1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
縁の下のバイオリン弾き
12 カナダロッキーへの旅―最終回
2010年11月30日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ グレイフォックスを演じたリチャード・ファーンスワース(西村万里 水彩)
●ビル・マイナーとリチャード・ファーンスワース

汽車の中で私は手渡されたパンフレットの中にビル・マイナーの記事をみつけ、興味をひかれて読んでみた。

ビル・マイナーはカナダ人ではなくアメリカ人だがカナダ西部では伝説的な有名人だ。それはどうしてかというと20世紀はじめにブリティッシュ・コロンビアではじめての列車強盗をしたからだ。場所はバンクーバーの東40キロの所だったそうだ。

アメリカでは駅馬車強盗をしていたのが、3度目の刑期をつとめあげた後カナダに移った。温和な紳士で農場主だったけれど裏では列車強盗なのだった。カナダでもつかまったのだが、その時は彼を強盗だと信じない隣人たちが弁護をかってでたほどだという。そのせいでマイナーは「怪盗紳士」のあだ名があった。つかまった場所はカムループスの近くだったという。

この最初の強盗事件が1904年だというのはおもしろい。エディソンが映画を発明してほどなく、映画史にのこる12分の映画が撮影された。「大列車強盗」という題名だ。当時としては斬新なテクニックを駆使してとられた映画で製作は1903年。最初の西部劇としても名高い。

1903年に過ぎ去った西部の物語を回想する形で映画がつくられていたのに、カナダではまだ実際に列車強盗がおこなわれていたのだ。

ビル・マイナーはカナダの刑務所を出たあとアメリカにもどり、結局アメリカの刑務所に服役中になくなった。彼は1847年うまれだから私より101年前に生まれたことになる。死んだのは1913年だ。それから101年、2014年はすぐそこだ。そんなに簡単に死んでたまるか、ビル・マイナーよりは長生きをしてやる、と思っている。

このパンフの記事は短いものだったけれどカルガリー・タワーに登った時、売店で彼の伝記をみつけて買った。読んでいるうちに「待てよ、この話はどこかで聞いたことがある」と感じた。しばらく考えて私はハタと思い当たった。若い頃に見た映画「グレイフォックス」だ。いま調べてみたら1982年につくられている。 ほとんど30年も前の映画だ。( 見たときは知らなかったがこれはカナダ映画でハリウッド映画ではない。)この映画はビル・マイナーを主人公にした映画だった。映画の主人公が実在の人物だとは知らなかったので、その名前もすぐに忘れてしまった。

冒頭、ビル・マイナーが汽車の中で乗り合わせた乗客に、最近誰かから贈られたというりんごの皮むき器を使ってりんごの皮をむいてみせるシーンがある。時代は変わった、りんごの皮まで機械を使ってむく時代になった、しかし彼ビル・マイナーはそういう時代の変化についていけないオールド・タイマーなのだ、ということを見せるためのシーンだったにちがいない。彼が乗っていたあの汽車が、100年後に私が乗ったカナダの鉄道だったのだ。(映画の中では、ほかでもない 「大列車強盗」をビル・マイナーが見て、それをまねして列車強盗をしたことになっている。)

私は実はずっと以前から、この 「グレイフォックス」をもう一度見たいものだと思っていた。ところが何でも手に入るはずのブロックバスター(DVDレンタル会社)のリストにこの映画は入っていない。そのため、とうとう今にいたるまで見ることができないでいる。

いい映画だった。主役が無名の老人だったのがひどく印象に残った。

この「無名の老人」がリチャード・ファーンスワースで、後年 「ストレイト・ストーリー」という映画に主演し、アカデミー主演賞にノミネートされた。その時70歳をとうにこえていた。この最年長記録は今にいたるまでやぶられていない。

「ストレイト・ストーリー」というのはアイオワかどこかの老農夫が自動芝刈機(小型のトラクターのようなもの)に乗って瀕死の兄を見舞いに行くという話で、がんこな老人の長距離旅行がみものである。

ファーンスワースは実はこの映画の撮影の時すでにがんにおかされていて、その痛みをこらえて出演した。それでようやく世に認められたのに、1年あまりして猟銃自殺してしまった。がんで苦しむよりはと思ったのだろう。80歳だった。

ファーンスワースがなぜそんなに遅咲きだったかというと、この人はもともとスタントマンだったからだ。馬に乗るのが上手だったので西部劇はなやかなりし頃主役のかわりに馬から落ちたり曲乗りをやってみせたりしていた。そのうちセリフをいう役がまわってきてながらく脇役として活躍した。西部劇を見ているとおどろくほどひんぱんに彼の顔を見出す。悪役だったことも多い。

私は 「グレイフォックス」を見てから彼をひいきにしていたので、「ストレイト・ストーリー」に主演したのを陰ながら喜んでいた。猟銃自殺をしたと聞いたときはがんのことを知らなかったので、いぶかりながらその死をいたんだ。

