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56 思わぬ道草(10)近くの他人
2005年6月19日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 私はシャーリー(中央)とナンシー(右)といっしょに、毎年クリスマスのクッキーをどっさり作る。クッキーやケーキを焼いたりするのは苦手な私だが、彼女たちとのクッキー作りは楽しく、20年以上も続いている。この写真は2003年のもの。
首の骨の手術の日、トーマスの病室に着いたときには手術準備への迎えが来るまでに時間があった。が、来る途中に見て来た彼のトラックのことは詳しくは言わないことにした。あの場で「ダンナさん、まだ生きてる?」と聞かれたことなど、もちろん言わない。彼も何も聞かなかった。

手術の予定時刻は正午で、11時に若い小柄な女性が迎えに来た。病院ではいろいろな役割が細かく分担されていて、彼女の仕事は患者の運搬専門だ。まず、4階の手術室と同じ階にある準備室へ。そこはカーテンでいくつも仕切られ、その日手術を受ける人たちが次々にやって来る。トーマスのようにベッドごと運ばれて来る人もいれば、車椅子で来る人もいる。まぁ、なんと混み合っていること… 準備室には深刻な雰囲気などまるでない。かく言う私たちも、ちっとも緊張していなかった。首の手術も何の問題なく通過してしまうと思っていたから。数日間は身体的な苦痛を味わうだろうけれど、それが過ぎれば退院できるに違いないと、トーマスも私も楽観的な気分でいたのだ。

準備室で血圧を測ったり、またもや何枚もの同意書に署名したりしたりしているところへ、友人のシャーリーがやって来た。彼女は私の母親と同年代だが、30年来の付き合いで、トーマスと出会ったのも彼女の家だ。お互いに家族同様の気持でいる。彼女は事故の翌日に、息子ゲアリーの連れ合いのナンシーといっしょにトーマスのお見舞いに来てくれた。

実は事故のあった夜、病院に来てくれと私が連絡しなかったことに、彼女は少々傷ついたようだった。でも、あの夜はトーマスの状態が全くわからなくて、彼女が心配したり動揺したりすれば、私はますますトーマスのことが心配になってしまっていただろう。また、私は自己制御装置が自動的に強く作用してしまう性格だから、誰かがそばにいると、自由に反応できなくなる。と、ごたごた理屈をこねて自分に言い訳したが、突き詰めると、あの夜は誰にもそばにいてほしくなかったのだ。トーマスのことだけに集中していたかったから。

が、今回は事故から3日目で、トーマスの状態がはっきりわかっている。手術にはいつも何らかの危険が伴うけれど、そんな心配は親しい人といっしょにいることで一時忘れていられるだろう。それに、頼りにしたりされたりということは、友人同士として大切なことだ。友人としてのシャーリーの価値を再確認するためにも、トーマスの手術のときは病院に来てほしいと頼んだのだ。彼女も喜んで引き受けてくれた。

その日は特に手術がいっぱいあるのか、トーマスは長い間待たされた。その間、痲酔担当医が小走りにやって来て、痲酔と手術の説明をした。背の高い中国人で、英語に強い訛りがあったが、ユーモアたっぷりで説明はわかりやすかった。手術は首を前方から切り開くそうで、2時間半ぐらいの予定だが、手術の設定の段階で時間がかかることが珍しくないから、手術に時間がかかっても心配しないように、ということだった。前もってそう知らせてもらうと、余計な心配をしなくて済む。
「何か質問がありますか?」医師は私たち全員の顔を見渡した。
トーマスもシャーリーも私も全員「ノー」と言うと、その医師はまた小走りに出て行った。本当に忙しそうだ。トーマスの手術は12時からの予定だったが、2時を大分過ぎたころ、ようやく彼の番が一番最後に来た。「いってらっしゃい」と、シャーリーと私がトーマスの手を握る。彼はそれを握り返して、手術室へ運ばれて行った。

私たちはカフェテリアで数時間を過ごした後、手術待合室へ行った。待合室は患者の家族で空席がないほど満員だったが、次第にその数が減っていく。7時を過ぎると、中年の女性と年配のメキシコ人男性と私たちだけになった。そこへ、ホセとサンディの夫婦が現れた。ホセは中学校の、サンディは小学校の教師で、トーマスの農園の近くに住んでいる。病院までは車で30分ほどだが、くねくね曲がった急な坂道を通らなければならないから、仕事の終わったあとに来てくれるのは大変なことだろう。トーマスが手術をすることはメールで友人たちに知らせておいたけれど、わざわざ来てくれるとは思ってもいなかった。彼らに、手術の開始がそもそも遅れたことを説明する。8時を過ぎると、昔からトーマスのパーム関係の友だちのロバート・ケリーがやって来て、話し好きの彼のおかげで待合室はまた賑やかになった。

