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ボーダーを越えて
53 思わぬ道草(7)一人三脚
2005年5月23日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ クレーンはトーマスにとっては大型玩具のようなもの。
▲ パームはこうしてクレーンで積んで出荷する。
トーマスの事故の翌日は、少なくとも8時半まで寝ていようと思っていた。明け方まで起きていたのだから。それなのに、7時半に電話で起こされてしまった。アボカドパッキングハウスのカートさんだ。カートさんは8時前に電話をかけてくるのが日課だった。アボカド市場状況や輸入量の動向や収穫の是非などについて、トーマスと話し合うのだ。宵っ張りで朝寝坊の私は、いつもだったら電話の鳴る音とトーマスの大きい声を数秒聞いただけで、またすぐ眠ってしまう。が、きょうはそういうわけにはいかない。トーマスのことを心配しているだけでは済まされないのだ。昨夜からの睡眠は3時間足らずなのに、カートさんからの電話で私はすっかり目が覚めてしまった。

アボカド園では収穫が進行中だ。トーマスが大怪我をしたといって、収穫を止めるわけにはいかない。しかも月末にはヘリコプターによるスプレーを計画しており、その後2週間は収穫できないので、できるだけ収穫しておかなければならない。「私にできることはなんでもします。とにかく収穫を続けましょう」と言って、カートさんは私を安心させてくれた。労働者は手順がわかっているし、パッキングハウスのトラックが農園に来て収穫したアボカドを集積場に運搬してくれるので、カートさんと連絡を取り合ってさえいれば、収穫は進められるだろう。

カートさんとの電話のすぐ後で、今度はパームのお客さんから電話がかかって来た。同時にトーマスのポケベルも鳴る。春は園芸業者にとってはかき入れ時で、パームの注文も急に増える。残念ながら、これは私の手に負えない。なにしろパームは大きいものがほとんどで、クレーンで積まなければならないからだ。クレーン操作は危険を伴うので、トーマスは労働者には一切触れさせず、全部自分でやって来た。彼なしでパームの出荷をどうやったらいいのか、いま考える余裕がない。とにかくパームの出荷は一時休業と、断るしかなかった。

また保険会社にも、トーマスの事故を知らせなければならない。電話で事故に遭ったと告げると、保険エージェントは開口一番、「誰に非があるのですか」と聞いた。私はロバートさんという目撃者がいること、その彼から教えてもらった事故の状況を話した。保険会社も私もトーマスのトラックがどこに置かれているのか知りたい。保険会社は早く自分たちのヤードに移して経費を下げたいからであり、私はトラックからトーマスの所持品を持ち出したいからだ。そこで、シェリフの事務所に電話で尋ねる。が、まだ事故状況を捜査中なので、明日電話をかけ直すように言われた。

アボカド仲間からも電話がかかってきた。その人にトーマスの事故のことを伝えると、そのニュースは波紋のように広がっていったようだ。次々に他のアボカド仲間からも心配の電話がかかって来る。そういう電話はありがたかったが、いまは時間が惜しい。ポケベルにも応答したが、きりがない。いっそのこと、ポケベルは止めてしまおう。が、止め方がわからない。どういう訳か、私はもともと電話が大の苦手。友だちとのおしゃべりは楽しいが、それ以外は英語でも日本語でも電話で話していると、ストレスが溜まってくる。ポケベルのバッテリーをはずしてしまうと、ほっとした。

その日は給料日であった。トーマスの労働者は誰も銀行口座など持っていないので、毎月15日と末日の2回、現金で払わなければならない。基本的には時間給で、それに契約給が重なったりするので、毎回支給額が変わる。所得税や社会保障年金の積み立て金などを差し引く計算は、給料計算専門業者に任せており、銀行で必要額の現金を引き出しすのは私の役目で、実際に給料袋を準備して労働者に手渡すのはトーマスがやってきた。農園経営はトーマスの仕事だったが、机に向かって帳簿をつけたり、通信文を書いたりするのは大嫌いな彼に代わって、記録に関することは私が引き受けてきた。これからは当分トーマスの分まで私がやらなければ… そう考えると、トーマスと私はすべての面で、これまでどんなに二人三脚でやってきたことか、と痛感させられる。ボリビアの沖縄移民研究のきっかけを私に与えてくれたのはトーマスだったし…

農園に給料を持って行ったときに、私のつたないスペイン語では詳しくは説明できないけれど、トーマスの事故を労働者に知らせた。彼らはストイックで、トーマスはどの病院にいるのかと聞いただけだったが、農園のこと、ひいては自分たちの職のことが不安になったことだろう。

その日にやるべきことを一応全部済ませてから、やっと病院へ行った。その翌日は労災保険の更新の件で、エージェントがやって来ることになっていた。
「君の判断で決めていいよ」などとトーマスは言う。
でも、全くやったことのないことなので、そんなに安心して任せられても困るんだけどなぁ…
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