1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
老舗の店頭から
43 京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺
2006年8月31日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺


突然の気まぐれで恐縮ですが、「京都名刹めぐり」を再開させていただきます。5月23日に、「京都名刹めぐり その23 高台寺」を書き込んで以来ですが、またぼちぼちと書かせていただこうかな、と思っております。おつき合いいただけたら幸いです。

今回は、京都市の東北部、三千院や寂光院で有名な大原のちょっと北、古地谷(こちだに)にある、阿弥陀寺(あみだじ)という浄土宗のお寺です。

京都から日本海側に抜けると、そこは丹後か若狭(隣接しています)なのですが、そのうちの若狭(福井県)へ抜けるルートにも、古来たくさんの街道や峠がありました。それらは本来それぞれ固有の呼び名があるのですが、いつの頃からか、これらのルートは全体として、「鯖街道(さばかいどう)」と呼ばれるようになりました。

「鯖は足が速い」、と言われます。つまり魚の中でも腐るのが早いのです。「鯖の生き腐れ」という言葉が昔からありますが、18世紀後半から若狭で大量に捕れ出した鯖を、大消費地の京都に腐らせずに送ることは、とても大切なことだったのだろうと思います。

ですから、若狭から京都へ運ばれた様々な産物の代表として、輸送のスピードが最も要求された鯖にちなんだ名前が、街道に付けられたのだろうと思います。

当時、若狭から「鯖街道」を通って急送された、ひと塩ふった鯖は京の都に着く頃には、調度よい塩加減になったのだそうで、京都の食文化の中には今も若狭の魚が生きています。

個人的には、私は鯖があまり好きではありませんので、ほとんど食べないのですが、4年間の学生生活を京都で送った息子をその当時訪ねた妻が、彼に案内されて、上賀茂神社の近くの学生でも行ける安い定食屋さんで食べた、「鯖の味噌煮定食」がおいしかった、と今でも時折言いますから、きっと鯖は京都の庶民の暮らしにしっかりと根付いているのでしょう。

もちろん鯖街道は、単に鯖だけを運んだのではありません。様々な魚に加え、いろんな海産物も運ばれ、文化も運ばれました。北前船によって送られてきた物資が京都に運ばれ、京都からは多くの加工品が「都のかほり」と共に、若狭に届けられたわけです。

ところで「鯖街道」には、いくつかのルートがありました。最も有名で賑わったのが、「若狭街道」ですが、他にも、最短距離をとり、峠道を越え鞍馬街道につながる「針畑越え」、小浜から熊川を経て琵琶湖の今津に至る「九里半越」、美浜から滋賀の海津へ抜ける「栗柄越」、小浜から京都・高尾につながる「周山街道」などがあり、大きく分けて5つのルートがありました。

それらの中で、もっとも盛んに利用された道は、小浜から上中町の熊川宿を経て、京都の大原を通って、左京区の出町柳に至る「若狭街道」でした。出町柳は、賀茂川と高野川が合流して鴨川になる地点でして、市内の交通の要衝のひとつです。ちなみに、ここは毎年8月16日の晩に行われます、五山の送り火(大文字焼き)の代表、東山大文字を見るのには最高のスポットになります。

この出町柳から、高野川に沿って、川端通りを北上しますと、叡電(叡山電鉄)宝ヶ池駅あたりで、東に折れる道があります。国道367号線です。この道が、八瀬、大原を通って、若狭へ抜ける若狭街道です。

この道路も、さすがに大原を過ぎますと、観光地的な賑わいはまったく失せて、昔ながらの静寂があたりを支配しており、修行者が独座幽棲するにはふさわしいだろうなあ、という雰囲気があります。それでもこのあたりは、京都市左京区に属するのです。出町柳のあたりも左京区ですから、左京区って、ずいぶん広いのです。

そんな若狭街道から600メートル以上も山に入ったところに、阿彌陀寺はあります。正式な名称は、光明山 法国院 阿彌陀寺。少し南の大原の観光地的な賑わいが信じられないくらい、静寂さに満ち満ちたお寺です。私もかねてより、名前だけは聞いていたのですが、数年前の夏の終りの一日、ようやく訪れることができました。

平日の午後とは言え、訪れる人は少なく、妻と私が滞在した1時間ほどの間にすれ違った客は、2〜3人のみでした。まだ暑さの残る時期でしたので、思わず風通しのよい本堂の畳の上で、ちょっと横になったら(さすがにご本尊の阿弥陀如来座像に足を向けることはしませんでしたが)、2人ともしばらくウトウトとしてしまいました。拝観に行ったお寺で昼寝してしまったのは、これがはじめてでした。なんだか、不思議な雰囲気のあるお寺でした。

上の写真は、上から、本堂、山門(中国風です。これはまだお寺に向かって山を登る前の、鯖街道沿いにあります。)、それと本堂の隅に置いてある木魚と座布団です。こんなにたくさんの木魚が、こうして本堂に置いてあるということは、何かの法会の時に大勢の人が一時に使用することがあるのでしょう。

