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僕の偏見紀行
100 アイルランド紀行(2)ダブリンの街歩き
2010年7月29日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ トリニティ・カレッジで出会ったネコと老人。穏やかな老人と、その友人である誇り高きノラのトリニー君。
▲ 代表的アイルランド料理を注文して出てきたのがこれ。全部は食べ切れなかった。
▲ 音楽で有名なパブ巡りツアーに参加。民俗楽器を演奏するミュージシャン。
翌朝フロントに静かな部屋への変更を依頼する。音楽がうるさくて眠れなかった、という僕の話を聞いた係りのオジサンは大いに同情してくれた。

そして僕の外出中にちゃんとしておくから、安心してくれと言ってくれた。このホテルの人たちは、とっつきはよくないが決してこちらの話をそらすことがなく好感が持てる。

バスと市内電車の1日乗車券(7.5ユーロ)を購入、早速試してみる。予定ではダブリン3泊後、南西部のキラニーへ行くことにしている。列車の時刻確認のため、ルアスと呼ばれる市内電車でヒューストン駅へ向かった。

いくつかの停留所を経て10分ちょっとで到着、石造りの立派な建物だ。このヒューストン駅からはダブリンからゴルウエーなどの西方面への長距離電車インターシティが出ている。

ドーム状の高い天井は一部透明で駅舎内は明るい。正面に改札口が並び、その奥に数本のプラットホームが見えている。そこにどこへ行くのだろうか、数本の電車が停まっている。あさってこれに乗るのか、と嬉しくなる。

インフォメーションに行こうと案内板を見る。全て英語とケルト語の併記だ。これは市内電車もバスなどをはじめ、全ての案内がそうなっており、後で訪れた他の町でも同じだった。

インフォメーションには、いかにも定年退職したベテランの鉄道マンらしい雰囲気の老人がいた。明後日キラニーへ行きたい、と告げると小さな時刻表を分けてくれ、時間を調べてくれた。あまり電車の本数は多くないようだ。

さらに途中駅での乗り換えの要領なども親切に教えくれる。混雑状況が分からないので、指定席を買ったほうがいいか訪ねると、じっと僕のおぼつかない英語を聞いていた老人は、大丈夫だ、余計な心配はするな、とやさしい口調で言った。

この老人は、同じ鉄道員だからか、やはり鉄道員だった僕の父にどこか似た雰囲気の人だった。遠い異国でほっとするような、どこか懐かしい思いがした。

駅を出た僕は再び中心街へ戻るためアルスに乗り込んだ。これからのダブリンでの予定を決めるのに、中央インフォメーションに行って情報を集めるのだ。

ルアスは3両連結くらいの長さでゆったりとして、乗り心地がいい。普通キップは停留所の自動販売機で購入でき、料金は距離に従ってゾーン毎に設定されている。15分くらい乗る第一ゾーン内なら1.5ユーロ、安くて便利だ。

ただ販売機のタッチパネルの文字が小さくて読みづらい。そのため不慣れな旅行者やお年寄りには使いづらいところがある。

ルアスを待っていたら、自販機のそばに無精ひげのオッチャンがへばりついていた。近寄ると酒臭い。キップを買う人がくるとしつこく話しかけ、キップを買う手伝いをしている。どうも手伝った後のチップが狙いのようだ。年配のオバアサンあたりは重宝してチップをあげていた。いろんな商売があるものだ。

この国は一時期IT関連産業で大いに発展したが、金融危機後深刻な不況が続いている。失業率が高く、町には物乞いの姿とビルの空室が多い。あちこちに「TO LET」の看板が見受けられる。路傍に座り込んで、大きな紙コップを前にじっとうなだれたままの若者をたくさん見た。

テンプルバーのインフォメーションは混雑していた。この地区は、パブやレストランが軒を連ね繁華街で、世界中から観光客が集まってくる。そのためインフォメーションは、様々な国の老若男女であふれかえる。カウンターには長蛇の列ができ、案内係りの女性は早口でまくしたてる。言葉の不自由な外国人には、もう少しゆっくり相手してくれてもいいのに、とついひがんでしまう。

「タラの丘」への行き方を確認すると、所在地のダブリン郊外までかなり遠く、乗り合いバスではどうにも行き難い。日帰りツアーがあるが、明日は土曜日で混んでいるらしい。いくつかツアー会社を調べてもらい辛うじて一席確保することができた。ガイド案内付き日帰りバスツアー35ユーロ。

テンプルバーを出て大通りを渡るとそこがトリニティー・カレッジだ。伝統と由緒あるこの大学は16世紀終わりにイギリスのエリザベス1世によって創設され、ノーベル文学賞のベケットはここの近代文学学科の一期生という。

石造りの門をくぐると正面に30mもある鐘楼が見えてくる。かたわらには黒いガウンと房つき帽の学生達がいる。10ユーロで構内を案内するアルバイトらしい。

歩いていると広い芝生の前にベンチが見えてきた。あたりには人影も少なく静かな場所だ。ベンチには僕と同年代の白髪の老人が一人、そしてそのかたわらに黒いブチのシロネコ一匹、よく見ると貫禄がある。かなり年配のようだ。

