1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
僕の偏見紀行
103 アイルランド紀行(5)ホテルをめぐる女たちよ
2010年8月17日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ キラニーのホテルモルトン。ツタのからまる老舗ホテル。いろいろあってたどり着いた忘れられないホテル。
▲ キラニーの街角にて。笛でアメイジング・グレイスを演奏する中年ヒッピー。いかにもの格好がなんとなく似合わない。哀愁に満ちたメロディに中年男の悲哀が重なる。
▲ キラニー郊外、湖のほとりの古城。夏なのに少し寒かった。
キラニーへの移動日、早朝目覚めると久しぶりに上天気である。アイルランドへ来て4日目にしてようやく出会った晴れ渡る青空。

ホテル前のリフィ川の橋から町を眺める。両岸の古い建物の上空に白い雲がいくつか浮かんでいる。空の青と雲の白、そしてくすんだ灰色の建物とのコントラストが美しい。

昨日まで毎日雨が降った。曇り空から突然小雨がぱらついたと思うと、そのうちに薄日がさしてくる、一日のあいだにめまぐるしく空模様が変わる日が続いた。

外出にはカサが欠かせず、朝晩は肌寒く上着が必要だった。雨降る夜はまるで冬のような寒さで、ダウンのジャケットに雨具を着込んだ。外出する時は、必ず初夏から冬までの衣服をリュックに詰め込んだ。

ルアスに乗ってヒューストン駅へ向かう。小型のスーツケースを引きずり、背にはリュック、肩から小さなショルダーバッグ。

一人旅にあたり、持っていく荷物にずい分悩んだ。当然のことながら、移動する際に誰も手助けはしてくれない。そのため荷物は、自由に歩き回り、バスや電車に一人で乗り降り出来る範囲に限定される。

そこで絞り込んだ結果この3つにまとめた。スーツケースは電車やバスの荷物棚に収まる小型サイズにし、リュックとショルダーは機内持ち込みにして、身の回り品や貴重品入れとした。

ヒューストン駅に着いて自販機でキラニー行きのキップを購入する。ところがそのキップをよく見ると、戻りは5日間有効との表示がある、これは往復キップだ。

キラニーからはバスでゴルウエーへ移動する予定なので、窓口で片道に変更してもらった。ところが、往復72ユーロなのに片道は68.5ユーロ、戻ってきたのはわずかだった。アイルランド鉄道は往復がずい分優遇されている。

くすんだグリーンの電車はやや古びていたが、車内は明るくて快適だった。4人掛けシートには中央にテーブルが付いている。相席はアイルランド人らしい中年のご夫婦と一人の中年男。

みんな物静かで礼儀正しく、東洋人の一人旅へも無関心のようだ。こんなところがアジアと違っていて面白い。他人の干渉を嫌う文化だろう。

電車が駅を出ると窓には田園風景が広がった。緑の広大な牧草地がどこまでも続き、牛や羊がのんびりと草を食んでいる。この国はいたるところ緑が溢れ、まるで大きな牧場の中に町や村が点在するかのようだ。

一人旅の男性が新聞をテーブルに広げ、パンと瓶詰めのペーストを取り出した。パンに切れ目を入れペーストを塗ってムシャムシャやりだした。朝ごはんだろうか、実に旨そうで羨ましい。少し分けてもらえないか、などといったら驚くだろうな、とバカなことをつい考えてしまった。

途中のマローでキラニー方面行きに乗り換え、今度は中高年オバサングループと相席になる。先にふれたケルト語の発音について尋ねた人たちだ。女ばかり20名くらいでダブリンからキラニーへ避暑旅行らしい。

数日間の滞在中どこへも行かずホテルで仲間とのんびり過ごすという。未だ現役で働いている人もいれば、とっくに引退した年金老人もいるそうだ。気の置けない友達グループとかで子供みたいにはしゃいでいた。