でもいくらファーンスワースのことが好きだといっても 「グレイフォックス」をもう一度見ることがかなわなければ彼のことも次第に忘れ去る運命だったろう。カナダでビル・マイナーの伝記を読んで私ははからずもリチャード・ファーンスワースのことを思い出した。

彼の人生を考え、「グレイフォックス」を見た頃の若かった30年前の自分を思い出し、私自身の人生を考えた。汽車の中であのパンフレットを手にとらなければそのすべてはおこらなかっただろう。たぶんこれがカナダ旅行の一番の収穫だった。(完)
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
僕の偏見紀行
時津 寿之
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
153 教会の犯罪
152 ドナル・ホードのこと
151 さしみについて
150 ルピータ
149
148 エマ・ゴンザレス
147
146 書くということ
145 餅(もち)
144 「外国人」
143 微妙なたわみ
142 黒い雨
141 ベーコン
140 根付
139 プリーズ
138 キャベツあれこれ
137 スピリチュアル
136 柿と卵焼き
135 移動と定住
134 ベジタリアン
133 王女と真珠
132 七人
131 イディオムということ
130 平等
129
128 名誉殺人
127 ラフカディオ・ハーンのこと
126 楽器
125 ビスケット
124 動物
123 アイヌ
122 ヘクター・ザ・ヒーロー
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
120 果実の皮
119 コンニャク問答
118 安岡力也の生涯
117 事実は小説より奇なり
116 レイルウェイマン
115 火を起こす
114 ふし穴
113 ジュリー・デューティー
112 目玉焼き
111 歌に歌われる
110 組織
109 人種差別
108 丸い足
107 宗教と女性
106 ディーベンコーン
105 神の味噌汁(みそしる)
104 健さんと平戸
103 バグパイプ考
102 ないです
101 聖地
100 マッカンチーズ
99 再造の恩(2)
98 再造(さいぞう)の恩(1)
97 行水
96 かまわぬ
95 本場もの
94 グーリックさんのこと
93 ケセラセラ
92 日本人の肖像
91 センス・オブ・ワンダー
90 カティ・フラードのこと
89 屋根瓦(やねがわら)
88 一人っ子政策
87 文化の違い
86 干し野菜
85 恐れを知らないギター
84 銀シャリ
83 ターナー
82 デリシャス
81 モハメッド・アリの大勝負
80 ハンマーダルシマー
79 白無常(はくむじょう)
78 アメリカいれずみ事情
77
76 ひつじ
75 ひげにまつわる話
74 ぐちゃぐちゃ
73 宗教の周辺(2)ヘズース
72 宗教の周辺(1)翼と銃
71 となりの芝生
70 ピンピンパンパン
69 帯とバックル
68 レ・ミゼラブル
67 テーブルマナー
66 朝の穀物
65 二人松浦
64 好きこそものの上手なれ
63 パイについて
62 Xのこと
61 琴棋書画(きんきしょが)
60 爪紅(つまべに)
59 絵に描いた餅(もち)
58 ブレーキ
57 シャーロック・ホームズとカレー
56 ポール・マッカートニー
55 野蛮な茶
54 パサディナ
53 複数たち
52 玉米(ぎょくまい)
51 それにつけても
50 はしとさじ
49 ローズバーグ
48 ジャカランダ
47 サンドイッチの話(2)「O.J.シンプソンとハンバーガー」
46 バンジョー
45 ジャージー・リリー
44 工夫
43 かゆのいろいろ
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
41 イニシャルについて
40 無用の人
39 具眼の士
38 天使も踏むをおそれるところ
37 ビスカイーノ
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
35 パトリシア・ハイスミス
34 茶飲み話
33 柴五郎とジョニー・ビーハン
32 戦場のゴムぞうり
31 やきもの
30 記憶としての絵
29 アイリッシュ・ミュージック
28 乳と蜜の流れる土地
27 レディ・ハミルトン
26 Mto.
25 『チャイナタウン」
24 ドライ・ランチ
23 プリンス談義
22 帽子の話(3)「新撰組」
21 アメリカの大学から
20 帽子の話(2)「衣冠を正す」
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
18 マイ・バレンタイン
17 理想
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
15 おらんだ正月
14 シャーベット(下)
13 シャーベット(上)
12 カナダロッキーへの旅―最終回
11 カナダロッキーへの旅―11
10 カナダロッキーへの旅―10
9 カナダロッキーへの旅―9
8 カナダロッキーへの旅―8
7 カナダロッキーへの旅―7
6 カナダロッキーへの旅―6
5 カナダロッキーへの旅―5
4 カナダロッキーへの旅―4
3 カナダロッキーへの旅―3
2 カナダロッキーへの旅―2
1 カナダロッキーへの旅―1
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 9 1 2 2 2 4 9
昨日の訪問者数0 2 6 0 3 本日の現在までの訪問者数0 3 4 0 6