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僕の偏見紀行
218 バンコクの12日間(5)「戦場にかける橋」
2017年4月21日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 静かに流れるクウェー川。かつて映画が造られた頃、日本では「クワイ川」と呼ばれていたと思う。英語表記は「RIVER KWAI」だが、タイでは「クワイ」は品のない言葉となるらしく、使わない方がいいという。(ガイドブックより) 
▲ 鉄橋の上、建設当時は木造だったが、その後架け替え・改修を経て現在の姿になった。
▲ クウェー川にかかる橋。博物館裏からの眺め。
「戦場にかける橋」に出かける朝、早めに朝食を済ませ6時半前にロビーへ降りた。ところが約束の6時半になってもツアーの迎えが来ない。他のツアーの迎えは次々に現れ、いつの間にかロビーで待つのは僕らだけになった。

本来ツアーの迎えは客より早く来るのが常識、ところが僕らの迎えは30分過ぎてもやってこない。やきもきしているところにホテルのツアーデスクの担当者が現れた。

彼女は僕らが未だロビーにいるのを見て驚き、すぐに携帯でどこかへ連絡をとった。その結果分かったのは、迎えのドライバーが腹痛を起こし、途中でトイレに寄ったらしい。なんともいい加減な人をくった言い訳だ。

この野郎ふざけたことを言うな、と僕はケツをまくりかけたが、ぐっとこらえた。数日前から「戦場にかける橋」に行くため、何度も列車の時刻表にあたり、バスセンターにも行って調べた結果、ようやくこのツアーが便利との結論に達したのだ。

「戦場にかける橋」とは、映画にもなったが、太平洋戦争末期インド侵攻のために、日本軍が兵站路としてタイからビルマへ抜ける鉄道を建設した。その際にビルマ国境に近いクウェー川に架けられた橋である。当時は木造だったが、架け替えや補修を経て現在は鉄橋となっている。建設は大変な難工事で動員された英軍捕虜に多数の犠牲者が出た。

クウェー川があるのはカンチャナブリという田舎町だが、そこへは鉄道とバスのルートがあった。列車はバンコクから日に3本、所要約2時間、バスは3時間かかるが頻発しているらしい。ただ、橋の見物だけなら簡単だが、その先に今も残るという難工事の跡を見に行く手段が分からない。

カンチャナブリで橋を見物した後列車を乗り継ぐか、それともタクシーをチャーターするか、いろいろ考えたが結論が出ない。列車は終点まで行って折り返すので、それを利用すれば橋と難工事跡を見ることができるだろう。

しかし終点までいくと片道5時間、往復10時間の長旅となる。ローカル列車で10時間はちょっと辛い。カンチャナブリからタクシーを利用した場合、岩山をぶち抜いたという難工事の跡まで行けるだろうか。

いくら考えていい知恵が浮かばないので、情報を集めるためバスセンターに行ってみることにした。カンチャブリ行きのバスは、バンコク郊外の南バスセンターからでていた。そこはホテルからかなり遠く、タクシーで30分以上かかった。

タクシーのドライバーは、僕らがカンチャナブリ行きを計画していると知って、タクシーをチャーターしないかと誘った。彼はバスセンターに着くまでしつこかったが、胡散臭いヤツだったので無視することにした。

センターに着くとバス会社のチケットブースがずらりと並んでいた。たくさんあるのでどれがカンチャナブリ行きか分からない。尋ねまわってようやくたどり着いたブースには不愛想な女がいた。

バスの時刻やカンチャブリの様子などを尋ねると、傍らの時刻表を示し何時の便か、という。チケットを買う前にカンチャナブリ周辺の観光情報がほしいといっても通じない。

女は次第にイライラし始め、チケットを買わないなら帰ってくれ、と取り付く島もない。言葉がうまく通じないので押し問答を繰り返すばかりだった。そこでセンターの案内所へ行き同じ質問をした。係の若い女も言葉通じず情報は得られなかった。

するとその様子を見ていた警備のオジサンがそばに来て、何か言いだしたがやはり言葉が通じ無い。僕は思いついてタブレットを取り出してその翻訳機能を開いてオジサンとの会話を試みた。しかし結果は思わしくなかった。翻訳機能は暇な時におもちゃにするのはいいが、まだ現場では実用的ではない。