何しに来た、と聞かれたので、アイルランドの風土と人間を観に来たと答える。言葉がうまく通じないせいか、ピンと来ないようだ。そこであらためて、僕もすでにリタイア年金老人、山ほどの時間と自由があったので人間を見る旅に出た、とキザなことをほざいてしまった。どこまで理解してもらえたか心もとない。

ダブリンを10時にでた電車は午後1時半過ぎにキラニーに到着した。キラニーはケリー山地の連なりを望む、美しい湖のほとりの町だった。駅前には駐車場と豊かな緑に囲まれたホテルが一軒あるのみ、静かな町だ。大通りを観光客を乗せた馬車が軽やかに行き交い、避暑地らしい旅情がつのる。

早めにチェックインして少しゆっくりしようと予約したホテルへ急いだ。歩いて10分くらいで到着、やれやれこれで一安心のはずが、そこにはとんでもないことが待っていた。

チェックインのためバウチャーをフロントに提示したところ、係りの様子がおかしい。何度もパソコンを叩いた結果、あなたの予約について若干問題があります、英語は話せるか、と妙に改まって尋ねる。

少しならと答えるとなにやら説明を始めた。要するに何かの手違いで予約が入っていないらしい。係りの、いかにもキャリアウーマン風の若い女は、これは些細な問題でたいしたことではない、と悪びれたところもない。

頭にきた僕は日本から予約して代金も払い込んでいるはず、これがそのバウチャーだと再度いってやった。それでもグダグダ言い訳を並べ埒が明かない。

このヤロー、言葉も危うい東洋人となめやがって、カッとなった僕は、いったい誰の手落ちでこうなったのか問い詰めた。すると返答に困った女は再度パソコンを叩き、しぶし自分のミスを認めた。

すぐ代わりのホテルを探し案内するということになったが、どうにも信用できない。どんなホテルへ連れて行かれるか、この女、ダイアンといったが、あまりミスを反省している風もない。

そこで僕は駅前で見た、緑に囲まれた静かなホテル、モルトンというツタのからまる老舗ホテルだったが、がいいとダイアンに要望した。彼女はすぐに電話で確認したが、生憎と3泊はとれないという。

ダイアンが心当たりのホテルを探すのに時間が欲しいというので、僕は町のツーリストインフォメーションを訪ねることにした。明日からの予定をどうするか、今日からのホテル探しにいい知恵はないか、などを尋ねたかった。

インフォメーションは混んでいた。一つだけ空いていた窓口のカウンターには未だ若い新米風の女性がいた。ところがこのジェニーという名の若い女性はきわめて有能だった。仕事が速く無駄がない、いろんなツアー情報をたちどころに分かりやすく教えてくれた。

キラニーは観光客は多いけど、ツアー会社はいくつもあるので予約なしの当日参加で充分らしい。朝起きた時の気分と天候の具合でどこへ行くか決めればいいのだ。

ホテルのブッキングミスについても相談する。折角遠いところから来たのに、とジェニーはいたく同情してくれ、ひとしきりパソコンを叩いた後、僕の希望に合う数件のホテルリストを出してくれた。見るとその中に取れなかったモルトンも入っている。

ジェニーに先ほどダイアンが調べた結果を話すと、ジェニーはすぐさまモルトンへを確認の電話を入れた。するとあっさり3泊OKとなった。ダイアンはいったい何を調べたのだろう。

早速ダイアンのホテルへ取って返し、ジェニーが調べたことを伝えた。するとカチンときた様子のダイアンはすぐさま電話でジェニーを呼び出した。ひとしきりジェニーとやりあった後、ダイアンは物凄い剣幕でモルトンへ電話をかけ始めた。

何で私には満室といいながら、ジェニーには空いているといったのよ、と文句をいっているようだが、早口でよく聞き取れない。かなりもめたが、結局ジェニーのいうように一部屋3泊が可能となった。