しゃがんで声をかけるが、ちらと一瞥しただけで知らん振り、なおも声をかけるも、一度耳をピクリとさせると後は知らん顔でそっぽを向いたまま、アイソのない奴だ。

そのうちベンチの老人が微笑みながら話しかけてきた。このシロネコと仲良しで、毎日ここに食事を持ってくるらしい。よく見るとそばの繁みに小皿が用意してある。

ただこのシロネコ、食事はもらっても気を許すことはないという。いかにもノラらしい誇り高いネコだ。元気なオスだがすでに10才を超え、よる年波には勝てず最近眼を悪くしたらしい。そういえば眼のあたりの様子がおかしい。

老人がえさを見せると近寄って来て、前足をそろえてきちんと座り、行儀よく食事を待っている。なかなか育ちもいいのだ。トリニティ・カレッジに住んでいるからトリニー、と老人は呼んでいるとらしい。

ネコをきっかけに老人と話が弾んだ。やはり彼も僕と同じ気楽な年金生活者だった。国はどこか、観光か、ダブリンからどこへ行くのか、など他愛ない世間話が楽しい。アイルランドへ来て以来、早口の事務的会話に疲れ気味の僕には有難いひと時だった。

ホテルへ戻るとフロントに、いかにもやり手そうな女性担当者が待っていた。ひょろりと背が高く、ポパイにでてくるオリーブのようだ。僕の部屋についての希望をいろいろ尋ねる。そこであらためてパブから最も遠い、最上階の奥の部屋がいいと希望する。すると彼女はパソコンをしばらく叩き希望通りの部屋を取ってくれた。アイソは無いが仕事は速い。

念のため部屋を確認に行く。静かさは申し分ないが、窓の一部が壊れている。上部が外側に倒れる格好で外気を取り入れる窓だが、それを閉める時の留め金がない。

早速フロントへ戻り彼女に苦情をいうと、また何かあったかと若いポーターを見に行かせる。戻ったポーター曰く、留め金はないけど一応止まっているから問題ない。強い風が吹いたらどうするのか、窓が開くではないか。

しばらくやり取りした結果、ガムテープの応急処置で妥協した。壊れても使えればいいじゃないか、というのがアイルランド流なのだろうか。

ただ、僕は明後日からキラニー・ゴルウエーなどをまわった後、1週間後にまたこのホテルへ戻る予定にしている。その時も希望通りの部屋を約束するようオリーブに要求した。彼女は、先のことはなんとも言えないと約束を渋ったが、結局確約してくれた。

ぶっきらぼうだが、うるさい僕の要求から決して逃げない。正面から受け止め、お互い納得するまで議論する。このオリーブはまだ若いがしっかり者だ。

後日のためにオリーブの名前を確認すると「マイク」と答える、これは男の名前?。何度聞いてもそう聞こえる。そこでメモしてもらうと「MAGS」だった。「MARGARET」の略ということだが、確かに僕にはマイクと聞こえた。つくづく己れの語学力の限界を知る。

新しい部屋へ荷物を移してすぐにまた外出する。夕食と音楽パブ巡りツアーに参加するのだ。集合場所の高名なパブで人で溢れていた。黄色の壁にいろんな国旗を飾り立てたそこは、1階がパブ、2・3階がレストランだった。

レストランのウエイターに、代表的なアイルランド料理を食べたいが量は少なめに、と注文する。出てきたのはトリの煮込み、大きな骨付きトリ肉をホワイトシチュー風に煮込んだものとパン。

付け合せは、くたくたになるまで煮込んだ大量の味なし野菜が別に一皿。シチューの味付けはバターと塩コショウだけのようだった。素材の味が生きていて美味しいが、単調な味で食べ続けると飽きてくる。これに半パイントのギネスがついて30ユーロ。ツアー料金に比較すると高い気がした。

パブめぐりは午後7時半スタートだが、まだ充分明るいものの土砂降りの雨で寒い。ダブリンは雨が多い、長続きはしないがよく降る。見知らぬ国の夜の街を、冷たい雨にぬれながら、外国人グループに混じって黙って歩いた。

10時すぎまでパブを巡りながら、案内役のミュージシャンがアイルランド音楽を演奏してくれた。ツアー参加者はアイルランド系の欧米人が大半だった。みんな自分たちの父祖の地に来て、懐かしい音楽を聞いて興奮したのだろう、床を踏み鳴らし、大声を上げて歓喜する。賑やかに盛り上がるその場に、東洋人は僕ひとりだった。(続く)
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100 アイルランド紀行(2)ダブリンの街歩き
99 アイルランド紀行(1)百敗して、なお・・
98 ベトナム紀行(8)駆け足バンコクそしてハノイ
97 ベトナム紀行(7)サヨナラ!「サイゴン」
96 ベトナム紀行(6)再びのホーチミン
95 ベトナム紀行(5)アンコール・ワットの空の下
94 ベトナム紀行(4)タイを追い出した町
93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
89 シルクロードの旅(12)風の城、アヤズ・カラ
88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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