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ボーダーを越えて
71 ベネット・バーガー
2005年12月5日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ パッションフルーツの花。色は花もフルーツの中身も、白、赤、紫、とさまざまあるが、どれもがアケビのように蔦で伸びてゆく。 南米が原産。
11月10日に、ベネット・バーガー(Bennett Berger)氏が他界された。小規模だが心のこもった追悼式が、カリフォルニア大学サンディエゴ校キャンパスで行われ、私も行ってきた。バーガー氏は文化(その中でも特にカウンター・カルチャー、つまり反体制文化、および若者のサブカルチャー)を専門とする社会学教授で、途中からだが、私の論文審査委員長も果たしてくれた。(途中から、というのは、もともとの委員長がバークレーに移ってしまったので、その跡を引き継いでくれる教授が必要だったのだ。)

バーガー氏は反体制文化を研究するだけでなく、自分自身もその精神で生きていた。頭のてっぺんは薄くなっていたが、下の方に残っている髪の毛を束ねたちょんまげがトレードマークだった。帽子好きで、野球帽やギリシャのキャプテン帽もよくかぶっていた。私が日本文化の儀礼を描写分析した論文を書いたら、「意図的にその儀礼のルール違反をしてごらん。その反応を分析したら、きっと儀礼の意味がもっとはっきりするよ」と勧めたものだ。なるほど、と思ったけれど、私にはそれを実行するような勇気はなかった。

私の論文最終審査の日、バークレーからわざわざ来た前委員長やUCLAから来た歴史学教授もそろった審査委員会の教授たちの前で、私は緊張して坐っていた。ところが、肝心の委員長の姿が見えない。反体制とはいえ、バーガー氏はクラスにもセミナーにも遅れて来ることはなかったので、みんなの顔には大きな?マークが映っていた。開始予定時刻から5分過ぎると、?マークはますます大きくなった。10分も過ぎると、いったいどうしたんだろう?と誰もが目で問い合った。15分経った。それでも彼は現れない。誰もがソワソワし始め、事務の人が彼を探しに行った。研究室にもいないし、自宅に電話を入れても誰も出ないという。20分ほど過ぎたころ、ようやくバーガー氏は現れた。「いや、遅れて済まん」と言っただけで釈明もせず、腰を下ろしたときの彼の目が、ちょっぴりいたずらっぽく光ったーーと、私には思えた。あのとき、バーガー氏は本当に何かの事情で遅れたのか、それともわざと遅れて来たのか… いまだにわからない。

バーガー氏から私が学んだ最大のものは、文章の書き方だった。アメリカで最も流暢な文章を書く社会学者だといわれていた彼が数年おきに教える「社会学の書き方」というセミナーは、学生の間で大変な評判だった。そのセミナーでは自分の書いた論文が、参加者全員の叩き台となって一言一句批判されるのだが、それでも傷ついたと言う人は1人もいなかった。

堅苦しい、勿体ぶった言葉や、隠語のような専門用語は使わないこと。使おうかどうしようかと迷うような言葉ははずすこと。複雑な概念もわかりやすい言葉で簡潔に書くこと。読者の頭に入り易いように、文章のリズムを考えること。そういうことを教えられたのだが、読みやすいように書くというのは容易なことではない。特に日本語の私の文章は読んでいて肩が張ってきそうだと自覚している。それを直すには、とにかくたくさん書いていくしかないだろう。

バーガー氏の追悼集会では、友人やら同僚やら卒業生やらが彼の思い出を語った。ある人はおもしろおかしく、ある人は情熱をこめて、ある人は悲哀を漂わせて… そのどれもがベネット・バーガー氏の人となりを捉えていた。それを聞きながら、私はバーガー氏との触れ合いを通して、自分はもっと多くの人とも繋がっているという気がしていた。堅苦しい形式にとらわれ、自由な雰囲気の中で行われたこの儀式は追悼式であるのに、心が温められる感じだったのだ。

儀礼とか儀式とかいうものにはすべて反発していた頃、私は自分が死んでもお葬式も追悼式もしてもらいたくないと思っていた。
「それは駄目だよ」と、トーマスは反対した。「友だちが集まって君の思い出を語り合うチャンスを奪っちゃいけない」
フーン、そういう考え方もあるのか、と私は考え直したものである。年を重ねるにつれて、儀礼の習慣には、人生を分かち合い、触れ合う仲間を再確認するという意味があることが、単なる理屈でなく、実感としてわかるようになってきた。だから、私がトーマスより先に逝くことになったら、友だちを呼んで賑やかにパーティーを開いてもらおう。振る舞うことの好きなトーマスは、きっと楽しいパーティーにしてくれるだろう。トーマスが私より先に逝ったら、もちろん大勢友だちに来てもらって、彼のことを心ゆくまで語り合ってもらうつもりである。

そういう考えに、バーガー氏がニヤニヤしながら頷いてくれるような気がする。
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