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69 思わぬ道草(最終回)原点
2005年11月16日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ セラピーではまず頭の付け根をほぐしてもらう。
▲ 退院後1ヶ月半ごろに初めて農園に行ったトーマスは、一番気になっていたアボカドの実の付き具合を調べた。
▲ ニューヨークの世界貿易センターのお隣にある世界財政センターの中のウィンターガーデンに最初に植えられたパームは、トーマスが育ててカリフォルニアから出荷したもの。この写真は、いわば我が子のようなパームを背景に2000年4月に写したもの。残念ながら彼のパームは、9・11で大打撃を受けて植え替えられてしまった。
トーマスは目下セラピーに通っている。半年以上も首をカラーで固定したままでいたので、首の周りの筋肉がすっかり凍り付いたように固くなって動かなくなり、肩や背中の筋肉も硬直してしまった。それらを少しずつほぐしていくのだ。

「事故の後、人生観は変わった?」と、セラピストに聞かれた。いや、まだ入院中から同じことをよく聞かれたものだ。なにしろ九死に一生を得たような大怪我をしたのだから、そう聞きたいのも自然だと思う。

が、当のトーマスは、入院中はもちろん、退院してからも3ヶ月ほどは自分の身体(特に首)のことと、手の届かない農園のことで頭がいっぱいで、自分の生き方を見直してみる余裕など全然なかった。彼の事故で人生を考え直されたのは、むしろ付添人の私の方だった。

農園経営でそれまで手伝っていたのは帳簿だけだった私は、突然、農園のさまざまなことをさばかなければならなくなり、トーマスがどんなにストレスの溜まる仕事を毎日してきたかを、初めて痛感したのだった。農園経営などというとのんびりした仕事に聞こえるが、ただ植物を育てて売るだけではない。実はいろいろ細かく注意して決断していくことがたくさんあるのだ。特に人事には神経がすりへる。それまでにも労働者のことで何かくすぶった問題があると、トーマスは口数が少なくなったものだ。

事故直後はたまたまアボカド園に薬剤(といっても化学薬剤ではなく、哺乳類には全く無害の有機成分を薄めた薬剤)をヘリコプターで撒く予定が迫っていた。それまでに大きなアボカドは収穫しておくよう、労働者に指示してあったのだが、撒布予定日まであと数日という頃、大きなサイズの実は収穫し尽くしたから小さなサイズのも収穫すべきかどうかと、作業員長が私に聞いた。
「さぁ…」私は返事に詰まった。そんなこと、私に聞かれても困るなぁ…
薬剤散布後2週間は収穫できない。小さい実がその間大きくなるのを待つのはいいのだが、現在の大きいサイズの高価格がそれまで維持されているかどうか。比較的低いいまの価格でも、いま穫っておいた方がいいのか…
「あなたはどう思う?」と、思わず作業員長に聞いてしまった。
彼は黙ったまま肩をすくめた。
そりゃぁそうだ、と私はすぐ後悔した。そういう決定は彼の責任ではない、そんなことを聞く方が悪いのだ。結局パッキングハウスの代表者と相談して、小さい実は収穫しないことにしたのだが(幸いにも、それは正解だった)、万事がこんな感じだった。

トーマスの農園にはアボカドだけでなく、パームもある。大きなパームの出荷は全部断らざるを得なかったが、小さいパームだけならクレーンを使わずに労働者だけでできるので、私が「監督」して出荷した。と言うとかっこいいが、実際はただ出荷数を確認してきちんと代金を受け取るだけだったのだ。こんな簡単そうなことでも、慣れないから大きな間違いをするのではないかと、ひどく緊張した。

トーマスが退院してからは、彼に相談しながらやれたのでホッとしたけれど、労働者の監督には手が回らない。なにしろ農園経営者が現場に現れないと、いろいろな問題が出て来る。労働者の1人の不信行為が作業長から耳に入って来たり、別の労働者がヘルニアになって何度も病院へ連れて行かなければならなくなったり、家族で農園に住み込んでいる労働者の子どもが病気になったり、郡から農園検査があったりと、まぁ、いろいろなことが次から次へと起きた。おまけに、クレーン操縦士を雇って大きなパームの出荷も再開したのだが、トーマスが自分でやったときの4倍も5倍も時間と労力がかかり、それがイライラの連続を引き起こした。

こんなことを続けて、トーマスは楽しいのだろうか? 

