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縁の下のバイオリン弾き
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2016年9月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
アメリカに来たばかりのころは俗語に悩まされた。普通の会話にはこまらなかったけれど、そこにでてくる日常表現によくわからないものがあった。

そのひとつに “No way, José ”というのがあった。Joséというのはスペイン語の名前で、「ホセ」と読む。No wayというのは「だめだといったらだめだよ」「できるはずがないじゃないか」「そんなことありっこない」という感じの強い否定の言葉だ。それはわかるのだが、なぜそこに外国人の名前である「ホセ」が入るのかがわからない。

文字面どおりにとれば、相手方を「ホセ」と呼んでいるように見える。「だめですよ、ホセさん」というわけだ。

これがふざけた表現なのだということはその場の雰囲気でわかる。しかしその本当の意味はながらくなぞだった。

それがわかったのはスペイン語を勉強した時だ。でもスペイン語がわかるようになったから意味がわかったんじゃなく、クラスのアメリカ人がスペイン語をどう発音するかということを理解してなぞがとけた。

私は日本人だから「カルメン」のドン・ホセを思い出すまでもなく、Joséは「ホセ」と読む。でもアメリカ人は母音を短く発音することが概して苦手だ。そこで彼らはこれを「ホウゼイ」となまってしまう。その結果、“No way, José”は「ノウウェイ」「ホウゼイ」で韻を踏んでいる、ということになるのだ。

ただそれだけである。しゃれではあるけれど、じつにつまらないしゃれだ。しかし韻を踏むということはそういうことなのだ。それでなにか気のきいたことをいったつもりになれるらしい。


これによく似たいいかたに “My way or the highway”というのがある。意味は「おれのいう通りにしろ、でなきゃとっととでていけ!」ということだ。

この「ハイウェイ」というのは「街道を行け」という意味だけど、ロードともストリートとも言わず、ハイウェイというのはただただ「マイ・ウェイ」と韻を合わせるためだ。 

もう四半世紀の昔になるが、トム・セラックが主演した「ミスター・ベースボール」というハリウッド映画があった。私は野球に興味がないが、日本を舞台にして高倉健がでてくるので見に行った。中日ドラゴンズにトレードされたトム・セラックが監督の高倉健とことごとに対立する。監督は「根性」第一の日本野球を押し付ける。初めのうち通訳を介して反発しているのだが、監督のうちに招かれたセラックはかれが英語ペラペラなのを発見する。しかし口論になり、高倉健が“My way or the highway!”と言いはなつので、セラックは「言葉は変わっても言ってることは同じだ」とぼやく。

私はびっくりした。いくら高倉健が英語がじょうずでも、“My way or the highway”なんて言い方を学ぶ機会も、実際に使う状況もあり得ないだろう。台本にそう書いてあるからしかたなしにしゃべったものの、健さんはブゼンたるおももちだった。脚本家は自分の頭の中にあることばをそのまま書いたのだろうが、アメリカに住んでいるわけでもない日本人がそんな俗語を使うはずがない。だいいち韻を踏むということの効果にまったく理解がとどかない日本人にアメリカのしゃれを言わせるなんてナンセンスだ。


「マイ・ウェイ」は「我が道」であるが、要するに「自分のやり方」ということだ。そしてその意味での「マイ・ウェイ」といったらなんといってもフランク・シナトラの歌にとどめをさす。

私はシナトラやかれが代表する「都会的な」音楽が好きではない。わたしにとっては「マイ・ウェイ」はエレベーター・ミュージック(エレベーターの中に流れるバックグラウンド・ミュージック)にすぎない。歌詞をきいても「なにをおおげさな」というぐらいの感想しかない。

ごぞんじのようにこれはかれの代表作で、そしてフランク・シナトラはたしかに波乱万丈の人生を送ったから、ある種の自負をこめて「アイ・ディッド・イット・マイ・ウェイ」と歌い上げる資格はあると思う。

それにしても、いかに名曲でも、いかに感動的な歌唱でも、いかに圧倒的な人生でも、200回ぐらい歌えば、あるいは聴けば、もうそろそろあきてしまうのではないだろうか。シナトラはコンサートのたびに歌わないわけにはいかなかっただろうから、何千回と歌ったはずで、この歌のとおりに人生を思い返したならば、かれはじつにこの歌の奴隷といってよく、なにがマイ・ウェイだ、ということもできると思う。歌が「おれは自分のやりたいようにやったんだ、文句あるか」と居丈高(いたけだか)なだけに、なんだかかわいそうになる。

でもインターネットによるとこの歌の人気は格別で、他の歌手によってカバーされた数が史上第2位だそうだ(1位はビートルズの「イェスタデイ」)。つまりシナトラなんかよりずっと小物の歌手たちにもぜひ歌いたいと思わせるあらがい難い魅力があるのだろう。そしてやはり小物の我々がそれを聴いて「そうだ!おれもやりたいようにやったのだ」という感慨を持つ、というところに永続的な人気の秘密がある。

それはつまり我々が「やりたいようにやる」ことができなかったからなのだ。


ユーチューブにつぎのようなコメントがあった。

「(サイモンとガーファンクルの『ボクサー』の)『男は自分の聞きたいこと以外には耳を傾けない』って歌詞を聴いたあと、母はいつもこういったもんだ。『本当にこれ以上真実味のある言葉ってないわ』と」

その通りですなあ。男は現実を見ないのだ。自分の聞きたいことしか聞かず、自分の考えたいようにしか考えない。でなくてどうして自分は「やりたいようにやってきた」と胸を張って言えるのか。

