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縁の下のバイオリン弾き
4 カナダロッキーへの旅―4
2010年11月4日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 上下とも、カムループスに向かう途中の景色。(スケッチブックより)
●カムループス

カムループスには午後5時半についた。2日にわたる汽車の旅(実際はディーゼル車だがそれではロマンも何もないのでやはり汽車といいたい)の最初の宿泊地がカムループスだ.私はこのツアーに参加するまでそんな名の町は聞いた事もなかった。先住民のことばで「水の集まる場所」という意味だそうだ。

その名の通り、満々と水をたたえた2本の大河が合流する所に町ができている。その広さ、湖と見まがうばかりだ.鉄橋がかかっていてその上を汽車が通っている。まだ鉄道が十分にその役割を果たしていると見受けられた。町には近代的なビルもあるが、丘の上に点々と人家が散在するさまはネバダやユタのいなか町、といった印象だ。まわりをかこむのははげ山ばかり。

駅からつい目と鼻の先の旅館までシャトル・バスに乗る。このツアーはロッキー・マウンテニア(ロッキー山脈山のぼり)という勇ましい名前がついているが、参加者は大部分が棺桶に片足をつっこんだようなよぼよぼのじいさんばあさんばかりだ。そういう老人たちが何両あるかわからないような長い汽車を借り切って毎日このカムループスに民族移動するのだからすさまじい(などと悪口を言っている私自身がもう62歳の年寄りなのだからどうしようもない。)どんな短距離でも自分の足で歩くようなスケジュールはとても組めないのだ。しかしこのツアーのおかげでこの町はうるおっているだろうと推察する。これら老人たちを収容する旅館をはじめ、どの店も何もしなくても毎日客がやってくるのだから。

ホテルに荷物を下ろして若いフロントマンに聞いた。
「デズモンド通りにはどう行くの」
「デズモンド通り?さあ、ちょっと地図を見ないことには...」
「えっ、そうなの?ポグ・マホンというアイリッシュ・パブがあるんだけど…」
と、インターネットでしらべた店名を言ってみる。
「ああ、その店ならよく行きます。でも川向こうでとても歩いて行けるような所じゃありませんよ」
「タクシーでなら?」
「はあ、タクシーならおよびできますが…」
と口ごもる。
ぴんときて、「あんまり安全な場所じゃないみたいだね」
と言ってみる。
「ええ、その通りですが。でも音楽はいいのをやってますよ」
「どんな音楽をやってるの?」
「耳をつんざくロックですね」
「アコースティックはやってない?」
「聴いたことありません」
やっぱりだめか。アイリッシュ・エール・ハウスと店名にうたってあってもアイリッシュ・ミュージックなどやっていては客が来ないのだろう。

アイリッシュ・ミュージックはあきらめて川岸の散歩道をあるく。風が起るとイチョウのような高い木のこずえの葉がいっせいにさわさわと鳴る。私はこういう音をここ何年もきいていないことに気がついた。サンディエゴには本物の木なんてほとんどありゃしないからこういう音は聞こうったってなかなか聞けないのだ。

リバーサイド公園というきれいな公園に入ると赤いシャツを着てカウボーイ・ハットをかぶった男が馬に乗っている。そんなはずはないと思ったが一応、
「騎馬警官ですか」
と聞いてみる。
「いや、ぼくたちはボランティアでパトロールしているんですよ。あそこにいるリックが馬の持ち主で、無料で馬を提供しているんです」
と、やはり馬に乗って観光客と話をしている年配の男を指さす。もう一人女のパトロールもいてどうやら観光客の相手がおもな仕事らしい。
「ロッキー・マウンテニアからもすこしお金をもらっています」
「じゃ、私たちもわずかながら貢献しているんですね」
「そういうことですね」

橋をわたって向こう岸の海水浴場まであるく。今海水浴場と書いたけれどもちろん海ではない。でも広い砂浜といい、静かに打ち寄せる波といい、海そっくりだ。ろくに波もないのに波乗り板をもっている子どももいる。海水ではない時には何と呼べばいいのだろう。水浴場?鮮水浴場?

ここに立つとあらためて空の広い事に驚かされる。沈みかけている太陽は雲にかくれて見えないが光線と雲のからみあいが美しい。

リバーサイド公園にもどると一角に赤い鳥居がたっていて、その下には太鼓橋(なんだろうと思う)が作られている。橋の下は水のない石ころだらけの河底である。日本庭園のつもりだということはわかるけれど、とてもそうとはうけとれないチャチなつくりだ。でもそこにある説明文を読んで私はおどろいた。1990年にカムループス市と姉妹都市関係を結んだ宇治市が2000年に寄贈したものだという。宇治市というからにはあの鳳凰堂のある、お茶で有名な宇治市だろう。宇治市だってかくべつ大きな市ではなかろうと思うものの、どんな縁でカナダはブリティッシュ・コロンビア州の、私なんか名も聞いたことすらないカムループス市と姉妹都市関係をむすぶつもりになったのだろう。

サンディエゴと横浜が姉妹都市だというのはまだわかる。どちらもその国有数の大都市だし、すばらしい港をもっている。でもチュラ・ビスタ(サンディエゴの南にある市)と小田原が姉妹都市だといわれても、いったい誰がどこで二つの市を結びつけたのかとびっくりするばかりだ。どちらの市民にとっても相手の名なんか聞いたこともなかったにちがいない。この説明板のおかげで宇治市の花がやまぶき、カムループス市の花がマリゴールドであるということまで学んだ。

