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41 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編
2006年8月20日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

















シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編


実はこのワイン、シャトー・マルゴーは、日本でも何年か前に急に有名になったことがありました。ご記憶にあるかと思いますが、しばらく前に「失楽園」という小説や映画、TVドラマが、ちょっとしたブームになったことがありましたね。その中で、主人公のふたりが、鎌倉・七里ヶ浜のホテルでの夕食の際に、そして最後に軽井沢で心中する際に飲んだのが、このシャトー・マルゴーだったのです。

親しくしているお酒屋さんの話では、あれが原因で、当時ただでさえ値上りの激しかったフランスワインの中でも、とりわけマルゴーの値上がりがもっともひどかったとか、例の七里ヶ浜のホテルでは、シャトー・マルゴーをつけた(たぶんグラスで)特別ディナー付き宿泊パッケージを、「失楽園」という名をつけて、けっこうな値段で用意したとか、まったく笑っちゃうようなことが実際にあったのだそうです。

もちろんそんなことは一過性のブームであり、そんな騒動は、この名門ワインの評価をいささかでも下げることはなかった、とワイン好きの私としては考えておりますが・・・。

マルゴー (Margaux) とは、ボルドーのメドック地区にある村の名前です。ボルドーワインの中心的な産地のひとつですから、もちろん、そのマルゴー村で作られているワインは、シャトー・マルゴーだけではありません。私の知る限りでも、マルゴー村には、50近いシャトーがあるのです。でも、その村の名前をシャトーの名前として使っているのは、もちろんこのシャトー・マルゴーだけです。

考えてみたら、ラフィット、ムートン、ラトゥール等のあるポイヤック村 (Pauillac) や、ペトリュスのあるポムロール村 (Pomerol) にだって、どこにも村の名前それ自体をくっつけているシャトーはありません。Chateau Pauillac とか、Chateau Pomerol なんていうワインは存在しません。私もすべての Appellation (産地名称) を調べたわけではありませんが、マルゴー村の Chateau Margaux みたいな名前は、他にはあまりないと思います。つまり、マルゴー村にとっては、そのくらいこのシャトーの存在は重要であり、またずば抜けたものなのですね。

そう言えば、マルゴーの知名度を示す逸話がもうひとつありました。第二次大戦後はじめてドイツの首相がフランスを訪れた時、かのアデナウアー首相が最初に切り出したのは「シャトー・マルゴーに立ち寄らせていただけないか?」ということだったのだそうです。このあたり、ドイツ首相は心得ていますねえ。これは単なる彼の個人的な興味だけではないはずです。こう言われるとフランス人の心がどれほどくすぐられ、和らげられるか、ちゃーんと心得ていたのです。こういうのを外交術と言うべきだと思います。歯の浮くようなお世辞だとか、ゴマすり、権謀術数なんていうのはこれに比べたら次元の低いテクニックですね。

ところでマルゴー本体の特徴はなに?と聞かれたら、どう答えるべきなのでしょうか?

一般に、ブルゴーニュの赤は、威風堂々、竹を割ったようなきっぱりとした風味などから男性的と称されます。それに比べると、ボルドーの赤ワインは、温和、馥郁(ふくいく)複雑、微妙などの特徴から、女性的と言われています。ですからフランス人は、ブルゴーニュの赤は男性用の代名詞で、ボルドーの赤を女性用の代名詞で指しているのです。さすがにワインをよく知っていますね、あの人達。

その女性的なボルドーの赤ワインの中でも、最も女性的なワイン、それがこのマルゴーだと言えると思います。ワインの好き嫌いは極めて主観的なものですから、どのワインがベストなのかということは、とても決められませんが、ボルドーの格付け第一級の5大ワインの中で、最も女性的なワインはマルゴーである、と言うことについては、まず誰からも異論は出ないと思います。

なぜシャトー・マルゴーは女性美の極致と言われるのか、これをお読みのあなたがもし本当にお知りになりたかったら、ちょっとコストはかかりますが、たとえグラス一杯でもよいですから、チャンスを見つけて、このワインを実際に味わってみることをお奨めします。人を引き込むような深いガーネットのような色調、温和で馥郁とした気品のある香り、口に含んだときのまろやかさとしなやかさ、それに複雑で微妙な味わい。これはちょっと言葉で説明するのには無理があります。

ちなみに我が家のワインセラーに寝ているマルゴーは、1983,1985,1986,1988,1989,1990 です。このシャトーは、1970年代は困難な時期を迎えていました。気候の不運もありましたが、所有者の経済的な問題がそのままワインの出来映えに反映されていたのです。1978年が復活の年であったのですが、このシャトーの長い歴史の中では、オーナー家の多くの女主人達が、ワインの品質向上のために活躍しています。その意味でも、シャトー・マルゴーは女性的であるのかもしれません。

わが家のセラーで寝ているマルゴーのうち、最も古い1983年については、ヴィンテージ評価表に、こんなふうに書かれています。

良質の葡萄の大豊作。非常に魅力的で (appealing) ボルドーの特徴がよく現れている。この年は悪天候でスタートしたものの、開花時期に間に合うように天候は持ち直し、暑く乾燥した夏を迎えた。摘み取りは9月26日に開始され、理想的な天候 (in ideal conditions) のもとで行われた。マルゴー村はとくに素晴らしい収穫であった。

タンニンと果実味、それに酸味 (tannin, fruit and acidity) のバランスが理想的。すべてがすぐ飲めるが、これからも成長し続ける。2000年を越えて保存してもよいものがある。(Virtually all are drinking well now and some will continue to develop, even beyond 2000)

とまあ、こうなっております。さあ、いつ飲もうかな、と時々思い出しては、楽しく考えることを含めれば、このワインを買うときに私が払った値段は決して高くはなかったと思いますよ、言い訳かもしれませんが・・・。


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