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ボーダーを越えて
70 感謝の日
2005年11月28日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ オウムのタトゥも加わった正餐の場。犬たち(ジプシーとマフィー)はテーブルの下。常連の祐子さんとマークさん夫婦は、トーマスの入院直後うちに泊まり込んで、動物たちの世話を引き受けてくれ、私は安心して病院通いができ、特に感謝している。
▲ 今年もケンさんが七面鳥の切り分け係を引き受けてくれた。
感謝祭(Thanksgiving)はピルグリムたちがメイフラワー号でアメリカ東海岸に到着した翌年の1621年に、初めての豊作を先住民といっしょに感謝したことに始まる、ということになっている。(このごろ、そういう言い伝えには懐疑的になっているのだが。)そのときは七面鳥は食卓に上らなかったそうだが、いまは感謝祭は冗談半分に「ターキーデー」(七面鳥の日)などと呼ばれるほど、七面鳥の食事をたっぷり食べる日となってしまった。その一方、この日には家族が一堂に集まって感謝をするという考え方も生きてはいる。毎年、感謝祭前後には何千万という数の人々が、家族の集まる場所へと移動するのはそのためだ。

感謝祭が11月第4木曜日と決められたのは1941年で、比較的最近のことだ。私は25年以上も前に会社勤めをしたことがあるのだが(7ヶ月しか続かなかった)、その会社は感謝祭の翌日の金曜日はお休みになった。以前はそうではなかったのが、社員の半分以上も休暇を取ってしまうので仕事にならないからいっそのこと休日にしてしまおうということになったのだそうだ。いまでは金曜日も休日という会社がほとんである。高校や大学もしかり。小学校や中学校では、1週間の半分がお休みというのは中途半端なので、その週全部をお休みにしまうところが多くなった。通学日数は夏休みに入る時期をずらして調整するのだという。

感謝祭はクリスマスと違ってプレゼント交換もなく、歳末が差し迫ったという緊張感もないので、のんびりできる休日である。が、家族や親戚の家に行くと言っても、とにかく広いアメリカではそこまで出かけるのが大変だ。感謝祭の直前は空港が1年中で一番混む次第である。

9・11事件のあった2001年は、飛行機に乗る人は減るだろうと思われていた。ところがそんな予測とは逆に、感謝祭を家族と過ごすために移動する人の数はかえって増えたという。それはハリケーン「カトリーナ」による災害(それは天災だけでなく人災でもあった)がアメリカの自信を揺さぶった今年も同様だった。同胞が悲劇的な災害に遭ったのを見ると、家族と一緒に過ごす時間を大事にしたいという思いがつのるらしい。

感謝祭は家族と一緒に過ごすものといっても、家族がアメリカにいない人たちが私の周囲には大勢いる。そういう人たちを呼んでいっしょに感謝祭の正餐をするために七面鳥を焼き始めたのは、大学院生になってからだ。大学院を卒業してからもそれは続いている。(それについては、2004年11月27日掲載のトップページにも報告しました。)今年の感謝祭は、私には格別の想いがあった。なんと言っても、トーマスが大事故から命を取り留めただけでなく、大きな障害が全く残らずに済んだことは感謝してもしきれない。このことを宣言しなくても、友人たちとお祝いしたい。そんな気持ちでいっぱいだったのだ。

料理の準備は3日前の月曜日から少しずつ始めた。デザートのパンプキンパイ(パイといっても、皮がどうしてもおいしいと思えないので、皮なしにすることにした)と酸っぱい青リンゴを3ポンド(1.5キロ)も薄切りにしたアップルクリスプは、前日に焼く寸前までにしておき、七面鳥の詰め物も前日に準備し、テーブルも前日にセットしておいて、当日に慌てなくてもいいようにしておいた。そして、当日はゆっくり起きてお昼から七面鳥を焼き始めた。

こうして数日間は料理に明け暮れたのだが、苦になるどころか、とても楽しかった。いや、うれしかった、と言った方が正確かもしれない。この春には、感謝祭までにこんな平穏が戻って来るなんて、とても想像できなかったのだから。しかも、いつものように親しい友人たちが今年も喜んで来てくれるのだから。

今年は常連の他に、日本や香港からのお客様も加わって、合計14人の賑やかな正餐となり、友人たちが持って来てくれた副食も並んでますます華やかになった。楽しい食事は人の心を繋いでくれるものだ。そのことをデンマーク映画「バベットの晩餐会」がすばらしく描いている。

食事が始まったとき、私は1食分のお皿を持ってちょっと抜け出し、ホームレスのニックさんに持っていった。(ニックさんのことは2004年12月27日掲載の「34:(番外編)クリスマス・ディナー」で紹介しました。)

トーマスの事故以来、ニックさんには1度しか会っていなかった。彼の「家」の方までゆっくり犬の散歩に行く余裕がなくなってしまったのだ。たまたまトーマスを農園に連れて行った帰りに、高速道路の下を歩いているニックさんを見かけて車を止め、彼の方へ走って行って声をかけたことがある。彼は私の名前をちゃんと覚えていて、「この頃見かけないけど、いったいどうしたの?」と聞いた。 そのときはまだ首のカラーを付けていて車の中に坐ったままでいたトーマスをニックさんに紹介し、事故のことを話した。
「でも、ここまで良くなってよかったねぇ」と言いながらも、ニックさんは淋しそうで、「みんな自分のことに夢中で、ひとのことなんか考えてくれないからね」と付け加えた。彼自身の状況のことを言ったのだ。

感謝祭が近づいてから、私はわざわざニックさんの「家」まで犬たちを連れて3回行ってみたのだが、いつも彼は留守だった。そこで「午後6時頃感謝祭のディナーを持って来ます」と書き置きを残しておいた。

当日、ニックさんの「家」に行くのが約束の時刻より20分以上も遅れてしまった。暗闇の中でも、ニックさんが「家」の外で待っているのが見えた。犬たちがそっちに向かって走って行くと、拍手して迎えてくれた。彼もうれしかったのだ。去年は恥ずかしげで遠慮がちにディナーを受け取ったけれど、今年は率直に喜んでくれた。私もうれしかった。ニックさんとも心が繋がって、彼の淋しさをちょっとの間だけでも忘れさせることができただから。

私には本当に意義深い「感謝の日」だった。
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