諦めて帰りかけるとオジサンは物珍しさからか、タブレットについて質問を始めた。なかなか勉強熱心なオジサンだったが、言葉が通じず彼の質問に答えることは出来なかった。

翻訳機能に関する会話が、言葉の壁のため越えられないとは皮肉な話だ。かくしてバスセンターでの情報収集は、タクシー代と時間をロスしただけで終わってしまった。

最後に駆け込んだのがホテルのツアーデスクだった。ここにはツアー会社のスタッフが毎日詰めていた。時間と行動に制約のあるツアーは避けたかったが、そうも言っておれなかった。

スタッフに相談すると、さすがその道のプロ、「戦場にかける橋」の観光ポイントを手軽に巡るツアーが用意されていた。それは車と列車をうまく乗り継ぐ、いいとこどりのツアーだった。細かいところは分からなかったが、迷っても仕方ないのでこれに決めた。

僕らを乗せた車は渋滞の始まったバンコク市内のホテルをを回り、さらに2組の白人カップルをピックアップした。これでメンバーがそろい、僕らと白人の中年夫婦と若者カップルの6名のツアーが始まった。

ドライバーはやたらに愛想がよく、なまりの強い英語でしゃべった。日本で働いたこともあるらしく、僕らには日本語でおべんちゃらを言う。遅刻した負い目を感じているのだろう。

ようやく市内を出た車は遅れを取り戻そうと猛スピードで突っ走っる。シートベルトは無いし、これは事故ったら死ぬな。チラリとそんな思いが頭をよぎる。

心配したが、車は予定通り2時間ちょっとでカンチャナブリに到着した。30分以上遅れて出発したのに、こんなことならあんなに朝早く出発する必要はないはずだ。まあ無事着いたからいいか。

車を降りるとガイドの若者が待っていた。彼もなまりの強い英語を早口でしゃべる。僕が質問すると、当惑顔で首をかしげる。なにしろ僕の英語は60年くらい昔の中学生イングリッシュだからなあ。

まず彼が案内したのは戦争博物館の前だった。博物館に入ると、眼前に橋の建設現場の再現模型があった。そこには等身大の英軍捕虜や監視の日本兵の人形が生々しい姿で立っていた。

痩せこけた捕虜の顔色は青ざめ、彼らが身にまとうのは僅かにフンドシのみ。人形は古びてかなり傷んでいる。雑な造りの色あせた人形は不気味な存在感で僕に迫った。

こんな地の果てまで駆り出され戦った日本兵、捕虜となり強制労働を強いられた英国兵、彼らの心情を思うと言葉が出ない。僕は黙ってその場を去るしかなかった。

博物館の裏手をきれいな川が流れ、遠くにクラシックな造りの鉄橋がかかっている。よく見るとその上を大勢の人が行き交っている。もしかしたらあれが「戦場にかける橋」なのか。

ガイドに尋ねると、そうだという。なんで最初からそう案内しないのか、腹が立った。博物館の後で行くものと思っていた。集合時間までもうすぐだ。僕らは鉄橋へ急いだ。この腹の立つガイドはろくに案内もせず、暇さえあればスマホで遊んでいた。

鉄橋の上は世界中からやって来た観光客で一杯だ。太い鉄骨で組まれた鉄橋はどっしりとして美しい。中央の枕木の上を線路が延びている。単線なので観光客は互いに譲り合って歩いている。

鉄橋の上でオーストラリアから来た老夫婦と出会い、互いに記念写真を撮りあった。日本から来たというと、娘さんが滋賀県に嫁いでいる、と嬉しそうに教えてくれた。にこやかな感じのいいご夫婦だ。

クウェー川は青い空と白い雲を川面に映しながら、ゆったりと流れている。橋脚の上から川の流れを眺める。心地よい風が静かに吹き抜けていく。こんなところまで連れてこられ、美しい自然の中で、血を流して戦った兵士たちの無念さを思った。(続く)
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24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
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1 東北紅葉雪見風呂
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