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縁の下のバイオリン弾き
11 カナダロッキーへの旅―11
2010年11月30日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ バーミリオン湖(スケッチブックより)。
●旅行を終えて

今回のカナダ旅行はロッキー山脈の息をのむ風景をべつにすればほとんど得るところのないたびだった。私が考える旅の目的は達せられなかったといっていい。

まずカナダがあまりにもアメリカ合衆国に似ているのがよくなかった。カルガリーの街角に歌手のレナード・コーエンやダイアナ・クラールなどのカナダが生み出した著名人のポスターがたくさんはってあった。カナダにはこれほど有名人がいるんですよ、といいたいのだろうけれど、あいにくその大部分はアメリカで成功して有名になった人たちで少なからぬ数がアメリカに住んでいると思われる。私はそれらの顔を見て「ああ、かれらはカナダ人だったんだ」と思い出すしまつ。

メキシコはよく「アメリカにあまりに近く、神にはあまりに遠い」と揶揄される。しかしメキシコでの有名人がアメリカでも有名人だということはほとんどない。「バベル」をとった アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督はメキシコ人としてハリウッドで成功した人だけれど、アメリカ人一般がよく知っているとはいいがたい。文化人で多少とも知られているのはカルロス・フエンテスやオクタヴィオ・パスぐらいだろうか。その理由のひとつはことばの壁があるからだろう。でも、それより何よりメキシコとアメリカは文化の質がちがうのだ。カナダの場合、ケベックやノバ・スコシア、ケープ・ブレトンなどをのぞけばアメリカとの境界線はほんとうにおぼろなのだと思う。たとえば若い頃のセリーヌ・ディオンや k.d.ラングはカントリーを歌っていた。カントリーはアメリカ南部の歌だ。ファン層は全米にひろがっていようがパフォーマーはおおむね南部か西部の人々だ。それなのに国境をこえた北の国でカントリーを歌っていたのだ。

そんなことができるのは言葉が英語だからだ。それがカナダでつまらない思いをした理由だった。私が外国へ行くのは自国とはちがう言語風俗に接したいからだ。アメリカ合衆国は私の国ではないけれど住んで30年にもなれば生活の根は合衆国にあるといわなければならない。そこで日常使っていることばが国境を超えても使われている、ということは文化の面でも地続きだ、ということだ。

とはいえ、私の頭の中にはカナダの文化に感心することがいろいろある。まずカナダの医療システムはアメリカのそれにくらべてずっとよいと思う。それからガン・コントロール。アメリカの圧倒的な影響からのがれてガン・フリーの社会を築いたのはえらい。また先住民に対する配慮(カナダでは先住民のことを「ファースト・ネーション」という。カナダはつい先年、広大な北部の土地を先住民の自治区とした)。これらのことは尊敬に値すると思うけれど、カナダの大都会で感じた荒廃はそれらの美点をキャンセルしかねなかった。そんなにいいシステムがあるのなら、なぜそれが「うまくいっていない」という印象を与えるのだろうか。

なんでも高いことにも閉口した。ドル安の現在、カナダに旅行する利点はあまりない。

また、システムがよく機能して、人々がまじめに働いているからといって、その社会がおもしろいとはかぎらない。メキシコの社会は何十年も機能不全が続いているけれど、その社会のカラフルなこと(実際の色でも、またたとえとしても)カナダとはくらべものにならない。

バンクーバーは人口の過半数を移民がしめている。中華街もある。その点では活気にあふれていると言うことができる。しかし、私はバンクーバーの歴史について何も知らない。移民が来る前にこの町がどういう町だったのか、そもそもどういう風にこの町ができたのか、何も知る所がない。それは私にとってさびしいことだ。私はたとえばサンフランシスコならその歴史をよく知っている。ゴールド・ラッシュ、ホアキン・ムリエタ、ワイアット・アープ、パラディン(パラディン?)、ジャック・ロンドン、大地震、ヘイト・アシュベリー、などなど。そういう町の成り立ちを知らないと私には共感を抱くことがなかなかできない。カルガリーやカムループスはなおさらである。

食べ物がおいしくなかったのも私をがっかりさせた。もっともこれはカナダのせいではない。後日読んだ日本の新聞記事には「バンクーバーはエスニック料理の宝庫である。なにしろ世界中の移民が集まっているのだからバラエティーにはことかかない。毎日外食しても絶対あきることはない」と書かれてあった。たぶんその通りなのだろう。しかし私はどこに行ってもアイリッシュ・パブでハンバーガーやロースト・ビーフを食べていた。アイリッシュ・ミュージックのジャム・セッション(仲間が集まって音楽を演奏すること)をどこかでやっていないかとさがしもとめたためである。

バンクーバーの中華街では路上でフード・マーケットというのをやっていたので、豚の三枚肉と大根の煮込みを食べた。これはすてきにうまかった。しかし、ちいさな紙の容器に入った物を一本の竹串で食べねばならないのには困った。竹串は日本の、「たこやき」の流儀なのである。それをここの屋台ではすべての店が採用しているようだ。わりばしを出すより安上がりだから中国人の商人は喜んで日本人のアイディアをいただいたのだろう。でも中国の屋台では割り箸ではなく竹の箸をそのつど洗って出すのが昔のやりかただった。竹串では中国の屋台の感じがまるでなくなってしまった。

エスニック料理を食べたのはあとにもさきにもこの時だけ。かといって地元の、カナダの料理がどんなものか、そもそもそういう物があるのかどうか、はっきりしない。「これこそカナダの食べ物だ。カナダに来てこれを食べないんじゃあ話にならない」という食品があればだれか教えてほしい。

地元の人に接するのも旅の大きな楽しみのひとつだ。それなのに今回の旅行でまともに話をしたのはバンクーバー中華街のみやげもの屋の主人と、イスラエルから来たドイツ人のおばあさんと、最後にやっとフィドルがひけたカルガリーのバーで会った若いテキサス人のビジネスマンだけ、つまり全部外国人だった。バーテンダーですらアイリッシュやロシア人だった。ほんもののカナダ人とは口をきく機会がなかった(バンクーバーでそんな文句をいったら「移民こそがほんもののカナダ人だ」といわれかねないが。)これで旅行する意味があるだろうか。要するにカナダの風景は「見た」けれど、カナダについては何も「知る」ことができなかったのだ。(続く)
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