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縁の下のバイオリン弾き
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
2011年1月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ビリー・ザ・キッド
ビリー・ザ・キッドの恩赦


アメリカは不思議な国だ。ほかの国では考えられもしないようなことが時々起る。

去年(2010年)の暮れ、ニューメキシコ州のビル・リチャードソン知事がビリー・ザ・キッドの恩赦申請を却下したというニュースがあった。

ビリー・ザ・キッドを知らない方のためにちょっと説明を加えますが、19世紀の後半にアメリカ西部の州のひとつニューメキシコであばれたアウトロー(無法者)だ。歳が若く、色白で小柄だったのでザ・キッド(小僧)と呼ばれた。伝説では21歳で死ぬまでに21人を殺したことになっている。これはどうもマユツバらしい。また死んだ歳はもっと若かった、という説もある。

残っている写真のネガが左右逆になっていたため、左腰に拳銃をつっているようにみえた。そのため左ききだったと長い間誤解されていた。その名も「左ききの拳銃」というポール・ニューマン主演の映画までできている。ビリーの映画はこれだけではなく、重要なものだけでも十指にあまる。ちょっと古いけど「ヤングガン」(1988年)「ヤングガン2」(1990年)でビリーを知った人も多いのではないだろうか?

アーロン・コープランドは「ビリー・ザ・キッド」(1938年)というバレーを作曲した。ミュージカルにもなった。文学ではアルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスが「悪党列伝」の中に加えている。

ビリーはイギリス人牧場主のもとで働くカウボーイだったが、他の事業主との勢力争いから主人が殺されたのをきっかけに仲間と復讐に走り、相手方を何人も殺した。彼は保安官助手のバッジをもらっていたから正義は自分にあると考えていた。でも敵方の保安官を殺したことからお尋ね者となった。一度つかまって縛り首の判決を受けたけれど、処刑を待っている間に見張りを2人殺して脱獄した。

しかし以前友人だった保安官パット・ギャレットに数ヶ月後に闇討ちされて殺された。

パット・ギャレットとの関係が「男の友情」と「法と秩序」の板ばさみ、ということでロマンをいやが上にもかきたてるので、ビリーを描いた映画はほとんどすべてこれに焦点をあてている。

ビリーは逮捕される前、当時のニューメキシコ・テリトリー(州になる前の領土という意味で准州と訳される)の知事だったルー・ウォレスと取引があって、裁判で証言するなら恩赦を与えられる、つまり無罪にしてもらえる、という約束をとりつけていた。ところがビリーは約束を守って証言したのに、どういうわけかウォレス知事はこの約束を守らなかった。それで130年後の現在、ビリーは恩赦を受ける権利があるとしてその申請がリチャードソン知事に提出された、ということだ。

ちょっと余談になりますが、年配の方なら「ベン・ハー」という映画をおぼえておられよう(ウィリアム・ワイラー監督、1959年)。紀元一世紀、ローマ占領下のユダヤの青年ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)が親友に裏切られて苦難の道をたどったあげく、どん底の奴隷からローマの貴公子になりあがって復讐をとげる、というのが筋だ。CGなんぞを使わない迫力ある戦車競争の場面がよびものだった。それに十字架にかけられるキリストの話がからむ。復讐の鬼と化した主人公がキリストの愛に触れて救われる、という結局はありがたいお話なのだった。

映画「ベン・ハー」の原作小説を書いたのがほかでもないルー・ウォレス知事だ。この人はもともと北軍に属して南北戦争を戦った将軍だった。後に大統領になる北軍の英雄グラント司令官の配下だったのだが、グラント将軍の命令が不明瞭だったために(と彼はいっている)決定的な戦闘でもう少しで南軍に大敗を喫するところだった。グラントは大量に出た死傷の責任をウォレスにかぶせたので彼は名声を失った。その恨みが「ベン・ハー」に反映していると言われている。

この小説は19世紀アメリカ最大のベスト・セラーになった。出版は1880年でその数ヶ月後にビリー・ザ・キッドは殺されている。つまり自分の管轄のニューメキシコで大がかりな出入りが始まっている頃、知事はこの歴史小説をせっせと書いていたのだ。

