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縁の下のバイオリン弾き
1 カナダロッキーへの旅―1
2010年11月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「月琴」(西村万里 水彩)
●バンクーバーのおみやげ屋で月琴を買うこと(上)

「楽器? 楽器はないねえ。でもどんなものをさがしているの?」
と店主はたずねた。ここは中華街のおみやげ屋の中である。
「月琴っていうんだけど...」
「月琴? じゃあれかね」
店主は店の角を指さした。私はふりかえって店主が指し示した方を見た。楽器らしいものは何もない。
「その棚の下のところを見てごらん」
私は目をこらした。するとおもむろに月琴が姿をあらわしたのだ。私はおもわず駆け寄った。
「これだこれだ。リンダ、見てごらん」
「ほんとだわ。これにちがいないわ」
リンダも興奮している。

聞いた事は聞いたけれど、まさか月琴がこんなおみやげ屋にあるだろうとは自分でも信じていなかった。第一、この月琴のほかには楽器と名のつくものは笛ひとつないのだ。

月琴というのは中国の楽器だ。平べったい、まんまるい胴にごく短いネックがついている。すべて木製でバンジョーのように胴に皮がはってあるわけではない。そのまるい形が月を思わせるのでこの名がある。英語ではそれを直訳してムーン・ギターという。

「珍しいなあ。どうしてこんなものがここにあるの」
「2008年にね、4丁だけ仕入れたんだよ。しかし月琴ってものは売れないね。二胡(中国のバイオリン)ならまだ売れるんだけど...。3年ちかくかかってやっと3丁売れただけだ」
「2008年にね。じゃこれが最後の1丁なの?」
「最後の1丁ってわけだ。だけど月琴なんかひく人はいないからね。これだって売れるかどうかわかんないよ」
「実は私がほしいのはこの糸巻き一本だけなんだけど」
「何?糸巻き?そいつはだめだ。月琴だってめったなことじゃみつからないのに糸巻きなんか手に入るはずがない」

もっともな話だ。リンダは「買ってしまったら」とささやく。この月琴そのものを、という意味だ。私もだんだんその気になった。値ふだを見ると158ドルとある。
「これ、買ってもいいんだけど、158ドルはちょっと高いなあ。すこし安くならない?」
「いや、それはね、私だって月琴が何だかわからないような、弾けもしないような客に売りたくはないからね。買ってくれるんならすこしお安くしておきますよ」
私だって弾けやしないが、少なくとも月琴がなんであるかは知っている。むこうから20%引きだなどと言い出されるとめんどうだと思ったから私はふっかけた。
「100ドルでどうだい」
意外や店主はすぐ応じた。
「え?100ドル? 100ドルならお売りしますよ。なにしろ買う人がいないからねえ。やっぱり興味を持ってるお客さんに売らなきゃうそですよね。100ドル、それでいきましょう」
というわけで私は音色をためしてもいない楽器を買うハメになった。よく見ると糸巻きはちゃんと4本ついているが弦は3本しかない。
「弦が1本たりないんじゃないの」
「そうみたいですね」
しかしこんな所でこんな時に奇しくもめぐり合った月琴を弦が1本たりないぐらいで手放す気にはなれない。私は今朝バンクーバー空港で両替したばかりの100カナダ・ドルをさしだした。昔は米ドルのほうが強かったのに今やドル安で100米ドルは98カナダ・ドルにしかならないからこの月琴はアメリカドルでは100ドルちょっとになる勘定だ。

「ケースはないの?なければふくろでもいいんだけど」
私がふくろといったのはふつうギグ・バッグという、楽器のかたちをしたビニールのソフト・ケースが頭にあったからだ。
「ケース? 中国から送ってきた時には段ボールの箱があったんだけどねえ。でもふくろならなんとかしますよ」
店主はそういって店の奥からビニールのばかでかいバッグのたばを持ち出してきた。楽器とは何の関係もない、開け口にジッパーがついた、ただのトート・バッグだ。その中からどぎついピンクの地に漫画が描いてあるやつをえらんで、
「これならどうでしょう。ちょっとためしてみましょう」
といって月琴をつっこむと危うい所でかろうじておさまった。
私はちがう色にしてもらいたかったけれど、あまりの早わざに言い出すすきもなかった。ひょっとしたら店主もこのものすごい色におそれをなして早く誰かに押しつけたいと思っていたのかもしれない。