その日本庭園の中に自然石の記念碑があった。銅板には日本人の顔が彫ってある。これはHidee Saito Volunteer Memorialといって、この顔がすなわちサイトーさんの顔だ。しかし、この記念碑はすべてのボランティアにささげると書いてある。

このサイトーさんという人は1923年生まれで2000年になくなったそうだが、ロータリー・クラブやエルクス・ロッジ(地域社会への貢献をめざす奉仕団体)やボーイ・スカウトやのメンバーで日本人コミュニティのためにも力を尽くした、ボランティアのかがみのようなひとだったらしい。

彼のことばが銅板にきざまれている。
”If you don’t care who gets the credit, a lot of work will get done.”
「手柄がだれのものかなんてことさえ気にしなければ、ずいぶんといい仕事ができるものさ」とでも訳したらいいだろうか。

私はこれを読んでいかにも日本人らしいと感じた。そしてこのカムループス市にこの言葉に感動し、それを記憶にとどめ、それを銅板にきざんだ人がいたということにおどろきをおぼえた。なぜといって「手柄が誰のものか」が最も重要だと考えている人で充満しているのが西欧の社会だからだ。その点ではカナダもアメリカも変わらないだろう。このクレジットということばがアメリカではどれほどの重みをもっていることか。

はるか昔、アメリカに来たばかりの頃、サンフランシスコで知り合い数人と中華料理の卓を囲んだことがあった。満腹したあと、みんなが口々に肉まんのおいしさを賞賛したところ、ひとりが「肉まんを注文したのはぼくだからね。そのクレジットはぼくがもらう」といった。それはむろん軽いじょうだんにすぎなかったのだけど、そういうじょうだんをいう下地があることを私はうすうす感じて違和感を抱いた。「出る杭は打たれる」ということわざがある日本とは何というちがいだろう。

以来私はこの国ではクレジットがなによりも大切なのだと悟り、それに合わせようと努力したのだがどうしても自分を変える事ができなかった。私に取っては業績をほこり、自分の貢献をうんぬんすることはおもはゆいことであり、下品なことだった。でも私はアメリカがそういう社会である事自体はうけいれ、そこからはじき出されたのは自分が悪いのだと考えていた。それをつゆ疑ったことはなかった。

それなのにそういう考え方にまっこうから異論をとなえた人がここにいた。しかもその人はきっすいの日本人ではなく二世だったのだ。

サンディエゴにも横浜市から贈られたりっぱな日本庭園がある。でも日本人の肖像などはない。たぶんサンディエゴの日系人は自分の手柄をじゅうぶんにはアピールしなかったのだろう。

このサイトーさんのファースト・ネームはHideeとなっているが「ヒデエ」という日本名はありそうにない。あったとしても女の名前だろう.察するところ本名は「ヒデオ」とか「ヒデカズ」とかだったのをそれでは言いにくいからということで「ヒデ」にしたのだろう。ところが英語をしゃべる人にとって語尾を母音で終わるというのがとてもむずかしい。ラリー・マクマトリーの小説「ロンサム・ダヴ」ではモンタナのことを「モンタネイ」と発音している。アイリッシュの歌ではよくアメリカが「アメリケイ」と発音される。カリフォルニアをカリフォーニー、ルイジアナのことをルイジアン、アラバマのことをアラバミーなどというのもそのせいだ。だから「ヒデ」はカナダ人にとって発音しにくく、「ヒデイ」といっていたのをつづりに反映させてHideeにしたのだろう。どうもひでえ誤解だ。

もうなくなったけど、サンディエゴのブルーグラス・ミュージシャンの間では有名なギタリストにHideo Chinoという日系人がいた。日本人なのにチノ(スペイン語で中国人という意味)とはこれいかに、という名前だが、この人はサンディエゴで有名なチノ農園の御曹司でしかも職業は判事だった。しかし裁判をやっているよりもギターを弾いている方がしあわせそうに見えた。それはともかくこの人の名前をみんなヒデヨ、ヒデヨと発音するので、女の名前みたいで私は当惑したものだった。これもヒデと発音できずにヒデイと言っているからオがついた時にヒデヨになってしまうのだ。

日本の名前は日本人が考える以上にむずかしい。大岡なんて名前は英語人にとってはどうやって発音するものやらどうつづったらいいものやら全然わからないやっかいな名前なのにちがいない。

あとで騎馬ボランティアのリックに聞くとカムループスには相当大きな日系人のコミュニティーがあり、りっぱな会館ももっているとのこと。宇治市からは毎年中高生がホームステイにやってくるそうだ。バンクーバーではよそ者が52%をしめ、こんな山奥のカムループスでもベトナム語やペルシャ語が耳に入る。西カナダは開放的な土地柄なのだろうか。

私はどうしてここにそんなにも日系人が多いのか知りたかった。永井荷風の「あめりか物語」など思い出して「木こりとしてやってきたんでしょうか」とリックに聞いてみたが、「専門的な職業をもった人が多いよ。お医者さんだとか歯医者さんだとか弁護士さんだとか...」とかなり外交辞令的な答えが返ってきた.現在はそうだろうけれども、歴史的にはどうだったのだろうか。(続く)
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