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縁の下のバイオリン弾き
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
2011年3月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ つば広の帽子をかぶりマントを着たオスカー・ワイルド
去年デニス・ホッパーがなくなった。彼は俳優としてたくさんの映画に出演したけれど、なんといっても一番の功績は1969年に「イージー・ライダー」という映画の脚本を書き、監督し、主演したことだ。メジャーの映画としてはじめて(だと思う)ロックを映画音楽として使った。はじめて(だと思う)ドラッグ・カルチャーと正面から向き合った。髪を長くのばしているというだけで主人公が撃ち殺される幕切れは当時のアメリカに対する痛切な批判だった。その文化史的意義ははかりしれない。

でもここで私が言いたいのはそのことではない。あの映画は二人の若者がオートバイで旅をするロード・ムービーでもあるのだが、その一人ピーター・フォンダがヘルメットをかぶっている、それがかっこいいというので、それまでいきがってヘルメットなどかぶらなかったバイカーたちがこぞってヘルメットをかぶるようになった、ということだ。私は当時まだ日本にいたのだけれど、街でヘルメットをかぶっているオートバイ乗りを見ると、「ははあ、『イージー・ライダー』を見たんだな」と思ったものだ。

流行とはそんなものかもしれない。

男の帽子が復権しつつあるようだ。女性の帽子のことはよくわからないが、男の帽子はここ半世紀ほどまったく流行しなかった。それが今になってやや流行のきざしがある。「おしゃれなソフト帽」などという表現が新聞の記事に現れるようになった。

1950年代までは男は帽子をかぶるにきまっていた。そもそも男の服装は背広にネクタイ、プレスのきいたズボンに革靴、そして帽子、という具合に帽子がなければ成り立たないものだった。それが1960年代からか無帽がふつうになった。

西洋の男の代表としてアメリカの大統領をもちだしたら怒られるだろうか。アイゼンハウアーはハゲだったせいもあるけれど、つねにソフト帽(中折れ帽)をかぶっていた。しかしケネディはほとんど帽子をかぶらなかった。正装してシルク・ハットをかぶった彼の写真は見たことがあるが、ソフトをかぶっている写真は見たことがない。ダラスでのあの運命の日にも彼は帽子をかぶっていなかった。

ケネディに続く大統領たち、つまりジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、ブッシュ、クリントン、ブッシュ、オバマと誰も帽子をかぶっていない。帽子はクールではないのだ。

その昔は帽子をかぶることがイキだった。みんなどうやったら帽子をうまくかぶれるかという研究に憂き身をやつしたようだ。

ソフトをかぶらせて一番サマになっていたのはなんといってもハンフリー・ボガートだろう。かくべつハンサムでもなく、背だって高いとはいえないボギーがなぜ今にいたるまで名声をたもっているのか。それは「カサブランカ」のレインコートとソフトがあまりにも決まっていたからだと思う。

でも60年代にビートルズが出てくるにおよんで、帽子は過去のものとなった。長髪に帽子は似合わない。ビートルズは最初留め金をはずしたハンチング(鳥打帽)をかぶっていたのだが、髪が長くなるにしたがって帽子をかぶらなくなった。

長髪で帽子をかぶろうと思ったら19世紀末にオスカー・ワイルドがやったようにつばの広い帽子をかぶるのが一番だ。しかし、長髪の目的はその波打つ髪の美しさを見せることなのだから、帽子をかぶってそれを隠すのはばかげている。というわけでだれも帽子をかぶらなくなった。

帽子をかぶらなくなったもうひとつの理由はサングラスの普及である。昔帽子は 日よけでもあった。しかしサングラスというものができて、帽子をかぶらなくても目が保護できることになった。しかもそれがだんだん安くなったから、だれもかれもがサングラスをかけるようになり、帽子が必要ではなくなったのだ。

そのために帽子という帽子が姿を消した。もし帽子があらわれようものなら、みんなから不思議そうな目で見られる。ソフトなんかかぶっていると「あの人ハゲなんじゃないの」と邪推されるようになった。

社会から公認される男の帽子は野球帽ひとつになった。もう20年も30年も前にスポーツとは縁を切ったはずの老人たちがやむなくハゲ頭や白髪頭に野球帽をかぶる、という悲惨なことになった。

実をいうと野球帽は額に手をかざすのとそんなに違わない。目の前にひさしがあるだけだからだ。場所にもよるけれども、日差しの強い地方では首のうしろが焼けただれてしまう。

これが男と女のちがうところで、よほど短く刈り込んでいなければ女はたいていうなじが髪の毛で隠されている。目も髪で保護されている事が多い。だから女の場合帽子の実用性というのはほとんどないのだ。昔から単なるファッションでしかなかったのは理由のないことではない。

第二次世界大戦で、硫黄島やフィリピンやサイパンなど南方の戦場に行った日本兵は例外なく軍帽(野球帽スタイルだ)のうしろに布をたらしている。日本を出るまで私にはその意味が分からなかった。しかし香港に住んで、なるほど炎天下で行進させられる兵隊たちはあの布がなかったら日焼けに苦しめられただろうということがよくわかった。

ジョン・フォード監督に「アパッチ砦」(1948年)という西部劇がある。アリゾナかどこかの騎兵隊の駐屯地に東部のエリート軍人のヘンリー・フォンダ(ピーターの父)が部隊長として赴任してくる。ジョン・ウェインをはじめとする部下は全員カウボーイ・ハット型の帽子をかぶっているのに、この部隊長だけは頑固に軍帽に固執し、うしろに白い布をたらしている。彼がこの配属に不満を持ち、現場の人間を軽視し、しかも実際問題としてこの布がなかったら一日も過ごせない、という事情が帽子ひとつでよくあらわされている。彼はこの頑固さと現場不信のためにのちにインディアンとの戦いで部隊を全滅させてしまう。

もちろん寒い地方では帽子はいやもおうもなく必需品である。私はアメリカ東北部のボストンで最初の冬をすごした時に目をみはった。ロシア人の帽子、あの赤軍の兵士がかぶっていたような耳当てを上に結んだ黒い毛皮の帽子をだれもかれもが使っていた。それではじめてあれはロシア人専用の帽子ではないのだ、極寒の地方ではみんな同じことを考えるのだ、ということに気がついた。それでも気候がいい時に帽子をかぶらないのはほかの地方と同じだった。

ボストンにいたころ私は冬の間だけ帽子をかぶる体制順応派だった。でもサンディエゴに住みついてからは夏も冬も帽子をかぶるようになった。なぜかというとメキシコに行って、メキシコの農村地帯ではだれもがカウボーイ・ハット型の麦わら帽子をかぶっているのを見、それが日差しの強い地方では合理的なのだ、ということに気がついたからだ。

実用という側面をなぜ今までないがしろにしてきたのだろう。アメリカ中西部の農業地帯では野球帽をかぶっていた農民が強い日差しのために皮膚がんにかかり、耳の先端を切り取らねばならなかった、という話を聞いたことがある。ゴッホじゃあるまいし、そこまでしてファッションに義理を立てる必要はない。

無帽は無謀だった、ではしゃれにもなりませんね。
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