「それにしても中国語、なかなかうまいねえ。カナダ生まれですか」
「いや、日本から来たんだけど...」
「なるほど、日本育ちってわけだ」
「いや、そうじゃない。わたしはね、中国人じゃないんだ。日本人、日本人なんですよ」
「えっ、日本人!それじゃどうしてそんなに中国語が話せるの」
「話せるって、そりゃ勉強したからさ」
「親のかたほうが中国人だとか」
「いや、父母そろって日本人、正真正銘の日本人だ」
「へえー、日本人にしちゃうまいもんだね」
「だって顔見ればわかるでしょう。店に入ったときにそう思わなかった?」
「いや、たしかにそう思いましたがね。中国語で話すもんだから」

私の中国語なんか老北京(北京ッ子という意味)の友人、孫慷(そんこう)にいわせたらひどいもんだ(とは言わないが、きっとそう思っているだろう)。なにしろむこうは純粋の、特上の北京語を話すのだ。だから私は孫慷や彼の妻の谷悦(こくえつ)と話す時は試験をされているような気がする。それでますますあがってしまって、ただでさえひどいものがさらにしどろもどろになる。

だけど中国はひろい。ありがたいことに中国にはちゃんとした北京語を話せない人がいっぱいいる。ちょっとしたアクセントがある人も入れれば、中国人の大部分は孫慷のようには話せない、といっても過言ではない。純粋の北京語を話す者こそ言語的には少数民族といっていいのである。

だから私は地方なまりのある人としゃべる時はがぜん元気になる。アクセントが最重要要素である中国語だとはわかっていても、むこうもいいかげん、こちらもいいかげんだと簡単に意気投合してしまって、とうとうとしゃべったりするのだ。

そういう時に「おまえは中国語が上手だ」といわれることがよくある。それが(この店主の場合のように)おせじ半分だとわかっていても悪い気はしない。むしろそうしたよろこびのために、ふだん日本人やアメリカ人に対しては社交的とはいえない私が中国人とはしゃべりたがるのかもしれない。

「私の奥さんは以前日本に留学していましてね」
上海から来てまだ数年にしかならないという店主は話をつづけた。
「医学部だったけれどね。それですっかり日本びいきになってしまってね。しょっちゅう中国のこういうところが日本にくらべてよくない、ああいうところが劣ると口ぐせみたいに言ってるよ」
「そうかなあ。そんなこともないと思うけど」

私は前日読んだロサンジェルス・タイムスの記事を思い出した。今年の酷暑のため、中国の大都市でシャツをたくしあげておなかを出して外を歩く男性がたくさんいる、というものだった。

なるほど、最近の日本の大都市ではそんな事をする人はめったに見られないだろう。しかし、私が香港にいた時の印象では日本こそ暑い時に男がすぐはだかになりたがる社会だった。日本の伝統社会では男のはだかが悪い事だとおもわれていたとは言いがたい。だからすもうがあるし、はだか祭りなどというものがある。ほとんど世界中の文明社会で足はつつみかくすのがあたりまえだった時に、日本人はぞうりやげたをはいていた。家の中では素足ですごすことがイキだとかんがえられていた。夏になるとふんどしひとつで涼んでいた江戸の老人が明治になってから警官にはだかはいけないといわれ、蚊帳を切って着物にしたてて歩いた、という話があるぐらいだ。

中国ではそんなことは考えられもしない。「左袒する」ということばは片肌ぬぐことを意味した。一生のうちでそんなことはまずしない事で、だからこそ決心して誰かと行動をともにする時にこのことばがつかわれた。

あの暑い香港で私は男が上半身はだかになったのを見た事がない。かれらはどんなに暑いときでも何か一枚ひっかけていた。それはランニング・シャツだったりパジャマだったりした。ロサンジェルス・タイムスの記事にもあったけれど、以前はあったパジャマを外で着る習慣が政府に禁じられてしまったのだそうだ。でも私は香港で非常に感心した事をおぼえている。パジャマは中国伝来のものではもちろんないけれど、暑い気候をすごすのに最適だということになればそれを着るのが悪かろうはずがない。そういう生活の知恵を押しつぶそうとするから腹を出して歩くというような不体裁がでてきてしまうのだ。(続く)
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