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ボーダーを越えて
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
2005年9月2日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
[おことわり] いま、ハリケーン「カトリーナ」による大被害が日毎に拡大していることに、居ても立ってもいられない気持で、これを書かせていただきました。「思わぬ道草」は完了したのでもなければ、中断させるのでもありませんので、あしからず。

* * * * *

3年近く前のこと、ニューオーリーンズの中央大通り(カナル通り)を真っ直ぐ南東に歩いて、街の南端をたどる堤防に立ったとき、ミシシッピ川の水面が目の前に現れたのにびっくりしたことを思い出す。後ろを振り返ると、ニューオーリーンズの街が川より低く広がっている。その地点から北東に向かって曲がる川に沿って築かれた堤防の上は幅の広い遊歩道になっていて、そのままフレンチクォーターまで歩いて行かれる。遊歩道も観光客でいっぱいになっていく。フレンチクォーターは昼も夜も道路に人ごみが溢れるほど賑わっていた。

翌日は反対方向の西の方へ、観光客の行かないニューオーリーンズを見に、歩いて行ってみた。高速道路を越えると、たちまち落ちぶれて治安も悪そうな感じの建物が続く。ここは暗くならないうちに通らなくちゃ、と思ったものだ。それでもどんどん西へ進むと、貧しいながらも落ち着いたたたずまいになっていき、そのうちに古くて手入れが行き届いている住宅が並ぶようになり、しゃれた骨董品店がぽちぽち登場して来る。

それより10年ほど前に、KKKのメンバーという経歴を持ちながら大統領選挙に立候補したデイビッド・デュークのインタビューに中山さんと来たときに、中山さんに骨董品店が建ち並んでいるマガジン通りに連れて行ってもらった。そこまで辿り着きたかったのだが、日が暮れないうちにホテルに戻りたかったので、諦めて引き返すことにした。

私の歩いたニューオーリーンズの通りは、すべて浸水してしまったのだ。特に低所得者層居住地は、水が深いという。

1度フロリダに上陸したハリケーン「カトリーナ」は、メキシコ湾に抜けたらまた勢力を増した。ハリケーンは(台風もそうだけれど)上陸したら勢力が弱まるはずなのにどうしてだろうと思ったら、メキシコ湾の海水が華氏90度と異常に高かったからだ。そうしてルイジアナに再上陸したのだ。その日の夜の報道では、被害は予想されたほどではなかったということだった。

翌日になってカトリーナの残した爪痕のひどさや堤防決壊による大洪水の模様が刻々と報道され始めた。逃げられずに浸水した家に閉じ込められてしまったらしい人々や子どもたち、そして力つきたお年寄りや病人の姿がテレビに映る。停電で病院の人工呼吸器が止まってしまい、看護師さんが手で呼吸器を動かしていると新聞に載っていた。トーマスが入院中にそんなことになったていたら、と思うと、ゾーッとする。(彼は脳の糸がもつれた翌日、別な危機に襲われて人工呼吸器のお世話になったものだから。)

いろいろな被災者がインタビューされている。そのうちの1人、いかにも高価そうなサングラスをかけ、身なりも全く乱れていない奥様風の女性が、「私はクリスチャンだから助かったんです」なんて言った。

クリスチャンだから助かった? 私のように仏教徒は(といっても形式だけだけど)、ハリケーンに命を奪われて当然、ということ? でも、亡くなった方々のほとんどもクリスチャンだと思うのだけど… ああ、クリスチャンはクリスチャンでも、この奥様はお金持ち、亡くなった方の多くは貧乏人で、貧乏人のことはこの奥様の認識には入らないのだ。

キリスト教原理主義派リーダーの1人が、ゲイに溢れてヘドニスティックなニューオーリーンズは神の怒りで滅ぼされたのだなどと発言したと、ラジオで聞いた。災害を自分の不条理な教義に利用しているだけで、別のキリスト教原理主義派リーダーは、9/11事件をゲイやフェミニストのせいにしたのと同じだ。そういう明らかにばかばかしいことを言うクリスチャンのリーダーたちより、一見合理的に見える奥様の方が、私にはこわい。

ニューオーリーンズでの状況が刻々と悪化していく様子がテレビに映し出される。スーパードームや国際会議場に避難した人々はみな低所得者で、その多くがアフリカ系だ。人種と所得とが重なり合うアメリカ社会の構造が露呈している。過去4年間、貧困人口の割合が毎年増え続けたという報道が先日あったばかりだ。いわゆる先進国の中で、アメリカは貧富の差が一番大きい。貧困層の過半数が有色人種であり、ニューオーリーンズではアフリカ系なのだ。カトリーナがニューオーリーンズを襲った後、真っ先に救出されたのは高所得者地域に住む白人たちだったそうで、集められたその人たちの姿に、「北欧系団体の集会?」とジャーナリストの間に皮肉が流れたそうな。あの奥様が助けられたのは、クリスチャンだったからではなく、お金持ちの白人だったからだ。

もはや天災ではなく、人災だ。大災害があったときの救済を担当する連邦政府の機関FEMA(Federal Emergency Management Agency)は、大型ハリケーン「アンドリュー」のときの対応が遅くて、非難の集中攻撃を受け(そのときの大統領はパパ・ブッシュだった)、組織改革をして迅速に対応できるようになり、評判を挽回したのだったけれど、9/11以後新設されたDepartment of Homeland Security(「国家安全保障省」とでも訳しましょうか。日本ではどう呼ばれていますか?)の傘下に入れられ、予算も削られ、自由に身動きできなくなってしまった。

ふと、思い出した。ブッシュ大統領が環境保護にも地球温暖化にも無関心な理由を。エネルギー産業(特に石油会社)と利害が一致しているからというだけでなく、キリスト教原理主義派に共鳴しているブッシュは、世界破滅の後にキリストが再来すると信じているからだという。世界破滅が早く来れば、キリストの再来も早くやって来るというものだ。しかもそういう世界破滅には、(原理主義派の)クリスチャンは助けられるのだそうだ。あのお金持ちの奥様が言ったように。

でも、ブッシュは政治家でもあるから、アメリカ市民が彼に怒りを向けたら困る。なんとかなだめなければならない。が、被災者の苦しみなどは感じていないから心のこもったことが言えず、演説をしても、「最悪のスピーチ」とかえって悪評を買い、保守派をもがっかりさせてしまった。いま、ブッシュはどうしたらいいのかと、苦悩していることだろう。

おまけにカトリーナ到来の前から始まっていたガソリン価格の上昇は、ここ数日ピッチを上げた。トーマスの農園のあるラモナは小さい町だけれど、内陸部への通り道に位置しているので、ガソリンスタンドが約10軒もある。その一番安いところで昨日のお昼前に1ガロンにつき2ドル87セントだった所が、午後3時には2ドル93セントに上がっていた。3ドル以上になった所もある。これはアメリカ全国の住民に影響し、ブッシュの人気を左右する。ブッシュもネオコンもパニックに近い状態だろう。

それにしても、いま、数万人の人々が置かれている緊急状態が一刻も早く改善して欲しい。その後に対処しなければならない傷があまりにも大きく、深いから。
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