1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
75 豊かな心
2006年1月31日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ マラバティ中心の公園。ラテンアメリカの町はどんなに小さくても、中心に必ずこういう公園がある。
▲ 元労働者のエスキエルとコンスエロのおしどり夫婦。
▲ パンと近くの畑で穫れたそら豆を売るフロレンシオ。
モナーク蝶の保護区域には、別荘地として有名なクエルナバカ(Cuernavaca)からバスを乗り継いで辿り着いた。メキシコシティから西へ2時間半ほど高速バスに乗って、まずマラバティオ(Maravatio)という町へ行く。そこからアンガンゲーオへはどう行ったらいいか、バス会社の従業員たちに聞いたら、ああでもない、こうでもないと頭をひねってくれたが、意見がまとまらない。たまたま高速バスの中でおしゃべりをした男性が、アンガンゲーオへ行く途中の町まで行くつもりなので、「途中までいっしょに行きませんか」と言ってくれた。彼は北カリフォルニアに移住したのだが、妻と息子を連れて里帰り中なのだという。そのメキシコ人一家といっしょにローカルバスに乗り、イリンボ(Irimbo)という町で降りて、今度は多数だからと瀕死状態のおんぼろタクシーに相乗りして、まず彼らの目的地、アポロ(Aporo)に着いた。

アポロの親類の家の前でタクシーを降りると、親類に紹介され、うちのトイレを使って行きなさいと勧められた。メキシコの田舎では清潔なトイレがなかなかないからだ。そこからアンガンゲーオ行きの小型バス乗り場までトラックで連れて行ってくれて、困ったことがあったらいつでも連絡するようにと、別れ際に電話番号まで教えてくれてた。メキシコ人らしい気配りだ。

翌日、モナーク蝶を見てから昼食を取ると、アンガンゲーオではすることがなくなったので、来たときの逆の順序でマラバティオに戻ることにした。スプリングが全部なくなってしまったようなガタガタのローカルバスに乗り、アポロで降りて乗り換えようとすると、バスはイリンボまで行くから、マラバティオ行きバスの乗り場で降ろしてくれると運転手が言った。それでバスの中へ逆戻り。イリンボでは10人近い乗客が降りたが、彼らは私たちと運転手とのやり取りを聞いていたらしく、「マラバティオ行きのバスはあれだ」とエンジンのかかっているバスを指差し、そのバスの運転手にも合図した。彼らもマラバティオへ行くのだろうと思ったら、そうではなかった。私たちが間違いなくちゃんとバスに乗れるよう、手助けしてくれたのだ。私たちがバスに乗るのを見届けると、彼らは別の方向に歩き出した。
「グラシアス(ありがとう)!」
そう言って手を振ると、彼らも手を振って返した。

こんな一見何でもないような親切が、メキシコ人の心からはごく自然に、当たり前のように惜しみなく溢れ出る。一般の人と接触のないツアーでは、どんなに豪華にお膳立てされていても、名所遺跡の他に目につくのは貧しさや環境破壊や混沌とした社会状況だけで、なかなかメキシコ人の心に触れるチャンスはない。が、自分の足で歩いて地元の人々に接すると、ちょっとした心の触れ合いで、メキシコ人の内面の豊かさを垣間見ることができるのだ。タクシーに乗っても同じことが言える。そういう旅が私は一番好きだ。
 
マラバテォイに着くと、まず馴染みの古いホテルに部屋を取った。町の中心にある小さな公園に面していて便利だということもあるが、ホテルといえばマラバティオにはそこしかないのだ。マラバティオには特にこれと言って見るべきものはない。それでも何度かやって来たのは、隣接の部落にエスキエルという名の元労働者が住んでいるからだ。まじめで働き者で思い遣り深い彼を訪れるのはいつも楽しみである。

マラバティオを最初に訪れた22年前だ。当時は公園を囲む道にロバを見かけたものだが、いまは車がひしめいている。公園の周辺の店舗もずいぶん変わった。小さな万屋は姿を消し、スーパーや携帯電話契約店ができた。マラバティオ内外の道路も舗装されている。メキシコシティから古都モレリアに通じるバイパスができてから、その中間点にあるマラバティオは経済発展から取り残されたのではないかと心配していたが、それなりに経済成長をしているようで、のんびりした雰囲気は残っているものの、活気がある。