不本意そうなダイアンは、それでも車で僕をモルトンまで送り、事情をモルトン側へ説明してくれた。モルトンの係りはメアリーという名の、いかにもベテラン風の中年女性だがこれまた凄いやり手だった。

愛想がよくてサービス精神に溢れ、精力的でフットワークがいい、フロントとして申し分のない女性だった。アイルランドではあまり見かけないタイプと思う。

さらにメアリーはライバルホテルのミスをカバーするという機会に大いに張り切ったのだろう。そしてそのことは彼女のプロとしてのプライドを満足させたに違いない。

僕がダブリンで懲りたことを話し、静かな部屋がいいというと、気に入るまでいくつも案内してくれた。ここは庭の眺めがいいとか、ここからは山並みが美しいなどキメ細かい気配りだった。

彼女一押しの、静けさも眺めも文句のつけようがない部屋もシャワーしかないので断ると、それで予定した手持ちの部屋が尽きたのか、汗をかきかきフロントまで新たにキーを取りに行ってくれたりもした。

そうやって決めた部屋が悪かろうはずはなかった。一番奥まった、あまり人が通らない静かなその部屋で僕はやっとほっとして荷物をほどいた。窓からは緑の鮮やかな中庭と遠くにケリーの山並みがよく見える。モルトンはこの旅で一番気に入ったホテルになった。

静かなモルトンの行き届いたサービスに満足した僕は、チェックアウトの朝、メアリーにこう言った。日本に帰ったら、僕は友人たちに告げるだろう、

「アイルランドへ行くならキラニーへ行け、そしてモルトンに滞在しメアリーに会うといい。」

日本語では恥ずかしくて言えないこんなセリフをメアリーは大いに喜んでくれた。

ブッキングミスというトラブルには遭遇したが、ホテルをめぐって3人のアイルランド女性が演じた一幕は、図らずも僕にとって見応えあるドラマとなった。こんなことがあるから旅はやめられない。

夕食はジェニーに教わったタイ料理の店へ行った。そろそろ米が恋しくなったのだ。今までそんな気になることはなかったのに、これも年老いたしるしなのか。

山盛りの白いご飯にトムヤムクンをぶっ掛けてかき込む、しみじみと旨い。米はいわゆる長粒種のタイ米だが、少し固めのご飯はいいい香りがして一段と食欲をそそる。

久しぶりのご飯に満足した僕は大通りをしばらくぶらついた。通りにはパブ・レストラン・土産物屋が並び、いろんな言葉の観光客が行きかっている。

道端でモヒカン刈りの男が一人笛を吹いている。よく見るとあまり若くはない。あちこち裂けた服をまとい、今時珍しい古典的ヒッピーのいでたち、しかしなんとなく急ごしらえのようで板についてない。

時折顔をまっかにするほど熱のこもった演奏だがうまくはない。聞こえてくるのは哀調をおびたアメイジング・グレイス。いい年をしたモヒカン男、どんな思いを抱いて生きているのか、考えると切ない。

