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僕の偏見紀行
110 老いぬれば
2011年1月1日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 昨秋の一日、高校時代の親友と日田、湯布院、九重などを巡った。晩秋の久住山麓の長者原はシンとして人影も少なく寒かった。山頂付近はうっすらと雪化粧していた。
▲ 同じく日田郊外の小鹿田焼き(おんたやき)の窯元にて。とびカンナで付けられた独特の模様が美しい。とびカンナは、回転するろくろ上の器の表面にL字状の刃物の先を軽く当てながら刃先をはずませ、一定のリズムで模様を刻んでいく小鹿田焼き独特の技法。
▲ 昨秋、孫一家と出かけた天草の旅。下田温泉近くの景勝地妙見浦の海岸にて。空も海も限りなく青く美しかった。
  老いぬれば  メッキもはげて  生きやすし
               (田辺聖子)

いいなあ、この路線で行こう。
昨年4月末、65才を機に仕事からリタイアした僕は思った。

昭和20年4月生まれの満65才。どこから見ても立派な老人になった。ここまで無事たどり着きまことにめでたい。
 
もう電車のシルバーシートを前に遠慮することもない。飛行機だって、当日空席があれば日本全国たいていのところへ1万2千円で行ける。予約はできないが時間なら馬に食わすほどある身、朝から待ってりゃいつか乗れるだろう。

これからの人生、嵐山光三郎流でいえば下り坂、あわててつんのめって転ばぬようノンビリ下ろう。剥げ残ったメッキがあれば振り落とし、勝手気ままに過ごしたい。

寄る年波には素直に従おう。アンチエイジングなど笑止千万、年とともに体型も変わる、無理もきかなくなるのは当たり前のこと。ありのままを受け入れ、全てを肯定し気楽に生きる。エンジョイエイジング、たまにはいいこともあるだろう。

釈迦最期の教えに「自灯明・法灯明」とある。釈迦入滅後は、確立した自己と法(釈迦の教え)を灯りとし、それをよりどころとして生きよ、ということだが、自己の確立が法の前におかれている。世間に左右されないしっかりとした自己がなければいかなる教えも虚しい。

と、ひとり力んで意地を張ったところで、はたから見ればそれがどうした、関係ない話だろう。しかし話の通じる人とだけ付き合えればそれで充分。もしそんな人がいなきゃ仕方ない、世間の片隅でひとり静かに微笑みながら生きていこう。

古代インド人の理想の人生では、その終盤の3番目のステージ「林住期」になると、人は家を捨て森林に隠棲して思索にふける暮らしに入る。

さらに最終ステージ「遊行期」に入ると森ををあとにして放浪の旅にでて生を終える。いくら削ぎ落としてもそこまで捨てることの出来ない僕は、せめて気持ちの持ち方ぐらい近づきたい。

自由時間が増えると自然とふるさとへ帰ることが多くなった。昨年は春と秋2回ずつ、それぞれ1週間ほど九州へ帰った。友人たちと遊んだり、姉たちと両親の墓参りをして温泉へ行ったりもした。鹿児島にいる息子一家と日南や天草を旅した。孫と一緒の旅は僕に新しい楽しみをおしえてくれた。

  ふるさとへ まわる六部は 気の弱り(古川柳)

聖地へ奉納する六十六部の経文を背負い、諸国を行脚する六部とよばれる修行者さえ、気が弱るとついふるさとへ向かう。いそいそと九州へ向かう僕の心は老いた証しだろう。

戻るとまず小学校中学校時代の友人たちとの再会が待っている。友人が営む居酒屋や焼き鳥屋が集合場所だ。同窓会ではないが都合のついた10人ほどが集まる。とりとめのない話題で過ごす時間は瞬く間に過ぎてしまう。

昨秋はつらい話もあった。僕が九州へ出かける少し前に思いも寄らぬ訃報があった。

「まだ詳しかこつは分からんばってん、サナエさんが死んだげな」幼馴染のユウチャンだった。

そんなバカな、驚いた僕は言葉を失った。春に戻った時には仲間との会食にいつものように駆けつけてくれたのに。

地味で控えめな彼女は目立つ存在ではなかった。親切で気のいい彼女は同窓会でも、手のかかる裏方の仕事を進んで引き受けてくれた。やる時はやるのにいつも控えめな彼女はみんなに好かれた。

僕の悪童仲間でも彼女を悪くいう者は一人もいなかった。最後となった春の集まりでは、やりがいのある仕事とご主人との週末ゴルフが楽しみだといっていたのに。もうすぐ100を切れそうだと喜んでいたというのに。

仕事熱心だった彼女は昨年の猛暑にもまけず頑張ったようだ。時々体調不良を訴えていたが、病いに気づいたときは手遅れだったらしい。

葬儀に行けない僕は弔電を打つことにした。自分で書いた電文を電話口で読みあげながら悲しくてたまらなかった。

その後戻った時の会食の席でも彼女を惜しむ声が多かった。まだ集まって酒を飲む心境になれない、と欠席した友人もいた。彼女のファンだと公言していた友人は肩を落としていた。

2次会にマサ君の焼き鳥屋に行った。マサは珍しく酔っていた。高校野球のエースも年老いて酒に弱くなったのだろうか。

マサは酔った目で僕を見ながら「トキツは生意気ばってん、よかとこもあるけん山芋ば食わしちゃろ。今日オイが山で掘って来たっぜ。」といった。

粘りが強く、すりおろしてもコロコロした餅のような自然薯を海苔に挟んでちょっと醤油に浸す。焼酎のお湯割と味わうとまさしくふるさとの山の匂いがする。はるか昔、秋になるとアケビやクリなどを探して分け入った山。

酔ってかたわらの友人に絡んでいたマサが突然いいだした。

「サナエさんはよか人やった。オマエもそげん思わんか。なんでこげんよかもんから死ぬっちゃろか」

葬式の前夜、彼は「オイは明日サナエさんの葬式に行ったら泣くかもしれん」と親しい友人にに告げて嘆いたという。

老いるということは、このように大切なものを少しづつ失っていくということでもあるのか。そう考えると切ない。
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93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
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91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
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87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
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84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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