にはその意味がわからなかったために起きた悲劇と報道された。撃ったアメリカ人の、自分の言ったことは相手にわかったはずだという思い込みには、誰も注目しなかった。でも、銃を簡単に扱う社会で、しかも人種偏見の強い南部という要素があっても、このアメリカ人が、一見して外国人とわかる青年に言った自分の言葉が「果たして通じたのだろうか?」とちょっとでも考えたら、この殺人事件は避けられたかもしれない。

英語ができるのはもちろん悪いことではない。言葉はたくさんできればできるほどいい。でも、英語が話せる人が世界中でもっと増えたら、アメリカ人は英語を話せない人に対してますます傲慢になり、世界のことにはもっともっと無知になっていくだろう。そんな心配を、チリの英語教育促進の記事を読んで抱いてしまった。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 7 0 3 2 1 1
昨日の訪問者数0 4 2 4 0 本日の現在までの訪問者数0 2 9 9 6