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僕の偏見紀行
99 アイルランド紀行(1)百敗して、なお・・
2010年7月25日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ダブリン空港にて、案内表示は全て英語とケルト語が併記されている。
▲ オコンネル通りの真ん中、小雨にぬれる祖国解放の英雄オコンネル像。
▲ ホテルそばの路地裏通り。鮮やかな色使いが小雨に煙る。
今から10年以上前になるが、司馬遼太郎の「愛蘭土紀行機Ν供廚鯑匹鵑澄そこには「アイルランド人は、客観的には百敗の民である。が、主観的には不敗だと思っている。」とあった。

負け続けても頑固にそれを認めない、決して諦めない、そんな歴史を持つ人々が暮らす国、一度行ってみたい、それ以来僕はそう思い続けた。

この国の血を引くマーガレット・ミッチェルの「風とともにさりぬ」の主人公スカーレット・オハラは、愛する人への思いは実らず、その後結婚するも2度にわたり夫を亡くすという不幸に見舞われる。

その後曲折を経てやっと結ばれた頼りがいのある男、レット・バトラーもやがて最後には彼女のもとを去ってしまうことになる。

頼みの南軍は敗走し、町も家も焼かれる。絶望の中、それでも彼女はくじけず、幼子と友を抱え、再生を期して故郷「タラ」の地を目指す。

負け続けても決して諦めらめず、明日のことは明日考えようという彼女の生き方、これこそ伝統的なカトリック精神に支えられたアイリッシュそのものではないか。そしてこの物語は一種のアイリッシュストーリーではないか、と司馬遼太郎はいう。

首都ダブリン郊外、何の変哲も無い草原に、アイルランドの人々の心のよりどころ、聖地「タラの丘」がある。作者はスカーレットの帰るべき希望の地に、自身の父祖の地アイルランドの聖地の名をかりたのだろう。

今はなき伊丹十三もまた、かって共演した英国俳優ピーター・オトゥールが酔って吹っかける、ニワトリの血は白い、などというとんでもない議論に辟易したらしい。彼はこの荒唐無稽な持論を決して曲げなかったという。

O’HaraやO’Toole、McQeenなどの名前はアイルランド人に多い。そのことから国外で活躍するアイリッシュがいかに多いかが分かる。ついでにいえば、McQeenもそうだが、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン、モーリン・オハラなどのいわゆるジョン・フォード一家など、ハリウッドで活躍した人々もアイリッシュである。

負けてもそれを絶対に認めない、どんな状況に陥っても諦めない、議論好きで頑固、断じて己の主張を曲げない。孤独を好み協調性に欠け、組織で活動することが苦手。さらに自己顕示欲が強く、人前で弁ずるのが得意である。

アイルランドの人々はこんな気質を抱えて生きているらしい。友として付き合うに愉快なタイプとはいえない。しかしよく考えると、僕にもどこか似たところがある。会ってみるのも面白そう。

この国の人口は400万人余ながら、アメリカはじめ国外で働く人は数千万に上るという。これはひとえに国が貧しかったことに起因するが、そのもとはいうまでもなく過去長年続いた英国の差別的支配と搾取による。

しかしこの偏屈なアイリッシュがあろうことか、合衆国大統領になってしまう。ケネディやレーガンがそうである。特にWASPが主流をなすアメリカにおいて、アイリッシュが、しかもカトリックの、ケネディ大統領が登場したことは、アイルラン本国の人々にとっても大きな驚きであったという。その頃労働者の間で、食えなくなったら、アメリカに行って大統領にでもなるさ、という冗談が流行ったらしい。

またこの国は人口千万に満たない小国ながら、イエーツ、ベケット、ジョイスなど、いずれも難解で独特な世界を持つ作家達であるが、を輩出した文芸大国でもある。

英国による徹底した収奪、さらに飢僅により数百万の人々が飢えたという歴史を持ち、付き合いにくい人々が暮らす文芸大国、そして森の木陰には小さな妖精たちが住むというアイルランド。とても複雑で一筋縄では行かないような、でも行ってみたい、ずっとそう思っていた。

思いかなってようやく成田を出発したのは7月8日朝。途中ロンドンのヒースロー空港での乗り継ぎは意地悪されているのではないか、と思いたくなるほど複雑で長時間かかった。5つのターミナルはバスで結ばれ、各ターミナルには沢山のゲートがある。

ブリティッシュエアウエイ(BA)で成田ーダブリンを予約したものの、ロンドンからはBAと共同運航しているアイルランドのエアリンガス便に乗り継がねばならない。別の航空会社だからターミナルは遠い、しかも案内板にはBAの便名は表示されていない。前もって知らなければ迷子になるところだ。

アルミとガラスで出来たチューブのような通路を、ゲート目指して一人とぼとぼ歩いていると、果たしてこの方向でいいのか、間違ったら確実に乗り継ぎできない、と不安がつのるばかり。注意書きには90分以上みるようにとはあったが、目指すゲートまでたっぷり1時間以上かかった。曲がりくねったルート、ぞんざいな態度で2回も繰り返される安全検査、今思っても腹が立つ。

ダブリン空港へは現地時間で午後6時過ぎ到着。早速インフォメーションで市内行きのバスを調べる。シャトルバスで30分足らず、料金6ユーロ。交通の便はとてもいい。

予約しているホテルに行くにはどこで降りたらいいか、訪ねるとインフォメーションの女性が早口で説明する。よく聞き取れない。

しきりに「オスト・ストップ」と繰り返す、「オスト」とは何だろう、と地図を探すが見当たらない。念のために彼女にメモしてもらうと「First Stop」だった。最初に停まったところで降りればいいのか。「First」は日本人には難しい発音だが、オストと聞こえるとは、難しい国に来た、とこれからの先行きが少々心細くなる。

云われたとおり最初のバス停、オコンネル通りのインフォメーション前でバスを降りる。祖国解放の英雄の名が付けられたこの通りはダブリンの中心街、沢山の人が行き交い、ホテル、カフェ、バーガーショプが立ち並び賑わっている。歴史を思わせる重厚な石造りの建物が続く。

しかしよく見るとその中の店は、バーガーキング、マック、コーヒーショップ、コンビニなどが多い。そして貸室が目立つ。第一印象は銀座というより、新宿渋谷あたりか。どことなく雑然としている

まだ充分明るいが曇り空で時おり小雨がぱらつく。少し肌寒い。ホテルへ向う途中、巨大な英雄の銅像の下では、数人のホームレスらしき男女が酒を酌み交わしご機嫌である。

ホテルは通りから数分の市内を貫いて流れるリフィ川沿いにあった。こじんまりしたやや古い造りの宿。フロントのすぐ向かいにはホタル自慢のパブがあって、もうにぎやかな音楽が聞こえてくる。アイリッシュダンスや音楽が楽しめるパブとして有名らしい。

午後9時過ぎ頃、自宅を出てほぼ20数時間、疲れきってベッドに倒れこむ。東海林さだおのエッセイにもあったけど、この海外旅行の最初の夜に、長時間のフライトの後、ベッドに倒れこむ瞬間は悪くない。しみじみと幸せを感じる。

すぐにうとうとしかけたが、なにやら騒がしい音が聞こえる。どうやらパブの音楽らしい。静かなアイルランド民謡の類なら問題ないが、激しいロックの響きである。これはたまらん、しばらく我慢するうちに眠りに落ちた。しかし夜中にふと目覚めると未だやっている。これは困った、明日一番に部屋を変えてもらわねばならない。(続く)

(参考図書)司馬遼太郎著 愛蘭土紀行記
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