1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
49 思わぬ道草(3)常習犯
2005年5月1日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ”Madonna Amemiya with Baby Royden and Angels”
oil on canvas (Alfredo Antognini, 2003)
家を出てまず56号線に乗ってまっすぐ東に向かう。この高速道路は去年の5月、トーマスが股関節の手術で入院中に貫通したのだった。あのときの入院は1ヶ月以上も前からいろいろ準備しておいたので、何も困ることはなかったことが思い出される。今回とは大違いだ。10分も走ると、内陸部を南北に貫く15号線にぶつかり、そこから今度は北に向かう。夜15号線を走ったことなどこれまでなかったので、余計に遠くに向かっているような気分になる。

目的地には一体何が待ち構えているのかーーそんな思いで運転中は頭がいっぱいだった。

真っ先にトーマスのトラックに駆けつけてくれたロバートさんは、トーマスの怪我は「かなりひどい」と言っていたけれど、そう見えるだけで、本当はたいしたことはないかもしれない。トーマスは大怪我をして当然というようなことをこれまで何度もしてきた常習犯なのに、きょうまで五体満足で来たのだから。

トーマスの怪我を数えだしたらきりがない。自分のトラックに轢かれて無傷だったという、信じられないこともあった。15年ほど前にカリフォルニアに大寒波が襲ったときのことだ。10年に1度ぐらいそういうことがあるのだが、あの年は特にひどくて、内陸部では朝方に気温が氷点下に下がる日が数日続いて、オレンジの木は内部の水分が凍って木が破裂するという大被害が起きたのだった。アボカドもそんな寒さには弱い。寒波の対策は灌漑用水を一晩中流し続けるとか、大きな風車で空気を掻き回すとか、空気汚染になるので使用禁止になってしまったが灯油を燃やした煙を流すとかいう方法しかない。トーマスは灌漑用水方法を使う。

あの年は彼は農園に泊まり込み、気温を測りながら灌漑の量を調整した。日が昇ってから家に帰り、夜また農園に出かけるということを3晩続けた。そして4日目。太陽が高く昇っても、彼はなかなか帰ってこない。どうしたのだろうと思っていたら、午後になってからやっと帰ってきたのだが、彼は左半身全体を引きずるようにして歩いている。一瞬、脳卒中にでもなったのだろうか、と思った。
「そうじゃない。トラックに轢かれたんだ」
「トラックって、だれの?」
「自分のだよ」
「??? どうやって…?」

夜が明けて寒波の峠が越えた頃、トーマスは農園のあちこちに置いた温度計をトラックで見て回っていたのだという。寒いので急な斜面の地点でもエンジンを切らずにおいて、ハンドブレーキをかけ、トラックを降りた。気温を測ってふと見上げると、トラックがズルズルと坂道を下っていくではないか。トーマスは夜の灌漑調整が3晩も続いたのでかなり疲れていて、ハンドブレーキをしっかりかけなかったのだろう。トラックはだんだんスピードを増していく。このまま行ったら、トラックは崖から落ちてしまう。トーマスはあわててトラックを追いかけた。走りながらトラックのドアを開け、ハンドルを掴んだ、のも束の間、ドアが彼の身体を打って彼を地面にたたき落とし、後方タイヤの1つが胸を、もう1つのタイヤが足首を轢いて走っていったのだ。

しばらくトーマスはその場でじぃっとしていたという。何十分後だろうか、興奮が冷めたころに彼はそうっと、まず手を、そして足を、動かしてみた。ちゃんと動く。首を上げてみると、トラックは彼がハンドルを回したおかげだろう、斜面にぶつかって止まっていた。さらにしばらくしてから彼はそろそろと起き上がり、片手片足でも運転できるオートマチックのトラックで家に帰って来たという次第だ。

その日と翌日、トーマスは家でただじっと寝たままでいて、3日目に医者に行った。レントゲンを撮ったが、骨1本として折れていない。「後遺症」といえば、唯一、背中の皮下脂肪がギュッと押されて、固いソーセージのようになって肩甲骨の辺りに残ったでけだった。滑稽なくらい、信じられないことだ。(一生残ると医者に言われた「ソーセージ」も、1年ぐらいで消えてしまった。)

パームを出荷するのに大型クレーンを操縦していて、ビームが電線に触れ、感電死しそうになったこともある。片足を大きなタイヤに載せていたので、死なずに助かったのだ。(その代わり、電線から散った火花が枯れた雑草に落ちてアッと言う間に燃え広がり、消防車が来て大騒ぎになったが。)それでトーマスは労働者には絶対にクレーンを操縦させない。万が一労働者を死なせるようなことにでもなったら大変だからだ。またあるときは、大型クレーンを斜面で操縦していて、傾いたクレーンから3mも転がり落ちたこともある。

3年ほど前になるが、「ちょっと足を怪我したから、クリニックに寄ってから帰る」と夕方電話してきたまま、なかなか帰ってこなかったことがある。9時過ぎてやっと「治療が終わって、いま帰るところだ」という電話が来た。
「どうしたの? こんなに時間がかかるなんて」と聞くと、
「動脈を切っちゃったんだ」と言うではないか。
動脈を切っちゃった? 
帰ってきてからよく聞くと、マチェテという大きな刃物でパームの葉を切り落としていたのだという。そのままトラックに乗り、帰り道にガソリンスタンドに寄ったら、店員がびっくりして、彼の足を指差したそうだ。見ると、膝下から血がドクドクと流れ出ていて、ブーツから溢れている。それで彼自身も初めて怪我に気が付いたというのだから、呑気と言おうか、鈍感と言おうか…

おかげでトーマスはアルゼンチンの友人から「エル・マチェテロ」(マチェテ士)というニックネームを頂戴し、家族の肖像画にはマチェテを持った姿で描かれる羽目となった。(その絵は、中山俊明氏のエッセイ『木を見て森を見る』35「続・年賀状考」に載せられましたが、ここでもう1度紹介します。)

そんなトーマスだから、ロバートさんに「かなりひどい怪我ですよ」と言われても、実はそんなたいしたことではないかもしれないと思ってしまうのだ。でも、救急車で運ばれたというのだから、やはりひどいのだろうか。(翌日わかったのだが、彼は救急ヘリコプターで運ばれたのだった。)今度こそ本物の大怪我なのだろうか。

そういう思いで頭がいっぱいになりながら、病院に着いた。が、救急の建物がなかなかわからない。私はだんだん焦ってきた。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
僕の偏見紀行
時津 寿之
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
200 小さなしあわせ
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 9 1 1 5 5 6 4
昨日の訪問者数0 8 4 5 1 本日の現在までの訪問者数0 3 7 5 9