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僕の偏見紀行
216 バンコクの12日間(3)ジム・トンプソン
2017年4月4日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ タイ国鉄バンコク中央駅、コンコースからホーム側に入ったところ。ドーム屋根の下に線路が並び旅情をそそる。
▲ ジム・トンプソンのもとで働き、現在もシルクの仕事をしているイスラム系の老人宅の写真。中央の白人がジム、右下で作業中の若者がご本人らしい。
▲ ショッピングモールで演奏中の若者達。軽やかな中に哀愁を帯びたメロディが心にしみる。
数日ぶらつくと街の様子が分かってきた。バンコクは想像以上に近代的な大都会だ。天空にそびえる高層ビル、いくつもある巨大ショッピングモール、高速道路を埋め尽くす車の流れ、大通りを行き交う人の流れ、東京と変わらない光景が広がる。

しかし、ビルの谷間や路地裏に一歩入れば、豊かな食材が並ぶ市場には人が溢れ、旨そうな匂い漂う屋台に人が並んでいた。無機質の都会の裏に喧騒と熱気に満ちたアジアが存在する、バンコクはなんとも魅惑的な街だ。

ある日土産物屋を探してBTSのサラデーン駅を降りてみると、いきなり日本語に出くわした。ビルや食堂の看板は殆ど漢字で書かれ、寿司や丼物の暖簾が目につく。これが日本人村?、それにしてもタイまで来て、寿司や丼でもないと思うけど。

街の様子が分かったところで、後半はバンコクから少し足を伸ばすことにし、ガイドブックをめくった。昨年100周年を迎えたというタイの鉄道にも乗ってみたい。

まずは時刻表を入手しようと、タイ国鉄のバンコク中央駅に向かった。当初、駅へのルートを地図で調べたがよく分からなかった。後で分かったことだが、それは駅名がその所在地名からファランポーン駅ともよばれ、観光案内などにはそう記載されていた。

さらに厄介なことに、MRT(地下鉄)にもファランポーン駅が存在し、それは国鉄駅に隣接していた。観光案内などでは駅名の頭に、国鉄・地下鉄をつけて区別していた。

分かってみればことは簡単、僕はBTSとMRTを乗り継いでタイ国鉄バンコク中央駅に到着した。正面から眺めた駅舎は歴史を感じさせるドーム屋根に覆われ、いかにも由緒あるターミナル駅だ。

内部は、広いコンコースの一角に待合コーナー、壁に沿って切符売り場や売店が並んでいる。その奥まったあたりに国王の遺影と美しい花で飾られた祭壇があった。

さて時刻表はどこで手に入るのか。日本みたいに売店で売っているかと思って探したけど見当たらない。そこで国鉄のインフォメーションへ行った。

窓口の中年女に時刻表がほしいと告げると、この忙しいのに面倒な、と言わんばかりの表情で、どこへ行くのか、という。僕はガイドブックで気になっていた、アユタヤ、折り畳み市場、クエー川等へ行く路線を尋ねた。

すると女は机の引き出しから数枚の紙を出してくれた。どうやら国鉄のホームページをプリントしたものをさらにコピーしたものらしい。文字が不鮮明で、ボールペンで修正したところもある。こんな断片的な情報ではどう乗り継いでいくのか、どの駅から乗ったらいいのか、見当がつかない。

僕は通じにくい英語で女にクドクドと質問を続けた。女は次第にイライラし始め、忙しいのであとは切符売り場で聞いてくれ、と勝手に奥へ引っ込んでしまった。

中途半端に話が終わり僕は途方にくれた。しかしこんなことはよくあること、あとは自分で何とかするしかないと諦めた。

日程にゆとりのある今回の旅、時間だけはたっぷりある。まずいつどこへ行くかを決め、その上で、行き方を考えればいい。

バンコクの街で最も頻繁に訪れたのが、ジム・トンプソン本店。家内お気に入りのタイシルクの店だ。家内はその製品がいたく気に入り、下見から始まり、自分用そしてお土産用、さらにその追加等々、何度も通うことになった。

ブランドショップ風のその本店はBTSの駅から徒歩数分、にぎやかな通りに面した一角にあり、入り口脇には国王の遺影が飾られていた。

きらびやかな店内にはバッグや小物入れ、ネクタイ・スカーフなどが並んでいた。欧米の高級ブランドに劣らぬ美しい色彩とデザインはさすがだと思うが、この方面に関心がない僕はすぐに飽きてしまった。ところが家内は目を輝かせ、飽きることなく店内を歩いた。