私がこの知事だったら辛気くさいキリストの御談義よりも絶対ビリー・ザ・キッドの事を書いただろうと思いますね。論より証拠、現在「ベン・ハー」を読む人はあまりいないが、ビリー・ザ・キッドは数えきれないぐらい映画になっている。これからも不死鳥のごとくよみがえるにちがいない。

余談ついでにいうと、130年目の恩赦申請を却下したビル・リチャードソン知事は名前がイギリス系みたいだけど、実はメキシコ系アメリカ人である。ヒスパニックといわれるラテン系アメリカ人の出世頭だ。2008年には大統領選に出馬している。この時の選挙では民主党の大統領候補が黒人のオバマと女性のクリントンにしぼられ、どちらに転んでも歴史的な大転換、といわれたものだが、もしリチャードソンが候補に選ばれていたら、アメリカ初のヒスパニック大統領が生まれた可能性だってあったのだ。ほんとに歴史的な大統領選挙だった。

リチャードソン知事は「個人的にはビリー・ザ・キッドの大ファンなのだが…」と告白している。それだから恩赦を下したいと思って慎重に調査をしたのに「事実関係があいまいでキッドの恩赦を可能にする歴史的証拠がみあたらない」ということでついに申請を却下したのだという。その決断を自分の任期の最後の一日である12月31日に下したのだ。

ではだれが恩赦の申請をしたのだ、ということになるが、これはニューメキシコにすむ一人の民間女性弁護士が上申をしたのだそうだ。

そんなことができるところがアメリカだと思う。これはたとえば国定忠次の関所破りを今になって許す、というような話ではないだろうか。本人が死んでしまってたとえ恩赦が下りても何の利益もない、というだけでなく、日本では歴史が明治維新でいったん断ち切られていて、それ以前と以後では世の中のしくみがまるで変わっている。今の警視総監が昔の御奉行さまのお仕置きに異議を申し立ててもはじまらない。

でもアメリカでは(ヨーロッパもそうかもしれないけれど)日本の明治維新のような近代と現代の連続を断ち切る事件がなかった。その頃も今も同じしくみによって知事が選ばれ仕事をしている。ルー・ウォレスはビル・リチャードソンの何代か前の前任者なのだ。その前任者がミスをした、とみなされることがあれば、後任者がそれを解決する、ということに何のさしつかえもない。ビリーが死んだのは明治14年だが、平成の現在でもアメリカは基本的に変わっていない。

それにしてもなぜこのようなアウトローがヒーローになっているのか、なぜ大統領選に出馬までした政治家が、やっと成人に達したばかりというビリーの「個人的には大ファン」などとてれもせずにいっているのか、ちょっとほかの国の人には理解できないかもしれない。歴史の短いアメリカでは西部開拓の歴史は一種の建国神話にほかならない。神話には英雄が必要だ。だから西部劇の主人公は拳銃の撃ち合いも正々堂々の果たし合いだし、殺した数だって雲の中のようにあいまいだ。すべてはロマンチックなヴェールにつつまれている。

それはちょうど幕末の動乱が明治以後の日本の建国神話になったのと似ている。実際には残忍な斬り合いだったり悲惨きわまる戦争だったりしたものが、あきられることなく繰り返し語られている。

もっともこの恩赦騒動はニューメキシコ州にもっと観光客を呼び寄せるための陰謀だという説もある。なるほど、ニューメキシコは美しい州だけれど、観光のポイントはあまりない。ビリー・ザ・キッドの事蹟をのぞけば、ロズウェルという町のちかくににUFOが墜落したといわれていることと、画家ジョージア・オキーフが州都サンタ・フェの近くに居をかまえてひたすら砂漠を描き続けたことぐらいだろうか。

今ですら人気のあるビリーが恩赦をかちとったら、それこそ正義の味方としてニューメキシコのシンボルになったかもしれない。

取引をほごにしたルー・ウォレス知事の子孫もビリーを射殺したパット・ギャレットの子孫も当然のことながらこの恩赦には反対していた。リチャードソン知事が申請を却下したので先祖の名誉に傷がつかなかった、と喜んでいる。

若くして死んだビリーには子孫はいない。申請をした弁護士は「ウォレスが約束を守らなかった、ということがはっきりしただけでも意味があったわ。それにビリー・ザ・キッドの弁護士をつとめるなんてなかなかできることじゃないし」といっているそうである。


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