農園経営の目的は、結局はお金儲けである。若い頃のトーマスは、お金のことには全く無頓着で好きなことをやっていた。が、父親が急死すると、俄然ブルジョア家系の血が沸いて、お金儲けをして父親に敬意を示そうと考えるようになったという。(そのことは連載エッセイ「アボカド物語(28)三つ子の魂」にちょっと触れました。)そのお金儲け、いや、父親に敬意を表する行為を始めたころに、私は彼と出会ったのだった。

そのとき彼は、特権に恵まれた人生を与えられたことに対して、またいつかはアフリカのような所で技術援助のボランティアをして社会にお返しをしたいとも言ったのだ。そんな彼と一番話が弾んだのは、第三世界に視点を置く世界観だった。私は、というと、十代の頃から第三世界に貢献したいと考えていて、しかも自分の価値観に従って生きていくという考え方を母から植付けられ、そうすることが母に敬意を払うことだとも考えていた。いまもそう思っている。だから、トーマスはいずれ再び第三世界に出かけて行くだろうと考えただけで、私はワクワクしたのだ。

私はお金儲けには関心もなければ才能もない。トーマスが農園経営を軌道に乗せ、拡張を続けている間に、私は最小限の手伝いをしながらも、自分なりの道を歩んだ。まず社会学の方法を身に付け、ボリビアへの沖縄移民の研究という自分のプロジェクトを開拓して、1人で沖縄やボリビアへ足を運んだ。南米事情に詳しいトーマスが同行したこともある。彼と二人三脚の調査は一番楽しかった。その研究は英語圏では未開発だったので貴重がられ、学会や研究プロジェクトに招かれるという得をした。研究成果が学会や論文集に発表されて評判になっても、一定の収入にはならない。それでも充実感はお金には換えられないものだ。と思う一方、トーマスがお金儲けをしてくれるおかげで、私は自由に好きなことをやれるのだということは承知している。

トーマスは農園経営に時間とエネルギーを費やし続けた。そんな彼に私はときどき聞いた。
「ねぇ、社会にお返しをするっていうことはどうしたのよ」
「もちろんやるつもりさ」と、彼の返事はいつも同じだった。「でも、まず自分の経済基盤をきちんとさせてからだ」
「それはそうだけど」と、私の反応も同じだった。「年を取り過ぎたら手遅れよ」
わかっているよ、と言いながら、トーマスは60代半ばの年齢になってしまった。私から見ると、やはりスタミナが減ってきた。それでも相変わらず仕事を続ける彼は、年を取ってきているという自覚が全くなかった。そういう中で、3月に大事故に遭ったのである。

首の手術後3ヶ月目のCTスキャンでは、首の骨の繋がり具合が期待をはるかに下回るもので、早く仕事に戻りたい一心だったトーマスは、かなり落ち込んだ。ところが私はがっかりしなかった。死なずに済んだばかりでなく、神経組織がだめにもならずに手足も使えるという幸運に恵まれたのだから、このまま元の仕事に戻れなくてもいいではないか。また、彼なりに事業を成功させたのだから、すでに父親にも十分に敬意を払ったと思っていいはずだ。事故のために私たちは思わぬ道草を食ってしまったと思っていたが、実はこれまでの二十数年間、長い寄り道をして道草を食っていたのかもしれない。いまは、自分の原点に戻って、寄り道から自分の道に戻り、人生の次の段階に進むことを考える時期なのではないか。

医師に、時間はかかるかもしれないが首の骨は必ず繋がると言われ、トーマスも気を取り直して、気長に構える覚悟ができ、同時に、社会にお返しの仕事がちゃんとできるくらいに回復しようという励みができた。手術後6ヶ月のCTスキャンでは、トーマスの首の骨はどんどん回復していることがわかり、気持ちの上では事故の前と変わらないくらいの自信を彼は取り戻している。これからの課題は、首がもっと動かせるようになることと、スタミナを回復することだ。それでセラピーに通うことも彼は楽しみで、熱心にやっているのだ。第三世界でもう1度働くにも、健康がしっかりしていなくては、と言って。

たまたまビジネスの上でも、潮時になりつつある。アボカド生産はメキシコやチリのアボカドが大量に流入するようになってきたので将来が厳しいし、パームの出荷も競争が激しくなって来て、建築ブームが下火になればパームの売り上げも止まってしまう。だからと言って、いま急に商売を止めることはできない。これまで投資した分は確保し、また労働者が路頭に迷わないようにしなければ。事業をたたむのは徐々にやらなければいけない、とトーマスは言う。それで私も十分満足だ。

トーマスほどの首の怪我で、彼ほどに回復しているのは例外中の例外なのだ。その幸運を大事にして、原点に戻って行こう。


(後記)今回で「思わぬ道草」を終了し、普通の話題に戻ります。長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました。励ましのお言葉もいっぱいいただいて、元気をいっぱい頂戴しました。皆さんには心から感謝しています。
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