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ボーダーを越えて
48 思わぬ道草(2)目撃者
2005年4月25日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
事故を目撃したというロバートさんに電話すると、彼は開口一番、「あなたのダンナさんのせいじゃありませんよ」と言った。私を慰めようとしているのか、いずれ対処しなければならない保険会社とのやり取りを準備してくれているのか、わからない。私が何も聞かないうちに、ロバートさんは事故の状況を手短に説明した。

トーマスの農園を出て州道67号線で南下し始めると、ウッドソン山の中腹を擦るように通る。それを過ぎると下り坂だが、その部分は片道2車線から1車線になり、左に急カーブし、それからすぐ右にカーブする。そこで事故は起きたと言う。
「カーブを曲がりきった辺りで、対向車線にバスが故障して止まっていたんです。その2、3台後ろで待っていた車が、待ち切れなくなったんでしょうね、急に飛び出してバスの前に出ようとしてセンターラインを越えた。それでダンナさんのトラックにぶつかったんです。私はダンナさんの後ろを運転していましたから、トラックがバスの後ろで待っていたホンダに、それからガードレールに次々にぶつかっと思ったら、宙に浮かんで道路の向こう側に飛んでいくのが見えました」
そうしてトーマスを乗せたトラックは、10mほど転落していったのだ。
「トラックに一番最初にたどり着いたのは私だったんですが」とロバートさんは続けた。「そのときは彼は意識がなかった。私が何度も名前を聞いたら、やっと『トム・ロイドン」と答えたんです。それで誰に連絡したいかって聞いたら、『マイ・ワイフ』と言ったんで、すぐ携帯で番号を探したんですが、どういう訳かファックス番号しか出てこない。それでうちに電話して、妻にインターネットで番号を調べてあなたに連絡するように言ったんですよ」
「救急隊は?」トーマスにすぐ緊急医療が施されたのか、私にはそれが一番気になる。
「それは私の次に現場に来た人が911に電話して、すぐ来ました。ダンナさんはパロマー医療センターに運ばれていきました。行き先を確認して、運ばれて行くのをちゃんと見届けましたから、間違いありません。パロマーがどこにあるか、わかりますか。わからなければ、妻にインターネットで調べさせますが」
「大丈夫です。だいたいどこにあるか、見当はつきますから、これからすぐ行きます」自分でも信じられないくらい、私は落ち着いていた。
「そうですか」と言ったロバートさんの声は、心配そうに沈んで「ダンナさんの怪我はかなりひどいですよ」と付け加えた。
それに返す言葉が見当たらない。どんなにひどいのか、私には見当もつかないし、かといって、どんなにひどいのか聞く気にもなれない。それにしても、なんて親切な人なんだろう。見ず知らずなのに、全力で助けてくれ、いまもトーマスの心配をしてくれている。いまはただ、お礼を言うことしかできない。そうして電話を切った。

病院にすぐ行こう。何を持って行ったらいいだろう? そうだ、出かける前に犬たちにご飯をやらなくちゃ。キャットフードもたっぷり猫のお皿に置いておこう。ちょっと早いけどタトゥーの鳥かごには毛布を掛けた方がいい。そんな考えが次から次へと浮かんで来て、思わずウロウロする自分にハッとする。パニックするな!と自分に言い聞かせて、出かける支度をした。

さて、出ようとしていたときに、電話が鳴った。パームの出荷を受け持つトラックの運転手だ。そういえば、あしたの午後出荷があるとトーマスが言っていたっけ。
「申し訳ないけど、あしたの出荷はキャンセルしてください。トーマスが交通事故で怪我をしたっていう連絡が入ったばかりで、いまこれから病院へ行くところなんです。怪我の具合もわからないので、わかり次第電話します」
そう言って電話を切ると、またすぐ電話が鳴る。パロマー医療センターのソーチャルワーカーで、トーマスが救急センターに運ばれて来たということを知らせるものだった。その情報を伝えてくれたのはロバートさんの方がはるかに速い。
「いま家を出ようとしていたところです。そちらに着くまで少なくても40分はかかりますが」
「いいですよ。安全運転してきてください」

夜になってから出かけようとしているのが腑に落ちないという顔をして私を見上げているジプシーとマフィーを置き去りにして、私は玄関に外から鍵をかけた。さっき散歩から帰って来たときには、こんなことでまた出かけるなんて思ってもみなかった。これから先、何が待ち構えているのだろう… 車のキーを回しながら、自分がどこに向かっているのかわからないような気がしてきた。

(註)アメリカの911番は日本の110番に相当する。
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