この賛美歌には、スコットランドやアイルランドの影響もあるという。そのせいかキラニーの街角にいかにもふさわしい。立ち止まる僕の心に静かに響いてくる。(続く)
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
231 またもやベトナム(11)ホーチミンにて、チョコ そして・・・
230 またもやベトナム(10)ホーチミンの気ままな日々
229 またもやベトナム(9)ホイアンの日々
228 またもやベトナム(8)旧市街の娘たち
227 またもやベトナム(7)ホイアン到着!
226 またもやベトナム(6)凄腕支配人
225 またもやベトナム(5)ダラットの食堂
224 またもやベトナム(4)ダラット高原列車
223 またもやベトナム(3)アーティチョークはお好き?
222 またもやベトナム(2)はかない夢、ダラット
221 またもやベトナム(1)6度目のホーチミン
220 バンコクの12日間(7)折りたたみ市場
219 バンコクの12日間(6)DEATH RAILWAY
218 バンコクの12日間(5)「戦場にかける橋」
217 バンコクの12日間(4)アユタヤ遺跡
216 バンコクの12日間(3)ジム・トンプソン
215 バンコクの12日間(2)バンコク徒然
214 バンコクの12日間(1)哀しみの街へ
213 座間味島の夏
212 なぜかベトナム(10)ホーチミンでチョコを買う
211 なぜかベトナム(9)市場食堂
210 なぜかベトナム(8)ブラザーズ・カフェ
209 なぜかベトナム(7)ホイアン旅愁
208 なぜかベトナム(6)次はホイアン
207 なぜかベトナム(5)酷暑の村
206 なぜかベトナム(4)コーヒーの他は?
205 なぜかベトナム(3)バンメトートの衝撃
204 なぜかベトナム(2)コーヒーの他、何にもないところ
203 なぜかベトナム(1)シンチャオ!ホーチミン
202 ネパール出会い旅(11)旅の終わりのカトマンズ(下)
201 ネパール出会い旅(10)旅の終わりのカトマンズ(上)
200 ネパール出会い旅(9)カトマンズへ戻る
199 ネパール出会い旅(8)祭りの夜
198 ネパール出会い旅(7)山岳ホテルの一夜
197 ネパール出会い旅(6)僕らはVIP
196 ネパール出会い旅(5)大変だ!
195 ネパール出会い旅(4)ナガルコット村へ
194 ネパール出会い旅(3)カトマンズ街歩き
193 ネパール出会い旅(2)礼儀正しく律儀な人々
192 ネパール出会い旅(1)カトマンズ到着
191 カンボジア紀行(5)ランドリーとバインミー
190 カンボジア紀行(4)ホーチミン
189 カンボジア紀行(3)トンレサップ湖
188 カンボジア紀行(2)アンコールトム
187 カンボジア紀行(1)同行3人、222歳の旅
186 メコンクルーズ(10)メコンのほとり、ノラと人間のパラダイス
185 メコンクルーズ(9)再会の時
184 メコンクルーズ(8)王女の館
183 メコンクルーズ(7)ルアンパバン上陸
182 メコンクルーズ(6)いざクルーズへ
181 メコンクルーズ(5)ラオ ボーダー
180 メコンクルーズ(4)ラオ ボーダー
179 メコンクルーズ(3)チェンマイパラダイス
178 メコンクルーズ(2)チェンマイ食堂
177 メコンクルーズ(1)いささかくどい前置き
176 僕とウチナー(3)1泊朝食付き税込み4000円
175 僕とウチナー(2)聖地
174 僕とウチナー(1)旧友
173 越南二人旅(7)メコンデルタをめぐる冒険
172 越南二人旅(6)東アジアのラテン語
171 越南二人旅(5)フエのファミリービジネス
170 越南二人旅(4)ハイヴァン峠を越えて
169 越南二人旅(3)ホイアンのバレンタインデー
168 越南二人旅(2)ホイアンのランドリー・ママ
167 越南二人旅(1)大雪そして長い一日
166 (続)韓の国迷走記(6)世界遺産河回村、ウシのションベン
165 (続)韓の国迷走記(5)安東、夕闇迫る民俗村
164 (続)韓の国迷走記(4)全州からソウルへ
163 (続)韓の国迷走記(3)全州韓屋村路地裏
162 (続)韓の国迷走記(2)パンソリの夜はふけて
