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ボーダーを越えて
186 花嫁の父
2015年5月16日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ クリストファと生前の娘エマ。
▲ エマのお墓。
今年のイースター休暇中に、昨年結婚した甥のリチャードとアリスがイギリスから遊びに来ました。(彼らの結婚式については、前回のエッセイに書きました。)今月で結婚満1年になったふたりですが、新婚ホヤホヤのように仲が良くて、とってもしあわせそう。そんなふたりを見ているだけでも、私たちもしあわせ気分に染まりました。

でも、イースターは、リチャードの両親にとっては悲しい時期でもあります。12年前に一人娘(リチャードの妹)のエマがこの世を去ったのが、イースターの朝だったからです。これから女盛りになろうという32歳でした。「イースターの日は一番つらい」と母親のダイド(ダイアナの愛称)は今年のメールに書いてきましたが、歳月が流れても、哀しみはちっとも薄れないのでしょう。父親のプッド(クリストファの愛称)はエマのことは何も言わず、淡々としています。でも、なんだか意気を失ってしまったような彼の姿からは、哀しみに満ちている彼の心の中が察しられるのです。

イギリスの結婚式の披露宴では、3人の男性がスピーチをするのがしきたりです。まず、花嫁の父親、次がベストマン(花婿付き添いの男性)、そして最後が花婿自身、という順序で。アメリカではアングロサクソンの結婚式でも、そういうしきたりは薄れてきました。移民が集まって成立している国ですから、もともと民族や宗教によっても違っているのは当然ですが、アメリカではそもそもしきたりということ自体が変化してきているようなのです。だれがスピーチをするかはカップル次第。最近では花嫁もスピーチをすることが珍しくなくなりました。それに比べると、イギリスはまだまだ一定のしきたりが強く残っています。リチャードとアリスの結婚式は、式そのものは古い教会で行われたものの、愛犬たちが参列したり、私が万葉集の中の長歌を古代日本語のまま朗読したりして、かなり型破りでしたが、披露宴でのスピーチに関してはしきたりに沿っていて、女性は1人もスピーチをしませんでした。

イギリス有産階級は庭園に巨大なテント(マーキー [marquee]といいます)を張って、その中で披露宴を繰り広げるということが多いのですが、リチャードたちの披露宴も300人以上の招待客が入ってもまだまだ余裕がありそうな大きなテントの中で行われました。私と連れ合いは花婿の叔父夫婦ということになりますが、花婿の両親、花婿の叔母(連れ合いの妹)夫婦、結婚式を司った牧師さん夫婦、花婿の伯父(ダイドの兄)夫婦、それともう一組の老夫婦という高齢者のテーブルで、私はプッドと牧師さんの間の席を割り当てられ、プッドの左隣は牧師さんのお連れ合いでした。(披露宴に限らず、正餐では男女交互に席に着き、夫婦は隣同士に座わらないというのが原則です。)私は初対面の牧師さんと、プッドは牧師さんのお連れ合いと会話をしながら、食事が進みました。

第1コースが済んだところで、花嫁の父親がスピーチをしました。短くて、なんとも無難な内容でしたが、そのとき私は、左隣のプッドが石のように固くなっているのを感じていました。まだエマが元気でいた頃、彼女の結婚資金をちゃんと別にとってあるとプッドが言ったことがあるのを思い出しました。その彼は花嫁の父としてスピーチをする機会を永遠に奪われてしまった。そのつらさや哀しみを一生懸命にこらえている。そんなプッドの大きな背中をさすってあげたい衝動に私は駆られてしまいました。が、もちろん、そんなことはしません。気づかない振りをしていてあげるのが親切というものだろうと思って。

食事は第2コースへと進みました。それが済むと、今度はベストマンのスピーチです。花婿の親友ですから、ジョークたっぷりで会場は何度も爆笑に包まれました。そうして第3コース。コースごとに料理との組合わせで違ったワインがたっぷり出て来ることも手伝ってか、花婿がスピーチをするころには会場は遠慮なく大きな声で歓談する人々の笑い声にあふれ、だれもがいい気分になっていました。左隣のプッドもリラックスしている様子で、牧師さんのお連れ合いと歓談しています。私も右隣の牧師さんの経験話を楽しく聞いていました。最後に果物とチーズがポートワインと一緒に供され、コーヒーが出て来て、残すところウェディングケーキだけとなったころには、もうじっとしていられなくなったのか、席を立って別のテーブルに話しかけに行く人も大勢いて、その場は賑やかどころではありません。

そんなとき、中年女性がこちらに飛んで来て、「すばらしい結婚式ね」と言いながら、プッドの肩に両手を置きました。「エマがいたらきっとものすごく喜んだわ。リチャードもエマにこの場にいてほしかったと思っているに違いないわ」と、弾み切った声で言いました。

そのとき、プッドが思わずむせ返ったことに、この人は気が付かなかったかしら… 

この人はオーストラリア人で、エマのナニー(子守役)でした。エマはプッドがオーストラリアで仕事をしていたときに生まれ、幼年時代をシドニーで過ごし、この人に世話をしてもらっていたのです。プッド一家がイギリスに帰国してからもずっと付き合っていて、エマが亡くなってからもプッドやダイドにときどき会いに来ていました。ですから、プッドの気持もよくわかっているはずです。

それにしても、と私は思いました。ここでエマのことを持ち出したら、ただただプッドを悲しませるだけでしょうに。なぜ、黙ったまま彼をそっとしておいてあげないのか…

アメリカ(といっても地域によって違いますから、カリフォルニアと限っておきましょう)にも、このオーストラリア人のような人が多いです。思ったことや感じたことは全部口に出してしまう。悪気などはまったくなくて善意のかたまりみたいな人たちなのですが、黙っていることも思い遣りということが理解できないみたいです。(大学時代の友人で銀行に勤め、ニューヨークにもロンドンにも香港にも駐在したことのある人が、イギリス人との取引が一番やりやすいと言っていましたが、日本人とイギリス人には似ているところがあるのかもしれません。)


結婚式の翌日、新夫婦の両家族がエマのお墓に集まって、リチャードが計画した通りにごく内輪にエマを偲びました。エマのお墓にはいつも花が絶えないようにダイドがしていますが、その日は格別に愛らしい花がいっぱい咲いていました。プッドもダイドも何も言いませんでした。でも、心の中は哀しみで引き裂かれそうになっていたのかもしれません。ほんとうは、プッドは、花を抱えたエマの手をとって教会の祭壇まで歩いて行きたかったでしょうに。

それから3ヵ月近く経ったころ、ダイドが、エマの写真を整理していたらこんな写真が出て来たと言って、エマが18歳のときに1人で初めてカリフォルニアの私たちのところに遊びに来たときの写真を送って来ました。エマの写真を取り出す気になるまで11年以上もかかったダイドの姿と、リチャードの結婚式のときに思わずこみ上げた涙にむせたプッドの姿とが、私の胸の中で重なります。こういう悲しいことも、そのまま受け入れるしかないのですね。
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