女性は「マイ・ウェイ」に共感するのだろうか。私にはわからないけれど、どうもそのようには思われない。


「道」という言葉は我々日本人には特別の意味がある。私はそのことに香港に行って気がついた。街角に個人教授のポスターがはってあるのを見ると「書法」というのがある。つまり書道だ。でも中国語では書道とはいわない。書法である。

それでかんがえてみると日本ではなんでも「道」にしてしまう。茶道、華道のようなものから、柔道、剣道、空手道、合気道にいたるまですべて「道」だ。

それは道をきわめることによって自分を高める、という考えがあるからだろう。「道」の思想自体は中国から来たものだと思うが、中国では芸術や武術を道と呼ぶことはない。それで、なんでも道にしてしまうのは日本独特の考え方なんだと思うようになった。

嘉納治五郎が明治時代に「柔道」をはじめる前には「柔術」があった。「やわらの術」ということで中国で書道を書法と呼ぶのに似た感覚だ。考えてみれば江戸時代には何々道と呼ぶようなものはなかったのではないだろうか。華道はいけばなと、茶道は茶の湯と、書道は手習いといったのではないか。剣道は剣術あるいは剣法だったし、空手は空手で道ではなかった。なんでもかんでも道にしたてあげてしまう風潮は江戸時代にはなかったのだろう。

合気道は初めから合気道だったが、あれは昭和になってからできた武道だ。

中国の拳法は道とはいわない。少林拳、詠春拳(えいしゅんけん)などという呼び方をする。しかし、映画スター、ブルース・リーが創始した武術は截拳道(ジークンドー)という。これはあきらかに日本の柔道、空手道という呼び方をまねたものだ。

また韓国の国技テコンドーは1950年代にできたとされる。道ということばを使っているから、その命名はやはり日本の武道に影響をうけたのだろう(もしそうでないのならば教えて下さい)。

何々道であふれている現代の我々はずいぶんきゅうくつな社会に生きているような気がする。なにかやたらに自分を高めないではおかないもろもろの技術にとりかこまれているわけだ。


「道」というからにはわき目もふらず、その指し示す方向に一直線に向かっていく、という姿勢が前提とされているように思う。

そしてその問答無用という側面がアメリカ人の日本人を見る目なのではないか、と思う時がある。なにかわけのわからないことを論理を無視して強要し、それにたいする反論をいっさい許さない、というのがアメリカ人がイメージする「日本の先生」なのではないか。

前述の「ミスター・ベースボール」の高倉健がそうだったし、「カラテ・キッド」(日本では「ベスト・キッド」という題だった)でアメリカ人の少年に空手を教える日本人のミスター・ミヤギがそうだ。

その極端な例として2008年の「ラーメン・ガール」という映画をあげることができる。これはアメリカ人女性が恋人を追って日本に移住し、ラーメン屋の住み込み店員となって自己実現をとげる、というありそうもない話だ。そのラーメン屋の店主を演じる西田敏行が思い切りへんくつな、神がかり的な変人で、ことばも通じないアメリカの女にラーメンの奥義をおしえるべく無理難題をふっかける。ラーメン道なのだ。

もともと日本の食べ物でもないラーメンを日本精神の真髄(しんずい)のようにあつかうことからしておかしいが、これはアメリカでラーメンが大流行していることが背景にある。讃岐うどんや藪(やぶ)そばでは話にならない、というアメリカ側の事情がこんな見当違いの映画をつくらせたのだけれど、その根底にあるのは、あいもかわらず日本は神秘的な国だ、という考えだ。

たとえば西田はアメリカ女が日常使っているスマホをふみにじって壊してしまう。スマホとラーメンとなんの関係があるか、と思うのだが、そういうものに気を取られて修行にさしつかえが起きるのが許せない、ということらしい。しかしそんな筋書きを考え出したのはアメリカの脚本家で、日本人ではない。それはかれが「日本は理解できない」と思っていることの反映なのだ。

自分たちに理解できない国のことを「神秘的だ」といってすましてしまえるなら世話はない。そんなふうだからハリウッド製の日本を舞台にした映画にろくなものがないのも道理なのだ。

シナトラ流の「マイ・ウェイ」は人とはちがったやり方で自分をつらぬく、ということだ。それに反して日本の「道」は自我を殺し、先生のいうことをひたすら信じて精進する。異を立てない。その努力が将来花開くと思うからこそすすんでその道に足を踏み入れる。それは先生に強要されるものではなく、自分の求めるものをはっきり見定めるために必要なステップだ。

そんなことは何も日本人に限ったことではない。すこしも神秘的なことでも、非論理的なことでもない。どこの国の人でもいい、クラシックの音楽家やオリンピックの選手に聞いてみれば「そんなのはあたりまえだ」という顔をされるだろう。ただ日本人はそれを「道」と呼んでとうとぶ、というところがちがっているだけだ。


アメリカでも人に優れた技術、輝く達成はもちろん尊敬されるけれど、それはすでにそこにある道を極めたからではない。たとえ実際はそういう道を歩んでいても、「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」( 高村光太郎「道程」)と信じ込みたいのだ。

そういう自己主張が強い国だから,“No way, José!”と一刀両断に人を否定して平気なのだと思う。




「マイ・ウェイ」をお聴きになりたい方はこちらへ。エルビス・プレスリーのバージョンです。

https://youtu.be/PP8HO9TGkbw
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