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僕の偏見紀行
108 アイルランド紀行(10)人をつるす木もなく・・・
2010年9月20日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 古代人の墓といわれている巨大なドルメン。その形から巨人のテーブルと呼ばれている。
▲ モハーの断崖。その突端に立つオブライエン塔。
▲ バレン高原を下りた辺りに広がる風景。いたるところに石灰岩の岩肌が見える。遠くに見えるのは灰色の岩盤の丘。この日は珍しくよく晴れて空が美しい。
かってクロムウエルがこの地に侵攻したとき、「人をつるす木もなく、溺れさせる水もなく、生き埋めにする土もない」と拷問の方法に悩んだ、とガイドブックに書かれたバレン高原に来た。「バレン」とはケルト語で「石の多い場所」を意味する。文字通り、見渡す限り石灰岩の原っぱが広がっている。

アラン諸島の翌日、ゴルウエー周辺の海岸線や内陸部の高原をめぐるバスツアーに参加した。バスが町を出ると岩盤むき出しの草原や牧場が続いた。岩のわずかな隙間の緑を牛や羊が一心に食べている。

東部のダブリン周辺では見かけない光景だった。岩盤の上のわずかな土を頼りに、人も草木も羊も生きてきたのだろう。

厳しい自然環境に加え、イギリスの過酷な支配にも耐えてこの国は生きてきた。そのような国に住む人の心にはいつしか妖精が住むようになり、その思いが難解な文学となっていったのではないか、と勝手に想像する。

石灰岩が折り重なる高原の中ほどに自然石を組み上げた巨大なドルメンが立っている。平たい岩を数本の岩で支えたそれは巨人のテーブルとも呼ばれているが、古代権力者の墓ともいわれている。いつ誰が何のために建てたのか定かではないが、近寄るとその存在感に圧倒される。

バスが海岸線をしばらく走ると、海を隔てて遠くかすむアラン諸島が見えて来た。遠くから見る島は緑豊かで穏やかなたたずまいを見せている。対岸から見る限り、生きる術が岩の上のわずかな土を耕すことしかなかった島には見えない。当たり前の話だが、人の生きる営みの厳しさはその場に立たなければ見えてこない。

バスは海岸線から岬の突端へ向かい、やがてもうひとつの見所モハーの断崖に到着した。ここは海面から200mの高さの断崖絶壁が延々と8kも続いている。

イニシュモア島のドン・エンガスよりはるかに規模は大きいが、断崖には柵が設けられ、その突端に近づくことは出来ない。そのためいささか迫力に欠け物足りなさを感じる。

岩肌はいくつもの地層が重なり、その縞模様が海の蒼とあいまって美しい。ここにはかつて砦もつくられたがナポレオン戦争で破壊されたという。

今はその後物好きな領主が建てたというオブライエン塔が残るのみである。古めかしい石造りの塔が岬の突端に立つさまは、空と海の広がりの中で絵になる風景だ。今はこの塔は有料の展望台になっている。登ってみたがもともと高いところにあるため塔に登っても、地上と眺めにさほどの差はなかった。

ツアー途中、昼食のため途中の村で休憩した時のことである。僕は早めにランチを済ませ村の道をぶらついた。小川に橋がかかり、そばの原っぱでは仔馬が遊んでいる。のどかでいい風景だ。

仔馬に食べさせよう、と何の気なしにそばの野草に手を伸ばした。指が茎に軽く触れたその瞬間、指先から手のひらにかけて鋭い痛みが走った。あわてて手を引いて指先を見たが、トゲが刺さっているようにも見えない。よくよく見てもほんのわずか、ゴミみたいな細かいかけらがいくつか見えるだけだ。

急いで振り払ったがとれない。指先をくわえて吸い出そうとしてもダメだった。その間さすような痛みは治まったが、ピリピリとしびれるような痛みは続いた。大きなトゲが刺さったわけでもないのに、経験したことのないこのしびれるような違和感はいつまでも続いた。

知らない土地の生物は恐ろしいものだと痛感する。やたらに触るととんでもない目にあうことがある。それにしても野草を強く握らなくてよかった。もっと大きなトゲがささっていたらひどい目にあうところだった。結局この違和感は翌日まで続いた。いったいなんという植物だったのだろう。

ツアーから戻り、ゴルウエー最後の夕食をとりに再び町へ出た。相変わらず観光客が多い。日本人の団体にも出会った。ゴルウエーの町に目立つのがビルの「TO LET」の看板だ。金融危機以降の不況のせいだろうか。一時IT関連で好景気を謳歌したアイルランドも危機後の不況が長引いている。ダブリンでも若い物乞いの姿が多かった。

町を歩いて気になるのがタバコを吸う人が多いことだ。老若男女を問わず喫煙者が多い。くわえタバコで歩く人はいないが街角やパブの片隅で盛大に吸っているのを見かける。

酔っ払いもよく見かける。騒ぐわけではないが、明るいうちから道路に置かれたパブのテーブルや街角でジョッキを傾ける人が沢山いる。

大通りを歩くとあちこちからストリートミュージシャンの演奏が聞こえとても楽しい。人だかりでは大道芸人のパフォーマンスが繰り広げられ、ぶらついて退屈することがない。ゴルウエーはどちらかといえばアジア的人間くさい町だと思った。

歩き回った末、夕食は韓国料理の店にした。韓国か中華かよく分からない料理だったが、とりあえず米の飯が食えて満足した。

ホテルに戻り地元の新聞を眺めていたら、日本の参院選について小さな囲み記事があった。そこには、このたびの選挙で日本市民は菅首相に痛烈な一撃をくらわせた、とあった。

明日はダブリンへ戻る。荷物を整理し列車の時間を確認してベッドに入った。アーリントンホテルのマイクに頼んだ静かな部屋はちゃんと確保されているだろうか。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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64 インド紀行(1)遠かったインド
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62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
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52 風に吹かれて八丈島(2)
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24 知床の青いそら、光と風
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13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
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8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
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6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
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