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縁の下のバイオリン弾き
22 帽子の話(3)「新撰組」
2011年4月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 土方歳三
私は1977年にアメリカに来た。最初に住んだのはボストンだった。名だたる良港である。その年の夏、港内にあるジョージス島という島に遊びに行った。島には南北戦争の時に作られたという砦(とりで)の廃墟があるばかりである。ボストンはアメリカでも北のはずれだから、砦をつくっても実際に戦闘があったわけではない。南軍の捕虜を監禁するのに使われたそうだ。

しかしその砦に登ってみて私はびっくりした。なんと、それは高校の修学旅行でおとずれた函館の五稜郭そっくりの形をしているのであった。いや、それは話が逆で、五稜郭の方が当時の世界最新式の築城術をとりいれたのだろう。

五稜郭とは「5角形の砦」という意味だ。その名のとおり5角の星の形をしている。こうすると死角がなくなって守るのには大変便利なのだ。でもそれが外国の砦のまねなのだとは知らなかった。南北戦争がおわったのは明治維新のわずか3年前だ。五稜郭は維新の前に完成しているからジョージス島の砦と五稜郭はほとんど同時に作られたと言っていい。当時世界の各地でこのような5角形の砦がつくられていたのだろう。そういうのがわれわれに知られずにまだたくさん残っているはずだと思う。ジョージス島で私は日本の歴史から突然世界の歴史に連れ出されたような気がした。

徳川幕府が官軍に敗れた後、海軍副総裁だった榎本武揚(えのもとたけあき)は幕府の軍艦をひきいて江戸を脱走し、蝦夷地(北海道)に新政権を樹立した。これがいわゆる蝦夷共和国だ。この政権は明治新政府に攻撃されて短命に終わったが、その本拠地が五稜郭だった。

共和国にふさわしく選挙でリーダーをきめている。その中に新撰組の副長として京都で勇名を馳せた土方歳三(ひじかたとしぞう)がいた。土方は陸軍奉行並というから陸軍大臣待遇だったわけだ。

新撰組といえば私が子どもの頃は悪役にきまっていた。勝った明治政府があとで開国に踏み切ったために、彼らこそが進歩的で正義の味方であり、封建主義の幕府は時代遅れの反動政府だ、という考えがだれの頭にもしみ込んでいた。新撰組は尊王攘夷の志士を斬った「幕府の犬」ということになっていた。

でも実際は幕府の方こそ開国主義だった、というか、開国せざるを得ない事をよく知っていたのだ。攘夷というのは「外国人を打ち払え」ということなのだから、明治になってからも最初のうちは新政府に絶望していた、と「洋学者」福沢諭吉は書いている。


土方歳三には写真が残っている。北海道に来てから撮られたものだと思われる。当時幕府が採用していたフランス風の軍服を着て、頭のまげは切ってあり、オールバックにしている。帽子はかぶっていない。しかし軍服であるからには帽子があるはずだ。土方はいないが共和国の重立った面々が写っている写真を見ると みな同じ軍服を着て、帽子を手に持っている。それを見るとてっぺんが平らになった野球帽スタイルだ。

明治政府の散髪脱刀令(髪型を自由にしてよい、武士は刀は差さなくてもよいという布告)は明治4年に出されているが、幕府軍ではフランス風の軍装のため、早くからまげを切る兵士が続出した。考えてみるとまげをつけたままでこのような軍帽をかぶることはできないから、土方歳三がまげを切っているのは当然のことだ。

選挙で総裁になった榎本武揚はオランダに留学した人で、まげは留学中に切っている。攘夷なんてとんでもない、幕府一の西洋通だった。そのためもあるのだろうが榎本の下には幕府の軍事顧問だったフランス軍人ジュール・ブリュネとその部下がいた。自分たちが育てた幕軍を見捨てられず、帰国を命ずるフランス皇帝に辞表を送って榎本とともに戦った。

おもしろいのは、フランスの軍人と一緒にとった写真では日本人もみな帽子をかぶっているのに、日本人だけの写真では誰も帽子をかぶっていないことだ。手に持ってはいるのだけれど。やはり江戸以来の習慣がつい帽子をかぶらせなかったのであろう。

土方歳三は五稜郭をまもって明治2年に戦死した。34歳だった。

* **

新撰組物語の山場の一つは疑いもなく池田屋事変だろう。明治維新より4年ばかり前の話だ。京都の旅館池田屋に勤王の志士が集まって倒幕の密議をこらしている、という情報を得た局長(隊長のこと)近藤勇(こんどういさみ)は隊員を引き連れてここを急襲する。勤王の志士というのは新撰組の側から見ればテロリストにほかならない。実際この時の彼らの議題には京都に火をかける、というのがあったのだから、警察役である新撰組が見のがせるものではない。

