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僕の偏見紀行
101 アイルランド紀行(3)タラの丘へ
2010年8月4日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ノルマン人が築いたトリム城跡の最上階にて。入り口に掛ける巨大な錠前の鍵を持つガイド氏。お客が本丸跡に入場するとこの鍵を楽しそうに掛けてしまう。
▲ タラの丘にて。中心部で雨に濡れる石柱。
▲ タラの丘にて。十字架に円形を組み合わせたケルト風十字架。アイルランドのカトリックは土着宗教も取り込んで広がった。
10時頃出発したツアーバスがダブリン郊外「タラの丘」へ近づくにつれ、雨足が一段と激しくなった。ドライバーを兼ねたガイド氏、銀髪に口髭の中年男、の説明はいよいよ熱を帯びてくる。

巻き舌でメリハリのきいた口上は、なるほど文芸大国アイルランド、人まえで弁ずるのが巧みだ。ただ、残念ながら僕の語学力ではうまく聞き取れない。

それにしても聞きなれぬ単語が多いのは何故だろう。周りの欧米系の連中はガイドのジョークに時折どっと笑っている。

丘の入り口でバスを降りた。土砂降りの中、ぬかるむ小道を歩く。付近にはビジターセンター、小さな教会などが見えている。

ゲートの手前は墓地になっており、うす暗い林の中に古びた墓石が立ち並ぶ。その前でガイド氏は我々の方を向くなり、いきなり雨具のフードを脱いで説明を始めた。

雨に打たれながら熱弁をふるう彼を目の当たりにし、僕は心底驚いた。聴衆の前では帽子を脱ぐ、というのが彼のガイドとしての美学なのか。あるいは聖地への敬意の表れか。

見かねた客の一人がフードをかぶるよう促す、すると彼は一礼してそれに従った。それはあたかも舞台で熱演する俳優の所作を思わせた。

紀元前200年頃からアイルランドにやって来たケルト人は大小の王国を築いた。中でもタラの王は、王の中の王といわれ、その王国はアイルランドの中心として大いに栄えた。

ただ、タラの王は強引に武力統一を図るというより、緩やかな精神的宗教的結びつきの中心となった。そうしてタラはアイルランド人の精神的よりどころ、聖地となった。

墓地を過ぎ放牧用の柵を抜けると、広大な牧草地が眼前に広がった。緩やかな起伏の草地が遠くまで続き、先のほうは雨に煙っている。ヒツジの群れが濡れながら移動している。

中央部の小高いところに「タラの丘」を示す1mたらずの小さな石柱が立っている。ここが聖地タラの丘。見渡せば何の変哲も無い草地が広がるのみ。

イギリスの圧制に立ち向かった国民的英雄オコンネルは、国民に呼びかける大集会をこの地で開いた。降りしきる雨の中、丘の中央に立っていると、はるか昔からここに集った人々のエネルギーが大地のパワーとなって伝わってくるようだ。相変わらず雨は激しいのに、不思議にあたりは明るい。

トリム城に着いたころには雨も止んでいた。12世紀頃やって来たノルマン人建造の、アングロ・ノルマン風の巨大な城跡である。残念ながら現在は、灰色の石積からなる城壁、本丸、砦などの一部が残るのみである。

受付で各自が出身国を告げると、それ用の案内書をくれるのだ。しかし僕の場合は、日本と聞いて受付のオバサンは困っていた。あきらめて歩き出したところ、見事なヒゲのオジサンが日本語対応の案内書を奥から持ってきてくれた。彼がここの専任ガイドだが、彼もまたきわめてアイルランド的であった。

本丸入り口は分厚い木の大きな扉だった。一組分の客がそこを入ると、ガイド氏はおもむろにこの扉を閉め、30センチはあろうかという巨大な錠前をガチャンと掛け、ニヤリと笑った。

それから声を張り上げ、トリム城の歴史について朗々と語り始めた。それは、よく聞き取れなかったが、城を造った王や、それをめぐる戦い、その構造やその中での暮らしぶりなど多岐にわたった。

場内はほとんど壁しか残っていない。片隅には上階へ続く狭い螺旋階段が辛うじて残っている。破損した壁や抜けてしまった床は補修され、見学用の通路もあらたに天井の空間を横切って架けられている。

このガイド氏は面白いけど少々うるさい人物だった。、客の私語を嫌い、常に自分の話しを聞くよう注意した。彼の話しぶりは、ジェスチャーを交え、まことに演劇調であった。この話し振りや入り口の錠前など、彼はまさにトリム城という舞台を見事に演じていた。

最後に何気なく彼に尋ねた。クロムウエルもここに着たのか、と。彼は一瞬黙り、そして一言、「Forced」。(力づくで攻めこんだ。)

現在でも、アイルランドの人々にとって、プロテスタントという言葉は悪魔と同義語であり、僕が高校時代に清教徒革命の指導者、と学んだクロムウェルはその代表なのだ。

16世紀英国において、国教会をpurify(清浄化)せよ、と弾圧にもめげず戦ったのが清教徒とよばれる過激な新教徒だった。彼らにとって、清浄化すべきはカトリックであり、その残滓であった。そして彼らはこの戦いに勝利し、専制者チャールズ一世を断頭台に送った。

強烈な新教徒でありかつ軍人であったオリバー・クロムウェルは新たな専制者となり、英国での清浄化の後、1649年2万の兵を率い、大半がカトリック教徒であるアイルランドへ攻め込んだ。

カトリックをpurifyするのが目的であったが、それは歴史上まれに見る残酷で徹底した侵略でもあった。各地で虐殺を繰り返し、捕らえた働き盛りの男は奴隷としてアメリカへ売り飛ばした。カトリック教徒の土地を取り上げ、新教徒に分け与えた。

彼の侵略は、その後も続くイギリスによる、差別と搾取の支配のもととなり、さらにそれは、後年定められたカトリック刑罰法により、徹底されることになる。

この法により、アイルランド人は結婚・職業・新たな土地取得の自由を失い、人々は煮炊きのタキギにも事欠く窮乏生活を強いられることになる。

土地を失い小作人となった人々は、地主から借りた土地の3分の2に小麦を作り、その収穫の全てを地主に納めた。自分たちは残りの土地にジャガイモを作り、辛うじて命をつないだ。

アイルランドの人々の命を支えたジャガイモが、南米から伝わったのはクロムウェルより前だったという。もしジャガイモという、荒地でも育ち生育が早く、しかも栄養に富むという、優れた作物が無かったら、人々の生活はいったいどうなった事だろう。

雄弁で芝居気たっぷりのトリム城のガイド氏が、クロムウェルと聞いて一瞬黙り、一言しか答えなかった気持ちが分かるような気がする。

「宗教は水か空気のようである場合はいいが、宗教的正義という、もっとも悪質なものに変化するとき、人間は簡単に悪魔になる。」(愛蘭土紀行より)

もしかしたら、僕の心の奥にもこの種の「正義」がひそんでいるかもしれない。それは「宗教的」ではないかもしれない。個人的な経験や価値観による、心情的、道徳的、といった、一見ありふれた、しかし危うい「正義」かもしれない。 (続く)
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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52 風に吹かれて八丈島(2)
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50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
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42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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