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ボーダーを越えて
63 甦生の兆し
2005年9月8日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
月曜日(9月5日)の夜、MSNBCチャンネルの「カウントダウン」(Countdown)というニュース番組を見て、びっくりした。近来アメリカのジャーナリズムからすっかり消えていた批判精神が、そこに堂々と展開されたのだ。

9/11以後、私はテレビのニュース番組はほとんど見なくなった。特にイラク侵攻以来、アメリカのジャーナリズムは「大本営発表」をイデオロギー的背景の検証もせず、そのまま無批判にニュースとして扱って、結果的にアメリカ政府の思うまま、民意操作の道具に使われていたのだ。その理由の1つは、イラクでの取材の自由が大幅に制限されて、米軍の行動範囲内、しかも限られた範囲でしか動けず、ジャーナリストがイラクの実情を自分の目で見られないことにある。もう1つは、アメリカのジャーナリスト内部にある他民族への潜在的な偏見と無知のせいだと思うが、これはなにもいま始まったことではない。

イラク侵略正当化の根拠のどれもが嘘に基づいていたことが明らかになってからも、アメリカのジャーナリズムの追求は生ぬるかった。イギリスのニュース番組で政府指導者に向けられる質問は容赦ないのと対照的だ。ブッシュ政権は鋭い質問はさせないのだ。特に大統領記者会見では、前もって質問条項を提出し、批判的な質問は許されないという。その「ルール」を破って大統領の弱いところを突くような質問しようものなら、次に記者会見からは絶対に質問のチャンスを与えられないどころか、所属する組織が記者会見に記者を送ることが危うくなると、そういう目にあったジャーナリスの何人かが述べている。

同時に右翼メディアが激しい攻撃を浴びせかける。新聞やテレビの経営者は政府や右翼からの攻勢にあって、売り上げや視聴率を心配し、編集局に批判的基調を和らげるよう圧力をかける。ということで、アメリカのジャーナリズムはすっかりおとなしく、注意深くなり過ぎた。いや、ニューヨークタイムズ紙のジュディス・ミラー記者のように、積極的に政府のプロパガンタ流布に加担するジャーナリストさえ出現するようになり、編集者もそれを見抜けなくなっていたのだ。

そうでなくても、テレビはセンセーショナルな映像を追いかけがちで、断片的にしか事象を映し出さない。そんなのを見ていると苛々するだけだから、ニュース番組のはしごをする夫を尻目に、私はテレビから遠ざかっていたのだ。

ハリケーン「カトリーナ」の上陸直前直後も、テレビの報道はニュースというよりショーの要素が強かったそうだ。(私はその時点ではテレビを見ていなかったのだが、そういうテレビ評をラジオで聞いた。)ところが、ニューオーリーンズの浸水が刻々と進み、逃げ出すことのできなかった被災者が集まったスーパードームや国際会議場には救済措置が全く施されておらず、連邦政府機関から誰も送られず、被災者は飲料水や食料のないまま放置され、報道陣が被災者を外の世界へと繋ぐ唯一のリンクになったのだ。ジャーナリストもそのことを十分自覚してか、被災者の置かれた状況を報道し、生の声を伝え続けた。私もテレビの画像に毎日吸い付けられるようになったのだが、報道態度が終始冷静だっただけに、テレビに映し出される状況の凄まじさが、ひしひしと感じられた。

その間、ブッシュ大統領は、月曜日にサンディエゴでの対日勝利60周年記念祭典に予定通り出席する途中、ルイジアナを上空から「視察」し、翌火曜日には再びテキサスに戻って5週間の休暇の最後を楽しみ、水曜日にやっとワシントンに戻った。チェニー副大統領もワイオミングでの休暇を最後まで楽しみ、ライス国務長官はニューヨークで靴のショッピング三昧だったという。

大統領以下政府首脳がワシントンに戻ると、さっそく言い訳と責任を州と市になすり付けるキャンペーンが始まった。言い訳のための彼らの嘘は、すぐ現地の事情を自分の目で見たジャーナリストたちに暴かれる。自分の目で自由に見ることが、政府の報道操作に引っかからないための鉄則だ。

そして連邦政府がやっと救済に動き出したとき、「カウントダウン」は、被災者の状況と声を伝える役目を一応果たしたから、それまで控えていた連邦政府への批判は解禁になったとして、救済態勢不足と認識不足を歯に衣着せず指摘したのだ。恐れをなさない強い言葉に、私は息を呑んで耳を傾けた。MSNBCだけではない。どのチャンネルも政府のメディア操作には屈していない。

先週ロサンゼルスタイムズ紙の第1面に載った写真が、アメリカのジャーナリズムはまだ健全なことを示唆している。写真の左半分は黒ずんだ水で、うつ伏せの死体が浮いている。右半分は橋の上の情景だ。そこには飲料水をスタイロフォルムのお皿に入れているアフリカ系の女の人の姿と、飼い主と離ればなれになってしまったらしい中型の雑種犬が頭をうなだれてお皿の脇に坐っている姿が写っている。お皿の半分にはピツァが置いてある。死体が放置されたままという凄まじい状況の中でも、見知らぬ他人の犬に貴重な飲み水と食べ物を分け与える優しさがニューオーリーンズの被災者には生き残っているのである。また、それをキャッチしたフォトグラファーの目も、事象をしっかり捉えながら、ヒューマズムを見失わないことが、この写真に反映されているの。(その写真を皆さんにも見ていただきたくて探したのですが、残念ながらウェブサイトには載っていません。)

カトリーナの襲撃によるニューオーリーンズの姿は、被災者にとっては悲惨以外の何ものでもないけれど、アメリカ社会にもヒューマニズムが再び芽を吹き出しているのが感じられ、胸が暖められる。また、これを機にアメリカのジャーナリズムの良心と使命感がよみがえり、どんどん息づいていくかもしれないという希望も私には生まれてきた。
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