今はどうか知りませんが、当時、拝観受付は住職さんの奥さんがやっておられました。もちろん拝観者が少ないですから、専属に受付をしているわけではなく、拝観者は入口で合図をするのです。奥さんはもの静かな感じのよい方でした。

でも下の道路からずいぶんの距離を、毎日の生活に必要なものをどうやって運ぶのですか?と、私よりも生活感の強い妻が尋ねましたら、「今は一応、自動車で庫裡のすぐ近くまで登れるようにしてもらいました。以前は、一輪車で運び上げました。」とコトもなげにおっしゃっておられました。

あとで見たら、たしかに狭いながらも、そんな道路はありましたが、苔むしたお墓の中をしばらく通って庫裡に行くようになっており、静寂は好んでも、幽寂はあまり好まない妻などは、「とてもここには住めないわ。」とつぶやいておりました。

その妻のつぶやきは、この寺の奥にある開山僧侶、弾誓上人(たんぜいしょうにん)のミイラ仏(62歳で、自ら望んで石棺に埋められ、そのまま亡くなったのだそうです。『入定』(にゅうじょう)と言うのだそうですが)の存在を聞くと、ますます確固たるものになりました。

結局、宝物殿の奥にありますミイラ仏が納められているというその石廟には、妻がそんな気になれないということで行きませんでしたが、「ここの住職さんと結婚して、ここに住むことにならなくて本当によかった。夜など、どうやって過ごしたらよいのか、想像もつかない。」などというつぶやきに変わり、日常決して高い評価を受けていない夫としては、なんとなくトクをしたような気になりました。でも、想像以上に素敵な静寂とちょっとした幽寂のある独自の世界を楽しむことができました。

このお寺さんは、浄土宗知恩院派の寺だそうですが、開祖、弾誓上人を弾誓仏という本尊としているために、なぜか「一流本山」と呼ばれています。

知恩院といえば、祇園のすぐお隣にあります。円山公園と八坂神社をはさんですぐそばです。

「宗派の会合が本山であった時など、その流れで住職さんが夜、祇園のお座敷に出かけることなどないのかなあ?」

「もしそんなことがあった時は、寂しい若狭街道からさらに離れた幽寂の世界で、ミイラ仏と一緒に過ごす奥さんは、どんな気持になるのかなあ?」

などと、まことに手前勝手な想像をしてしまった私は、自分が、阿弥陀仏や入定とはいかにほど遠い世界に住んでいる俗物かを、あらためて思い知りました。深山幽谷のお寺として、是非お奨めします。私は心のクリーニングをしてもらったような気持になりましたよ。


