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42 オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)
2006年8月25日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。









































オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)


絵画取引の歴史上、知られているものとしては史上2番目に高額な取引価格がついた1枚が上段の画です。後期印象派の画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが死の直前に描いた画です。モデルのガシェ医師(Le docteur Paul Gachet) はゴッホが亡くなった、パリ郊外のオーヴェール村に住んで、ゴッホの治療にもあたっていた精神科の医師でした。

ほぼ同じような2枚の絵画の写真を掲載しましたが、実は上段は現在所在不明(たぶんアメリカにあると言われています)のオリジナルです。下段はゴッホ本人によるその模写で、現在、パリのオルセー美術館に展示されているものです。

ということで、「ガシェ医師の肖像 (Le docteur Paul Gachet)」 という画は2枚あります。オルセーにある方がオリジナルではなくて模写なのです。

でも上のオリジナルと、下の模写を見比べると、なかなか面白いですよ。もっとも模写と言っても、それは画を欲しがったガシェ医師のために、ゴッホ本人が作成した模写ですから、まあ両方ともオリジナルと言ってもよいわけですが。

下のオルセーの1枚は、上と比べると、テーブル上の本や花瓶がない、上着のボタンがない、いかにも急いで写したようにタッチが粗い、などの点で、やはりオリジナルよりは芸術的価値が劣るようには思われますが、それでもゴッホ本人が描いたものです。これは1954年にガシェ医師の子孫からフランス国家に寄贈されました。現在この1枚はオルセー美術館のゴッホのコレクションの中心的作品の1枚になっています。

今回は、画の解説ではなくて、この画がたどってきた数奇な運命と、その取引価格についておしゃべりしてみようと思います。

下段の画は元々の所有者からフランス国家に寄贈されたものですから、取引価格がついたことはなかったのですが、上段のオリジナルはそうではありませんでした。絵画取引史上に残る競売にかけられたことはすでに書きましたが、実はそれ以前にも数奇な運命をたどって来ていたのです。それではまず、例の「絵画取引史上に残るオークション」からお話しましょう。それはこんなふうに始まったと記録されています。

1990年5月15日、サザビーズ社と並ぶ世界的なオークション会社、クリスティーズのニューヨーク・オフィスが主催したオークションで、その競りは行われました。競りの開始は2千万ドル(当時の為替レートを使いますので、約30億円)から始まりましたが、100万ドル(約1億5千万円)単位というすさまじい単位で値が上がり、4千3百万ドル(約64億円)になったところで、2人のビッダーの勝負にしぼられました。

1人は電話で入札に参加していたチューリヒの画商、マリア・ラインズハーゲン氏で、相手は、日本人コレクターの代理として会場で参加していた銀座・小林画廊の小林秀人氏でした。

会場を被う静寂と緊張の中で、さすがに入札のスピードは落ちたものの競り合いは続き、ついに7千5百万ドル(約113億円)に達したところで、オークション台に居た、タキシード姿のクリスティーズ・ニューヨーク社長のクリストファー・バージ氏が小林氏を指さして、ハンマーを打ち下ろしました。クリスティーズの手数料10%を加えて、8250万ドル(約124億円)という当時としては史上最高の落札価格で1枚の画が取引された瞬間でした。

バブル期日本経済のピークは1989年であり、1990年の3月には日経平均株価がピーク時の3万8千円台から下落して、ついに3万円を切った状態になっていました。その時期にこんな買い物をした人物は、大昭和製紙という当時国内第2位の製紙会社の名誉会長であった、斉藤了英氏という人物でした。了英氏にせよ、代理人の小林氏にせよ、世界の美術市場で知られた、尊敬を集めるコレクターや画商ではまったくなくて、いわば誰も知らない粗野な成金として注目されたというのが当時の世界の反応でした。

よく知られているように、その後いくばくもなく、大昭和製紙は経営難に陥り、さらに了英氏が、宮城県における大規模開発事業に伴う知事がらみの贈収賄事件が発覚した際の贈賄側の当事者となったことから、この高価な買い物を持ち続けることは不可能になりました。

1995年には贈賄罪で執行猶予つきの有罪判決を受けましたが、控訴せずに有罪が確定し、1996年3月には脳梗塞で79歳の波乱に満ちた生涯を終えました。この画についてはその後、富士銀行(現在のみずほ銀行)と駿河銀行の共同担保として保管されていると日経新聞に報じられたことが一度だけありますが、今だもって行方は公開されておりません。アメリカに渡ったというのが、関係者の共通認識のようです。

ところでそのオリジナル画ですが、それはかつてこんな運命をたどってきました。

まずゴッホの死後数年後に、遺族によってパリの画商、アンブロワーズ・ヴォラールに売られました。その時の値段は不明ですが、この画商が1897年にコペンハーゲンの女性コレクターに売った際の値段が300フラン(58ドル)であったという記録が残っているそうです。1897年に58ドルで、1990年に8250万ドルですから、142万倍です、単純な計算では!