事故の翌日から、毎日のようにいろいろな友人が病院に来てくれている。白状すると、そのときは友人たちの励ましの重要さが私にはあまりよくわからなかった。わざわざ病院まで足を運んで来てくれる友人たちに、大いに力づけられ、身に沁みてそのありがたさを感じたのは、トーマスの首の手術以後である。病院に来てくれた友人たちだけではない。祐子さんとマークさん(「4 国籍あれこれ:選択肢」で紹介)は、当分の間、うちに泊まって動物たちの面倒を見てくれることになり、私は夜遅くまで病院にいても動物たちの心配はしなくても済むようになった。事故の当夜、目撃者のロバートさんに「近くに家族がいますか」と聞かれて、家族はいないけれど友だちは大勢いると答えたが、学生時代に母親を亡くして以来、「遠くの親戚より近くの他人」という諺通り、日本でもアメリカでも、私はずっと友人たちに支えられて来た。

9時を過ぎると、自宅まで1時間はかかるロバートは帰って行った。中年女性もメキシコ人のおじさんも家族の手術が済んで出て行き、待合室はまた静かになった。トーマスの手術はいやに時間がかかっている。でも、シャーリーやホセやサンディと取り留めのないおしゃべりをしていて、手術の心配に取り付かれることなく、ひたすら時間が過ぎていくのを待っていられる。

外科医のドクター・タントゥワヤが淡いブルーの手術着とキャップの姿で待合室に現れたのは、10時近かった。手術前に会う機会を見逃した私は、外科医が想像していたよりはるかに若いのにびっくりした。首の手術の経験を14年も積んで来たというから、中年だろうと思っていたのだけれど、実際は童顔で学生のような雰囲気のするドクターだった。
「手術は無事済みました。ロイドンさんの状態も安定しています」
やっぱりトーマスは頑丈で、しかも幸運なのだ、とホッとする。
「しかし、手術は期待通りにはいきませんでした」と、ドクター・タントゥワヤは思いがけないことを言った。
トーマスの首の骨が柔らかくて、ネジがきっちり留められず、どうしても3ミリのギャップが残ってしまったというのだ。それで、手術が長引いたのだろう。これから3ヶ月間、頸椎カラーで首を固定して、骨が伸びてギャップを埋まるかどうかを見なければいけないと言う。
「夫は1日も早くクレーンを操縦したがっているんですけど…」
「とんでもない」と、ドクター・タントゥワヤは呆れた顔をした。「車の運転だって1年間はいけません」
「まぁ…」 
ギャップが2ミリだったら、骨が自然に繋がる可能性が高い。4ミリではまず無理。3ミリではどっちになるか、わからないのだそうだ。ギャップが残っていたら今度は頸椎を留め金で固定させる手術を後方からしなければならないだろうと言う。
「夫は手術はちっとも苦にしませんから、もう1度手術するのは平気だと思います」
「いや、後方から手術をしたら、首の回転度を半分以上失ってしまいますよ。だから一生運転できなくなります。再度の手術はできるだけ避けたいですね」と、ドクター・タントゥワヤは全く訛りのない英語で言った。が、患者や家族と話しをするのは苦手という感じで、無駄口は一切きかずに出て行った。

手術はすべてうまくいくとほぼ確信していた私たちは、顔を見合わせた。でも、トーマスは必ず回復する。それまで長い時間がかかるだけだ。言葉にはしないけれど、私はそう友人たちと確認した。翌日仕事のあるホセとサンディはそのまま帰り、私はシャーリーとトーマスの様子を覗いてから帰ることにした。

トーマスは重症患者の置かれるICUに移されていた。呼吸器に繋がった管が喉から通され、痲酔から醒め切ってはいなかった。それでも「トーマス」と呼ぶと微かに頷き、手を握ると握り返した。事故以来初めてその重大さを思い知らされたような気がする。

シャーリーがいなかったら、私はトーマスのベッドの脇に一晩中ぐずぐず居留まっていたことだろう。もちろんそれは賢明ではない。また次の日があるのだから。現実を忘れさせないでいてくれる友人たちの存在に、ここでも助けられたのだ。そして翌日からの山あり谷ありの道程は、友人たちの支えなしではとても進んでいけなかっただろう。

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