最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
166 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 2
165 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 1
164 優れた作家の感受性のすごさ
163 「アウトドア般若心経」
162 紫紺の闇 (しこんのやみ)
161 言論を奪われ、異論を排除した時、戦争は止められなくなる。
160 法の精神(8月15日に際して)
159 戦争は、防衛を名目に始まる。
158 平泉 澄(きよし)
157 アンビグラム (Ambigram)
156 白虹事件
155 山崎と大山崎 その4 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 後編)
154 山崎と大山崎 その3 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 前編)
153 山崎と大山崎 その2 (大山崎山荘の誕生)
152 山崎と大山崎 その1
151 修学院離宮 Part 2
150 修学院離宮 Part 1
149 「漢詩のリズム」
148 最澄と空海 その3 (まとめ) 両雄並び立たず
147 最澄と空海 その2 薬子の変
146 最澄と空海 その1 還学生と留学生
145 桂離宮と豊臣秀吉
144 「漱石枕流」
143 忘れられない写真
142 松方コレクションと国立西洋美術館
141 カタロニア讃歌 (Homage to Catalonia)
140 「乱」と「変」
139 パナマ運河疑獄事件
138 水晶栓 (Le bouchon de cristal)
137 シュール・リー (sur lie)
136 「斉藤」、「斎藤」、「齊藤」、「齋藤」
135 宋靄齢・宋慶齢・宋美齢
134 マカオ今昔 その4 (最終回)
133 マカオ今昔 その3
132 マカオ今昔 その2
131 マカオ今昔 その1
130 四神(しじん)
129 森 恪 (読みにくい名前を、もう1件)
128 大給 恒
127 ローマの休日 (Roman Holiday)
126 ラファエル前派
125 京都名刹めぐり その29 大覚寺
124 京都名刹めぐり その28 金戒光明寺
123 京都名刹めぐり その27 清閑寺
122 京都名刹めぐり その26 山科の毘沙門堂
121 京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景
120 BYO ワインクラブ
119 「懐石料理」と「会席料理」
118 ナイト・ホークス
117 景徳鎮・有田・マイセン
116 瑠璃光院の不思議
115 葭と葦 (永源寺にて)
114 「プラハの春」、「ベルリンの秋」、「ウィーンの冬」
113 アルクイユ (Arcueil)
112 カンパリ (CAMPARI)
111 耕論 「ミシュラン、おいでやす」
110 美術展作品の輸送について
109 エトルタの針は空洞か? 
108 「無縁社会」
107 秋艸道人
106 白毫寺(びゃくごうじ)
105 2人のラ・トゥール
104 ブラジリアン・マジック
102 ジュール・シュレ美術館の盗難事件
101 シャントルイユの「空」
100 白凛居へ行って参りました。
99 イコン異聞 (日本人イコン画家 山下りん)
98 新たな気持で
97 セザンヌ、その光と陰
96 「マキシミリアン」の謎解き
95 マキシミリアン (Maximilian)
94 土佐派
93 カトリーヌ & マリー
92 真珠の 「耳飾り」 と 「首飾り」
91 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
90 私と絵画
89 八点鐘 (はちてんしょう)
88 五山の送り火クイズ
87 白い送り火
86 春 (La Primavera)
85 カラバッジオ (Caravaggio)
84 一度は消えた画家
83 マニュエル・ゴドイ (Manuel Godoy)
82 フリーダ・カーロ (Frida Kahlo)
81 ジョージア・オキーフ (Georgia O’Keeffe)
80 ラ・リュッシュ (La Ruche)
79 マルディ・グラ (Mardi Gras)
78 接吻 (Der Kuss)
77 ワイエス
76 ラス・メニーナス (Las Meninas)
75 オールドホーム (The Old Home)
74 私と村 (Moi et le village)
73 メデューズの筏
72 破戒僧と尼僧
71 遠近法とパオロ・ウッチェルロ
70 オシュデ (The Hoschede)
69 アプサント (L’absinthe)
68 草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)
67 オランピア (Olympia)
66 ジオットとEU
65 オルナンの埋葬
64 フェルメールの魅力
63 レカミエ夫人の肖像
62 コタン小路
61 上七軒(かみひちけん)
60 祇園のお座敷便り その1
59 サント・ヴィクトワール山 (La Montagne Sainte-Victoire)
58 ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン
57 京都花街概論
56 ネゴーシアン (negociant)
55 オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア
54 AOC
53 世田谷美術館へ出かけませんか?
52 シャトー・ラトゥール
51 セーヌ川をはさんで
50 グランド・ジャット島の日曜日の午後
49 ムートン・ロートシルト
48 ポール・デュラン−リュエル (Paul Durand-Ruel)
47 イケーム (Yquem)
46 タリスマン (Le talisman)
45 アリスカン (Les Alyscamps)
44 月と六ペンス (The Moon and Sixpence)
43 京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺
42 オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)
41 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編
40 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 前置き編
39 パリ市民とバリケード (barricade)
38 シャトー・ペトリュス (Chateau Petrus)
37 返却されなかった名画 <アルルの寝室>
36 真夏の夜のワインの夢 in ロンドン   
35 ヴィンセント・ファン・ゴッホとオーヴェールの教会
34 Ullage (アリッジ)
33 複雑な素朴派、アンリ・ルソー
32 フランス・ワイン通史 その2
31 フランス・ワイン通史 その1
30 風の花嫁
29 カナの婚礼
28 切り分けられた名画、ショパンとジョルジュ・サンド
27 「都会の踊り」 と 「田舎の踊り」
26 京都名刹めぐり その23 高台寺
25 京都名刹めぐり その22 法然院
24 京都名刹めぐり その21 平等院(宇治)
23 京都名刹めぐり その20 東福寺
22 京都名刹めぐり その19 泉涌寺
21 京都名刹めぐり その18 智積院
20 (突然ですが・・・)ドレフュス事件とエミール・ガレ
19 京都名刹めぐり その17 六波羅蜜寺
18 京都名刹めぐり その16 実相院
17 賀茂一族
16 京都名刹めぐり その15 正伝寺
15 京都名刹めぐり その14 六道珍皇寺
14 閑話休題 「I have a reservation.」 
13 京都名刹めぐり その13 狸谷山不動院
12 京都名刹めぐり その12 安井金比羅宮
11 京都名刹めぐり その11 圓光寺 (えんこうじ)
10 京都名刹めぐり その10 金福寺 (こんぷくじ)
9 京都名刹めぐり その9 東山大文字の火床はこうなっておりました。
8 京都名刹めぐり その8 五山の送り火異聞
7 京都名刹めぐり その7 大河内山荘
6 京都名刹めぐり その6 京都五山の送り火(大文字焼き)体験記
5 京都名刹めぐり その5 上賀茂神社の斎王代
4 京都名刹めぐり その4 祇王寺
3 京都名刹めぐり その3 光悦寺
2 京都名刹めぐり その2 善峯寺
1 京都名刹めぐり その1 西山光明寺
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 4 6 7 1
昨日の訪問者数0 3 6 6 2 本日の現在までの訪問者数0 3 2 4 9