エスキエル一家は、自宅でお菓子やパンやソフトドリンクから洗剤やトイレットペーパーまで日常生活の必需品を少しずつ何でも売っている。小さな万屋だ。彼の家を初めて訪れたときは、お連れ合いのコンスエロが道路に向かって開いた窓からお菓子やソフトドリンクを売っていた。当時は彼の隣近所ではロバがつながれ、舗装された道など1本もなかった。どぶ水が流れている所で子どもが遊んでいて、よくこれで子どもが病気にならないものだと変に感心したのを覚えている。2度目に来たときも(何年前だったろう?)町の様子に大した変わりはなかったが、エスキエルの家の中が明るいピンク色に塗り変えられて、華やかな感じになっていた。コンスエロが営む店は窓口が大きくなっていたような気がする。3度目は6年前だったが、そのときは部落の家の数が増え、狭い道路もすべて舗装され、辺りはすっかり見違えて、エスキエルの家がどこにあるのかわからなくなってしまった。やっと見つけた彼の家は表全面が店となり、部落と同じように見違えていた。

今回はしっかり住所を持って行き、夕食後、タクシーでエスキエルの家まで行ってみたが、彼は別の店に行っていると留守番の一人娘が言うので、出直すことにした。翌日朝食後に出かけると、エスキエルが待っていた。

店の裏の部屋に私たちを案内すると、エスキエルが壁に向かったテーブルに着かせた。一体何事だろうと思ったら、コンスエロがコーヒーと牛肉の薄焼きとメキシコ式豆料理とスープとトルティアを持って来て、私たちに勧めた。朝食は済まして来たと言ったのだが、通じたのか無視したのか… エーブルにあるのはスプーンだけで、ナイフもフォークもなく、お皿も全くそろっていなかったが、心のこもった朝食だ。お腹はいっぱいだけど、食べるしかない。食べながら、エスキエルとトーマスは農園仲間の思い出話に花を咲かせた。

エスキエルはトーマスのパーム園で2年間ぐらいしか働かなかったと思う。初めて彼を訪ねたときに、もうカリフォルニアで働く気はないのかと聞いたら、彼は「金はもっと稼ぎたいけど…」と言いながらもはっきり返事をしなかった。彼の背後に立っていたコンスエロにどう思うかと聞くと、
「彼が遠くへ働きに行ってしまうと、心配だし寂しくてたまりません。家族離ればなれに暮らさなければならないなんて、どんなにたくさん稼いでも意味なんかありませんよ」
と、小さな声で答えた。それを聞きながらエスキエルはまじめな顔をしていたが、目はうれしそうにほころんでいたのを今でもはっきり覚えている。仲のいい夫婦なのだ。彼らはコツコツ働いて少しずつ蓄えて来たのだろう。いまは店を合計3軒持っていて、自宅の店は娘が、別の1軒は夫婦が店番をし、もう1軒は人に貸してあるという。自宅の裏の庭は奥行きがたっぷりあり、何本もの背の高い木やバナナや花がいっぱい植えてある。陽の当たる小さな小屋には鶏と七面鳥が居眠りをしていた。ナイフやフォークはなくても、エスキエルたちの生活は充足しているのだ。

帰りは家の前から小型バスの役割を果たすバンに乗った。たまたま運転手は若い女性で、エスキエルの名付け娘だとかで、私たちからはどうしても料金を受け取らなかった。まじめで正直なエスキエルは、部落の人々から敬愛されているようだ。エスキエルの故郷には家族の他にも深くつながりを持った人々が大勢いるのだ。彼がたとえ数年でもこの地を離れたくないのも無理はない。

数量的に測れる水準から見たら、エスキエルたちの生活は貧しいだろう。けれど、上昇志向に駆り立てられて、充足ということを知らない人間の多いアメリカに住んでいると、お互いに思い遣り合い、赤の他人にも惜しみなく力を差し伸べるメキシコ人たちは平穏な心を保ち、実に豊かな生き方をしているように思える。ちなみに、最近の調査によると、メキシコ移民の子どもたちは、言葉のハンディや親が教師とコミュニケートできないなどの理由で一般に成績は低いが、ひとと協調してやっていくというような社会性の面では、アメリカ人生徒より遥かに優れているそうである。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 6 7 0 4
昨日の訪問者数0 4 0 6 3 本日の現在までの訪問者数0 1 2 1 9