161 (続)韓の国迷走記(1)再びのソウル
160 またまた来ちゃったハワイ(3)2ドル50セントの冒険
159 またまた来ちゃったハワイ!(2)WAIKIKI、NOW
158 またまた来ちゃったハワイ!(1)ワイキキ、人工のシャングリラ
157 ミャンマー紀行(12)暑い国の熱くて甘いお茶
156 ミャンマー紀行(11)シャングリラ
155 ミャンマー紀行(10)憧れのインレー湖
154 ミャンマー紀行(9)ミングォン行きボートに乗って
153 ミャンマー紀行(8)マンダレー町歩き
152 ミャンマー紀行(7)熱風都市マンダレー
151 ミャンマー紀行(6)バガン、出会いと夕景
150 ミャンマー紀行(5)バガン、太陽と風
149 ミャンマー紀行(4)ニャウンウー村
148 ミャンマー紀行(3)ヤンゴン発06:10、バガンへ
147 ミャンマー紀行(2)ヤンゴン、祈りとライフル
146 ミャンマー紀行(1)漠たる不安
145 (続)南房総の空の下
144 韓のくに迷走記(7)恨(ハン)の五百年
143 韓のくに迷走記(6)全州韓屋村、路地裏の妓生
142 韓のくに迷走記(5)李成桂(イ・ソンゲ)の本貫、全州(チョンジュ)へ
141 韓のくに迷走記(4)仁寺洞、路地裏ホテル
140 韓のくに迷走記(3)水原で迷子になる
139 韓のくに迷走記(2)ソウル町歩き
138 韓のくに迷走記(1)今宵の宿は?
137 ベトナムの風の中で(9)旅の終わりのホーチミン
136 ベトナムの風の中で(8)フエ狂騒曲
135 ベトナムの風の中で(7)フエのアヤしいふたり連れ
134 ベトナムの風の中で(6)フエのアヤしいふたり連れ
133 ベトナムの風の中で(5)サヨナラ ホイアン!
132 ベトナムの風の中で(4)ミーサンの強面黒眼鏡男
131 ベトナムの風の中で(3)ホイアン町歩き
130 ベトナムの風の中で(2)いざホイアンへ
129 ベトナムの風の中で (1)旅の始まり
128 南房総の空の下
127 メコンへの旅(17)夕陽の中で
126 メコンへの旅(16)思わぬリスク
125 メコンへの旅(15)タマリンドの夜はふけて
124 メコンへの旅(14)ルアンパバンの路上にて
123 メコンへの旅(13)ルアンパバン上陸
122 メコンへの旅(12)メコンクルーズ
121 メコンへの旅(11)メコンクルーズ
120 メコンへの旅(10)メコン川クルーズ
119 メコンへの旅(9)川を渡ってラオスへ
118 メコンへの旅(8)さよなら、チェンライ!
117 メコンへの旅(7)嗚呼!黄金大三角
116 メコンへの旅(6)国境の町
115 メコンへの旅(5)ゾウの背に揺られて
114 メコンへの旅(4)チェンライ!チェンライ!
113 メコンへの旅(3)山上の祝福
112 メコンへの旅(2)ア・ディ・イン・チェンマイ
111 メコンへの旅(1)チェンマイ到着
110 老いぬれば
109 アイルランド紀行(11)聖人と文豪
108 アイルランド紀行(10)人をつるす木もなく・・・
107 アイルランド紀行(9)アラン諸島へ
106 アイルランド紀行(8)ゴルウエーにて
105 アイルランド紀行(7)レプラコーンに気をつけて
104 アイルランド紀行(6)ダンロー峡谷
103 アイルランド紀行(5)ホテルをめぐる女たちよ
102 アイルランド紀行(4)MAN O’ WAR 
101 アイルランド紀行(3)タラの丘へ
100 アイルランド紀行(2)ダブリンの街歩き
99 アイルランド紀行(1)百敗して、なお・・
98 ベトナム紀行(8)駆け足バンコクそしてハノイ
97 ベトナム紀行(7)サヨナラ!「サイゴン」
96 ベトナム紀行(6)再びのホーチミン
95 ベトナム紀行(5)アンコール・ワットの空の下
94 ベトナム紀行(4)タイを追い出した町
93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
89 シルクロードの旅(12)風の城、アヤズ・カラ
88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 7 0 3 2 1 6
昨日の訪問者数0 4 2 4 0 本日の現在までの訪問者数0 3 0 0 1