ところでその後この画が市場に登場したのは、1911年にフランクフルト(ドイツ)のシュテーデル美術館がこの画を購入した時のことです。同美術館はこの画を20年余りの間、館内に展示していました。

ところが1933年にナチスが政権を獲得すると、事態が大きく変わりました。ゴッホはナチスが言うところの「退廃芸術家」に指定され、ヘルマン・ゲーリング(ドイツ第3帝国空軍大臣、国家元帥)という希代の絵画コレクターが率いる、歴史上もっとも貪欲な美術品泥棒組織の手によって押収されました。ナチスは当時、国内および占領地の美術館や個人から強奪した美術品を大量に売りさばいて金に換えていました。この画は、その中でアムステルダムの銀行家、フランツ・ケーニヒスに売られました。1938年のことでした。

ところがケーニヒスは、すぐにお金に困る事態に直面し、ドイツ人金融業者、ジークフリート・クラマルスキーに借金の肩代わりとしてこの画を渡したらしいのです。「らしい」というのは戦争中のことで、書類や記録が残っていないのだそうです。

1941年、クラマルスキー氏は家族を伴って、ニューヨークに移住します。名前からしても純粋なゲルマン系ではないと思われる、このクラマルスキー氏は、もしかしたらユダヤ系だったのかもしれません。

クラマルスキー氏はこの画をたいそう自慢にしていたらしく、よく美術館にも貸し出していたようです。氏の死後は遺言により、ニューヨークのメトロポリタン美術館の中の印象派ギャラリーのゴッホの部屋に展示されていました。所有権は氏の家族に属したままで。

1990年のオークションで当時の史上最高価格をつけた画は、こういう経路でアメリカにあったのです。そして、1990年、クラマルスキー氏の未亡人が健康を害した時に、その3人の子供達が、相続を控え、美術品マーケットの状態から判断し、この期を逃すべきではないと判断して、思い切ってオークションに出したというわけです。

もっとも、最近になってから、ナチスからこの画を買ったフランツ・ケーニヒスの孫にあたる女性が、所有権を主張し始めたというから、話はやこしくなってきました。

そもそもケーニヒス氏がクラマルスキー氏にこの画を渡したのは、アメリカに逃れようとしていたクラマルスキー氏に画を託してその安全を確保しようとしたのであって、売却したわけではないというのです。したがって所有権は自分の家族にあると主張しているのです。

もちろんクラマルスキー家では「金銭的に購入する契約があった」と主張していますが、なにせナチスと戦争がからんでいることでもあり、それらのいずれをも証明する証拠はないというわけです。

現在、この画の所有者が名乗り出ないのも、このケーニヒス氏の孫の訴えがある以上、姿をあらわせば、そのクレイムとも向き合わなければならなくなる、という点も影響しているのかもしれませんね。

それにしても、たいした経歴です。でも、上下を見比べてみますと、前言を翻すようで恐縮ですが、下の模写も決して悪くはないですね。(本人が描いたのですから、まあ当たり前と言えば当たり前ですが・・・) ことにガシェ医師の顔の表情と、テーブルの上の赤い布がすばらしいと思います。

ところで、絵画の取引というのは、どうもすさまじい世界のようです。

20世紀初頭のアメリカで、J.P. モルガン、アンドリュー・メロンなどという新興の大実業家を相手に、多量の古典的名画を売り込んだ伝説的美術商がいます。ジョセフ・デュヴィーンという人物です。彼は顧客が小切手帳を取り出すと、こんな熱弁をふるったのだそうです。

「芸術というものは、もともとお金では買えないものです。お金という有限のもので、芸術という無限の価値を手に入れることができるのですから、これほど貴重な掘り出し物はありません」と。

これでお金儲けに長けた財界の大物達は、こと絵画に関しては、言いなりの額を小切手に書いたというわけです。

もう1人ご紹介します。世界的なオークション会社、サザビーズの会長を20年以上も務めたピーター・ウィルソン氏は、こう言っていたのだそうです。

「私は自分が大ボラを吹いていることはよく承知していた。誰かに絵を売るように説得する時は、売るなら今しかありません、あなたが夢にも見たことがない巨額の利益が手に入るんです、今を逃がしたら2度とチャンスはありません、と言う。それがウソだということは私は十分承知していた。本当なら持っていた方がお得ですよ、とアドバイスすべきだったんだ。なぜなら買い手にはそう言って売りつけたからだ。投資のチャンスとしては今が最高です、今買わなかったら一生後悔しますよ、と。」

もともと蒐集家というのは、多かれ少なかれ偏執狂的なところがありますが、とくに美術品の蒐集家というのは見境がなくなり、成層圏の彼方へ飛んで行ってしまう傾向が強いのだそうです。それにしても、ことお金には人一倍さといはずの成金達が、こうしたブローカーにやすやすと乗せられてしまうところが、美術の面白いところかも知れませんね。

ダイヤモンドやルビーが○億円と言われると、「えー、それは高い!」と思う人でも、絵画となるとその感覚が微妙に異なるとは思いませんか? ある種の諦めというか、妙な納得感が出てくるような気がするのです。この世に2つとないものだし、これからも永遠にそうだから。

美術取引の世界では、どうも高値が抑止力にはならず、むしろ新たな魅力となるようです。記録破りの高値は、磁石となってさらに顧客を引きつけるのだそうです。買い手にとっては、高値は自分が求めているものの価値を証明し、売り手にとっては、新たな商品を市場に惹きつける力になります。ニューヨークの画商、ハロルド・サック氏(故人)は、「現金は蜜の香りがする」と言っていたそうですが、そんなものでしょうか?

それにしても、日本の銀行から上段のオリジナルを買い取った人物は、この画をどんなふうに楽しんでいるのでしょうか? ひとりでお酒を飲みながら、ニンマリというのは、あまり健康的ではないなあ、と思いますが、あなたはいかがお考えですか?


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