情報では別の場所でも会議がもたれているということだったので、そちらには土方をやり、最初近藤は自身もいれてたった5人で斬り込んだ(あとで土方隊もかけつけた)。志士のほうは30人ぐらいだった。新撰組襲来に彼らは死にものぐるいになって戦い、戦闘は2時間あまりにおよんだ。志士7人が斬り殺され、あとは逮捕された。その時の傷がもとでのちに死んだ者もいる。

戦いの後に近藤勇が養父にあてて経過を報告した手紙がある。その中でかれは敵のことを「万夫の勇士」(ばんぷのゆうし)と絶賛している。一万人がたばになってかかってもかなわないほど強い、という意味だ。

そしてその戦闘の激しさを描写する中で「沖田総司の刀の帽子折れ」と書いている。

沖田総司は新撰組の中で今でももっとも人気の高い隊員だ。年齢が若く(この時23歳)、それにもかかわらず天才的に剣術にすぐれ、しかも肺病病みである。

この「沖田総司の刀の帽子折れ」というのが私にはながらく分からなかった。刀に帽子があるはずがない。何年もかかってやっと分かったことは、これは刀の切っ先あたりのことで、もともとは「鋩子(ぼうし)」と書いた、ということである。この「鋩」というのが切っ先のことで子には意味がない(帽子に子がついているのと同じだ)。

つまり沖田総司が斬りまくっている間に刀の先端がポキンと折れてしまった、そのぐらいすさまじい戦闘だった、と近藤は言いたいのだ。

事情はわかったけれど、私はこの書き間違いを近藤の教養のなさのためだと思った。近藤勇はもともと武士ではなく、関東の豪農の息子だった。剣術指南の道場主の養子になって武士の格好はしていたけれどどの藩に属しているわけでもない。だから身分ははなはだあいまいだ。そういう「浪士」をあつめて幕府の役に立たせようと考えた者がいて浪士隊というものを組織した。京都に送られてこれが後の新撰組となり、近藤が隊長になった。

近藤は一生懸命学問にもはげんだようだけれど、それでもこんな書き間違いをする。やっぱり付け焼き刃ではだめだなあ、と思った。

ところがとんでもない。そうではないのだ。これはまったく私の誤解だった。刀のこの部分は昔も今も「帽子」と書かれるのが普通なのだ。なにも近藤に限ったことではない。ひとつには「鋩」という漢字があまりにもむずかしく、だれもなじみがないからだろう。そこで同音の「帽子」と書くようになった。

現在、刀の各部の名称をネットでしらべてみても、たいていは「帽子」と書いてある。これはもちろん現代の人間が帽子の意味がわからないからではない。刀が実用の武器ではなくなったから、刀の「帽子」が何であるかなど、どうでもよくなったのだ。そして江戸時代の解説書をそのまま使っているから今でもこの書き方がはばをきかせている。

私はこれをおもしろいことだと考える。江戸時代の武士が刀の部分の名称に「帽子」を使ったのは帽子ということばがその当時実態をなくしていたからではなかろうか。どんな形であれ頭にかぶる帽子をいつも使っていて、帽子と呼んでいたのだったら、いくら音が同じでも刀の切っ先のことを「帽子」と表現するはずはない。帽子ということばはあったけれど、だれも実物をかぶっていないから、こんな書き間違いができたのだろう。

坂本龍馬は袴(はかま)に革靴をはいて写真をとった。明治時代になると革靴だけでなく、和服に山高帽をかぶるというスタイルができた。その帽子は「文明開化」の象徴だった。和服をぬぐことはできないけれど、時代におくれてはいないぞ、ということを見せるために帽子をかぶったのだ。それは帽子が新しいものだったからで、江戸時代には帽子をかぶらなかったからこそ、帽子イコール「進歩」だったのだ。

新撰組をあつかった映画に大島渚監督の「御法度(ごはっと)」(1999年)がある。はじめに「京都1865年」という字幕が出る。1865年は慶應元年だけど、今や「慶應元年」とは書けない、いや書いても無意味だ、と監督は考えたのだったろう。

しかし考えてみれば1865年と聞いていったいどれだけの日本人が具体的なイメージを持つことができるだろう。そう考えれば「1865年」もまた無意味なのだ。それはとりもなおさずわれわれが歴史をなくしてしまったということではあるまいか。

帽子ひとつとってみても江戸時代には頭になにもかぶらないのが普通だった、ということがわからなくなってしまった。1960年代にはじまる無帽の時代は日本人にとっては一種の先祖返りなのだ、と考えるのはとても興味深いことだと思う。
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