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風 |
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2011年1月14日 |
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 | 中山 俊明 [なかやま としあき]
1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。 |
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▲ 北風がひと晩吹いたあとの「つるつる」の海面。(長者ヶ崎から北の葉山方向を望む、マリンクラブ提供) |
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▲ 富士山方向から吹き寄せる西風で荒れる海面。(長者ヶ崎から南の佐島方向を望む、中山撮影) |
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ふつうの人が、ふつうの生活のなかで、「風」を意識することはほとんどないのではないかと思う。
夜のTVの天気予報で気になるのは「明日が晴れか、曇りか、雨か」、もしくは「暑いか、寒いか」くらいなものだろう。台風のときには「風速」が気になる。アレルギー性鼻炎のひとは、春先は特に翌日の風が気になるかもしれない。いかし、いずれにせよ、漁業や農業従事者以外で、日常的に「風」に注意を払うことは、ま、ほとんどないといっていい。
ところが最近の僕は、その「風」のことが始終気になるのである。夜のニュース番組の途中の天気予報を見ながら、妻は明日着ていく服の心配をする。雨の予報が出ていれば、道路が渋滞するから早めに家を出ることを考える。それくらいなものである。自宅でほとんどの仕事をするようになった僕には、その手の情報はほとんど要らない、といってもよい。僕にとっては「風情報」がもっとも重要なのだが、TVの天気予報は風のことには冷たいのである。晴れか、曇りか、雨か、気温はなんどくらいか、しかもそれが全国から始まり、「関東地方の明日は」で終わるというアバウトさである。そこで威力を発揮するのがインターネットだ。この地域の天気をピンポイントで予想してくれるサイトにほぼ1時間おきにアクセスする。
これで明日の、僕の住む狭いエリアの風速、風向がおおむね分かる。気温も、わが家族が気にする東京や横浜ではなく、僕が住む「ここ」の情報が必要なのだが、こちらはあまり気にしない。TVが予想する横浜の気温プラス3度、というのがこのあたり、つまり三浦半島の気温になるというのが、経験的にわかってきた。だが今の僕には気温はさしたる問題ではなく、「風向き北東、風力1から3メートル」くらいが出ているとニヤリとするのだ。
これほど日々、風のことを気にするようになったのは、昨年の夏の終わり頃から始めたマリンスポーツのせいだ。最初ウィンドサーフィンを習い始めたのだが、海の上で、または「落ちた」海のなかで、息切れを起こしたり、血圧の急低下で顔色が蒼白になったり、いざ始めてみると、昔より体力が極端に衰えているのが分かった。基礎体力を鍛えなおさなければいけないと始めたのが、スタンドアップ・パドルボード(SUP)である。このサイトでも何回かご紹介したので、もうご存知かと思う。簡単に言えば、大きなサーフィンボードの上に立って、パドルを漕ぎながら海上を進むスポーツといえばよいのか。
生まれはウィンドサーフィンと同じカリフォルニアである。ウィンドサーファーたちが、風がないときに楽しめる遊びとして考え出したらしい。「遊び」を考え出すアメリカの若者の才能はすばらしいと思う。ウィンドサーフィン自体が、コンピューターのエンジニアだった波乗りサーファーと、航空機のエンジニアだったヨットマンが、酒を飲みながら雑談しているなかで生まれたアイデアからスタートしたらしい。これが1970年のことだというから、まだ生まれて40年そこそこのスポーツだということになる。
それはともかく。ウィンドサーファーが風がないとき楽しむスポーツなのだから、風がなく波が穏やかなほうがいい。特に僕のような初心者は、海面が静かな日をなるべく選んで練習したい。今日は仕事休みの金曜日。天気予報はどうなっているだろう。現在1月14日午前8時。
気温 午前9時で4度 正午が6度 15時で8度
うーむかなり冷え込みの厳しい1日になりそうだ。しかし、終日お天気マークがでている。雲さえ出なければ、気温はぐんぐん上がってくる。海岸の砂浜の上は正午で10度を越すかもしれない。それより風だ。
午前9時で北東3メートル 正午も同じ 15時で南1メートル
昨晩から北の弱い風が吹き続き、それは午後にかけて南の風に変わっていく。今日は理想的なSUP日和になりそうだ。冬に北風?条件が悪い、と普通は思う。だが違うのだ。相模湾はもちろん南に面している。太平洋の大波は南から日本列島に押し寄せる。北風がこの波を逆からゆっくり撫でて鎮めてくれるから、北風のあとは波が小さくなる。逆に南風が吹き続けたあとは、冷え込みがマイルドになる代わりに、波がボッチャンボッチャンと騒ぐ。
地元の漁師は「北風が吹いてくると、海水温が下がる」という。冷たい風が、逆櫛を立てるように波にぶつかり、海水に潜り込んで水温をどんどん下げていくのだろう。冬至を過ぎて日照時間はどんどん長く、陽射しは強くなっていくのに反比例するように海水が冷えていくのにはこんな理由がありそうである。
今日の行動予定を考える。正午近く海に出よう。この時間なら太陽のおかげで気温は10度くらいになっているはずだ。この寒さなら耐えられる。海面は「つるつる」状態のはずだ。ウィンドサーファーたちは、波のない海面をこう表現する。風の予報は北東だから、南下しながら(つまり風に背中を押されながら)漕ぎ進め、行けるところまで行って昼食にしよう。海岸から歩いて行けるコンビニがある。予報では、風は午後遅く南に変わる。帰りもまた背中を押されながら帰って来れる、はずだ。
僕がいま所属するマリンクラブの店長さんはインターネットの普及のおかげで、海の遊び方が変わったという。以前のサーファーたちは、「風待ち」と称して風が吹き始めるのを砂浜で待った。ところが今は、インターネットのおかげで気象情報が、ピンポイントで、かつかなり正確に、早くつかめるようになった。そういえば、風が吹き出すと、いつの間にどこから集まって来るのか、海上にウィンドサーファーの姿が急に増える。インターネット情報に引き寄せられるように集まるのだ。
とはいえ、インターネットを過信してはいけない。自然は、時として人間の予測とはまったく別の動きを見せる。静かだった海面に、突如さざ波が立ち始め、そのうち西風が暴れだして、大波に翻弄された体験がある。熟練のウィンドサーファーなら喜ぶ「西のどん吹き」とか「大西」といわれる風だが、初心者マークには恐ろしい風だ。帰りの北風を利用しようと皮算用し、北へツーリングしたのはいいが、帰りは予報とは真反対の南風が真向かいから吹き始め、帰還に3倍の時間を要したこともある。東風も怖い。海を西にする三浦半島の海岸で、東風を浴びたらどうなるか。初心者マークは沖へ沖へと流され、帰還不能になることもありえる。
書いていて怖くなってきた。が、この厳しい時期の頑張りが、春の到来をより喜び溢れたものにするに違いないと、今日も冬の海にでかけていくのである。
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