お供の僕は時間を持て余すことになったが、こんな場合にそなえて、上の階に小さなレストランコーナーが設けてあった。簡単な食事や飲み物が楽しめ、ガイドブックによればレストランとしてもおすすめのひとつらしい。

そこでは人待ち顔のオヤジが座っているのがよく見られた。僕もその一人だったが、客は欧米人と日本人が多かった。マダム方の買い物好きは洋の東西を問わないようだ。

タイに行った方はご存知と思うが、この「ジム・トンプソン」というブランドは、タイシルクを再興した米国人男性の名前に由来する。僕は知らなかったが、日本人にも人気のブランドらしい。

資料によると、第二次世界大戦中、東南アジアで米軍の諜報機関に属していたジム・トンプソンは、戦後タイに残り、衰退しかけたタイシルク再興に私財を投じ、大成功したという。

しかし彼は事業に成功した後、マレーシアのジャングルで行方不明となった。未だにその消息は知れず、真相は明らかになっていない。かつて諜報機関に属し、最後はジャングルで行方不明になったアメリカ人、いかにもドラマティックで興味深い人物だ。

かつて彼の住まいだった家が、博物館として公開されているというので、そこへも行ってみた。最寄駅を降りてウロウロしていたら、通りすがりのタクシードライバーが、こちらが尋ねる前に、あっちあっちと指さしてくれた。この辺でうろつく外国人は皆、ジム・トンプソン博物館へ行くんだな。

そこは想像以上の豪邸だった。広い敷地の、森に囲まれた家は華美ではないが、いかにも贅を尽くした感があった。伝統的な古民家が見事に改修され、その家具・調度品の類は各地から名のあるものを取り寄せたらしい。彼の事業がいかに大成功したかよく分かる。

彼の事業を支えたのは当時タイにいたイスラム系の人々だった。彼はその人々にシルク製造技術を教え、生産を委託した。その末裔の人々が、シンプソン邸裏の小さな運河を渡った地区に住んでいて、今もタイシルクの仕事をしている人もいるらしい。

細い橋を渡ると、運河沿いに簡素な木造平屋の家々がビッシリと軒を連ねている。ところどころに人ひとりがやっとくらいの細い路地がひっそりと伸びている。家の合間には、小さな食堂や雑貨屋がひっそりと客を待っている。かたわらの物陰にはネコが潜み、暇そうな老婆が店番をしている。

タイシルクの仕事をしている人の店は狭い路地の奥にあった。そこは入り口に小さな看板を掲げた質素な民家だった。建付けの悪い入り口を入ると、薄暗い土間に古びた機織り機がひっそりと置かれている。さらに奥の土間では、立ち上る湯気の中、上半身裸の男が束ねた絹糸を染料の桶に浸すのが見えた。

主人らしい老人が、よく来た、という風に僕らを板張りの間に招いた。よく見ると薄暗い壁際の棚にはシルク製品が並んでいる。太い絹糸の素朴な絹地だ。老人は盛んに昔話をしてくれたが、うまく聞き取れなかった。

彼が、かたわらの写真を指すので見ると、白人男性と若者が布地を手に会話している。そのかたわらで作業中の若者もいる。老人は、自分はジムと一緒に働いていた、作業中の若者が自分だと言う。

残念ながら、僕らが買いたいものはなかった。お礼を述べてそこを出て狭い路地を歩きながら僕は思った。贅を尽くした豪奢なジムの家、かたや質素な老人の家。運河ひとつ隔てただけなのに、この格差はあまりにも大きい。

夕食後ホテルそばの桟橋から、夕涼みをかねて、ボートでショッピングモールへ行った。15分ほどボートに揺られて着いたモールは家族連れや若いカップルでにぎわっていた。涼しい風に吹かれて歩いていたら、賑やかな音楽が聞こえてきた。

近づくと若者2人のバンドだった。奏でていたのは軽快なリズムの中にどこか哀愁を帯びた伝統音楽だった。よく見るとまだ中学生くらいの若者達だ。見るからに賢そうな若者達が奏でる曲は心地よく響いた。

バンコク市内のあちこちで同じような若者たちを見かけた。演奏で集まったお金は学費に充てているという。年とともに情にもろくなった僕はこんな話に弱い。(続く)
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64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
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53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
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18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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