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ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下) |
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2006年5月3日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ スペインのローマ帝国時代の金鉱跡、ラスメドゥラス。 |
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▲ エルポルベニールの民家の裏庭は植物が豊かだ。この家ではアボカド、バナナ、ヤシが育っているが、金鉱に地下水を吸い上げられ、いつまでこれらが育ち続くだろうか。 |
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▲ 自然と文明との共存の象徴のよう。エルポルベニールの民家。 |
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金の採掘には大きく分けて、(1)川の浅瀬で中華鍋のようなものを左右に揺すって小さな金の固まりを見つける、(2)山の中に坑道を掘って地中にはいる、(3)山全体を崩して鉱石をすべて掘り起こし大規模にシアン化物を使うという3つがあるだろう。
自然環境にいちばん優しいという観点でいうと(1)の最も原始的な方法がいちばんいい。が、あまりに効率が悪くて、いまでは趣味かレジャーか観光地での客寄せでしかやらない。
(2)の方法は、19世紀のカリフォルニアのゴールドラッシュや20世紀前半のアラスカの金鉱のやり方だが、もっと大昔に、しかももっと大規模に、イベリア半島にまで勢力を拡張したローマ帝国が紀元1世紀にやっていた。ラスメドゥラス(Las Medulas)と呼ばれるスペイン北西部の地点で、その跡は現在ユネスコの世界遺産に指定されているが、地形を崩し、自然環境には大災害をもたらしたものだ。2千年近くを経た後もいまだに赤い地肌がむき出しで、異様な感じがする。
さらに(3)の方法になると、地形を完全に崩してしまう。それだけではない。有毒なシアン化物を大規模に使用するのだから、環境破壊と人体への影響の度は計り知れない。
「もっといい別の方法はないの?」と、物知りの夫に聞いてみたら、夫は首を振った。現在はこの方法が世界中のどの金鉱でも使われているという。金の採出という観点からは、大地をめちゃめちゃにし、その周辺の空気も水も汚染するこの方法がいちばん効率がよく、経済的なのだそうだ。
知らなかった、そんなこと…
エルポルベニールでの夕食会には、シリア盆地の自然環境保護運動のリーダーたちが10人近く集まった。30代から70代の幅広い年齢層の人たちだ。その人たちを前にして、私は自分の左手薬指にはめている結婚指輪のことが急に気になった。普段はほとんどはずしたことのないダイヤの指輪は家に置いて来た。ホンジュラスは治安が悪いからということと、そんな指輪をしていては会うことになっている人権擁護運動に活躍している人々に失礼だろうと思ったからだ。が、結婚指輪はそう簡単にははずせない。これはすごい「安物」なのだから、と胸の中で言い訳してみたものの、その安物というのがいけないということが金の採掘方法を知って思い当たった。人々の生活と自然とを破壊しながら「最も経済的に」採掘した金が、私の指輪になっているのだから。私の指輪の金の産地はどこだか知らないけれど、シリア盆地のグラミス金鉱と同じような状況で採掘されただろうことは、容易に想像できる。
私はそんな思いを抱えて、内心緊張してリーダーたちと座っていた。一応夕食を食べ終えた頃、私たちがグラミス金鉱を見てどう思ったかとまず聞かれた。仕方がない、正直に言おう。
ここに来るまで、自分が身につけている金がどんなふうに採掘されるのか全く知らなかったと、私は白状した。アラスカやスペインで見た金鉱跡のように、山に坑道を掘って金を含んだ鉱石を削り取り、トロッコでゴトゴト山から運び出されるのかと思っていた、と。実態を知ったいまは、金細工や金を使った宝石を見るたびに、シリア盆地のグラミス金鉱を思い出し、その陰で生活と健康を脅かされている人々のことを想うだろう。そうしてどうするか… それはまだわからないけれど、第一世界の消費者として自分が買うものがどこからやって来て、どういう状況で生産されるのかをまず知るということが大切なのではないだろうか。そして、私自身はきょう見たことを家に帰ったらできるだけ多くの人々に伝えるつもりだ。残念ながら、いまはそれしかできません…と、少々きれいごとに聞こえるかもしれないが、できるだけ正直に自分の感じたままと考えたことを話した。リーダーたちはじっと耳を傾けて聞いてくれた。最後に、自分の指輪を指して、「すみません、こんなものしていて」と言ったら、みんなどっと笑った。
「いや、わざわざここまで来てくださってありがとうございます」と、委員長が言った。高校の先生だそうで、大変に理路整然と話を進める。土地のない農業労働者のリーダーもそうだったが、ホンジュラスのこんな田舎に実に有能な人たちがいるのにまたもや驚いた。が、それは第一世界に住んでいる者の第三世界に対する偏見かもしれない。最年長者が「こうして国際交流をすることに意味がある」と、雄弁に滔々と述べた。その人はこの地区選出の国会議員を務めたことがあるそうな。他のリーダーたちも自由に意見や感想を述べ、実に民主的な指導体制であることが伺われた。
私たちは歓談後にそれぞれの部屋に退散したが、リーダーたちは夜遅くまで本格的な討議をしていた。遠くで激しく喘ぐような鳴き声が、ときおり聞こえてきた。ロバだという。金鉱操業が環境を破壊するのを自分の目で見たのも、ロバが夜鳴くのを聞くのも、消費者としての責任をはっきり自覚したのも、その日が初めてだった。
−終了−
[追記] グラミス金鉱会社はこの5月3日にトロントで株式総会を開く。その場で金鉱現場の状況を訴えようと、シリア盆地の代表が、グアテマラの金鉱反対活動家とホンジュラスで人権擁護運動に活躍しているサンドラさんといっしょに出かけていくことになっている。それはマスメディアに報道されることはないだろう。だからこそ、こうしてインターネットで実情を知ることが大切だと思う。
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