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縁の下のバイオリン弾き
143 微妙なたわみ
2017年11月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
もう一年前になってしまったが、去年の今頃はこのロゴがどこでも見られた。ヒラリー・クリントンの選挙運動のロゴだ。

ヒラリーのHにかぶせて矢印が描いてある。ヒラリーとともに前進しよう、この方向に行けばまちがいない、というメッセージを込めたサインだ。それは結局かなわなかったのだけれど。

悪いデザインではないのだが、私にはどうもいまひとつピンとこないものがあった。

今考えてみると、矢印の方向がおかしいから違和感があったのだ。前進する、というときにこの向きではぴったりこない。逆ではないか。未来に開いていく方向は右から左ではないか。

そう考える原因ははっきりしている。縦書きの日本語を書くときには右から左に書いてゆくからだ。始まりは右のはしにあって、そこから時間をあらわす線が左のほうにのびてゆくべきなのだ。

そんなことはない、という人も多いのかもしれない。いまや日本人は左から右に横書きする人が大部分だ。学校のノートを取るときにはまず横書きだろう。現にこの文章だって私は横書きにしている。だから始まりは左のはしだ。論理的にいえばそこから右にむかって未来に続く線がのびていくのはすこしもおかしくない。

しかし私にはこの矢印は「手前」に来ているように思われてならない。

これが私だけの感覚で、大部分の日本人はそんなふうには思わない、というのだったら、私はまったくの浦島太郎だ。しかしじっさいのところ、そうなのかどうかがわからない。

そんなふうに違和感をもつことがアメリカ生活ではしばしばある。それは単に私が「古い」からで、日本の生活も今ではアメリカと同じなんだったら、孤独を感じてしまう。そういうふうに日米で違いがあるなあ、と私が感じることを書いてみたい。


だいぶ昔のことになるが、ハーバードで日本文学を教えていた板坂元さんの著書に「アメリカにはまな板のない家庭がいくらもある」ということが書いてあった。

これはすぐれた観察で、ほんとうにアメリカにはまな板を使わない人が多い。日本ではまな板のない台所は考えることもできないが、アメリカではまな板はあってもなくてもいい道具だ。たとえまな板があっても、チーズを切るための小さいものや、プラスチックでできたペラペラの紙のようなものだったりする。

それはなぜか。板坂さんは書いていないが、日米で包丁あるいはナイフの使い方が違うからだ。

日本では包丁でものを切る時、それをうけとめるまな板がなければ使い物にならない。

まだ若い頃、あるパーティーでサラダを作るのをてつだって、長ネギをきざんだことがある。アメリカでネギはそんな切り方をしないんだが、日本式に左手の指を内側にまげてまな板のネギをおさえ、キッチンナイフで目にもとまらぬ速さで切りきざんだ。「こんな神業(かみわざ)はできないだろう、どーだ!」というつもりだった。

ところが台所を通りかかったアメリカ人の男性に、「すごいねえ。でもぼくには君が自分の爪をしゃかりきになって削(けず)っているようにしか見えない」とじょうだんをいわれた。私は苦笑するほかなかった。

アメリカ人だってたいていの人はまな板を使うだろうが、もしまな板がなかったり、面倒だと思えば、台所ばさみを使うという手がある。もっと自然なのは、サラダボウルの上でネギを二三本まとめて持ち、ナイフをむこうから手前にひいて切る、というやりかただ。にんじんなんかだってこの「手前にひいて切る」というやりかたで1本をたてに4分割し、それを今度は横に切る、というふうにして細かくしたものをボウルに落とす(図参照)。

この切り方をなんというのか、そもそも名前があるのか、私は知らない。インターネットで調べてみたが、「切り方」としか書かなかったのに、でてくるものはすべてまな板を想定した食材の切り方だった。日本ではまな板を使わない切り方は想像もできないことなんだな、ということがよくわかった。

この切り方を私は映画から学んだ。子供のとき「シェーン」という西部劇を見たのだが、ある人物が椅子に腰掛け、馬鹿でかいナイフで何かを切りながら食べているシーンがあった。その「何か」はいまだになんだかわからないのであるが(クルミだろうか、桃だろうか)、その食べ方は妙にいじましくて印象に残った。

また「アパッチ砦」という映画ではジョン・ウェインが野外でビーフ・ジャーキーをこういう切り方で口にいれている。この食べ方がいいのは切ったそばから口に入れることができる、ということだ。まな板はいうまでもなく、食卓だって皿だって必要ない、ということだ。

本多勝一の「カナダ・エスキモー」によるとイヌイットつまりエスキモーのうちにはアザラシやカリブーのナマ肉が置いてあり、人々は好きなときにそれをナイフで切り取って食べるそうだ。食事時間も不定なら、食卓もない。「肉を食べるとき、彼ら(こどもたち)は必ず残りの一端を口にくわえ、口の直前でナイフを使って一口ずつ切る。私もまねてみたが、口を切りそうでどきどきする。だが、この方法は3歳のカヤでもやっている」と書いてある。

くわしくは書いてないけど、ナイフはまな板で使うようにむこうに押し切るのではなく、刃を手前にしてこちらに切るのだ。写真でそうしているのがわかる。

西洋の酒場なんかでよくソーセージを吊るしてあるのを見るが、あれも空中で食べ物を切る、という伝統があるからそうなっているのだろう。日本では考えられないことだ。

刺身はまな板なしではできない。それは日本料理にとってすばらしいことだったけれど、空中で切るという発想がなかったことが大きく影響していると思う。


また裁縫で布をどのように縫うか、というのでも日本と西洋では大きな違いがある。日本人がだれでもやる「なみ縫い」を西洋人はしなかった。「なみ縫い」というのは針を右手に持ったらそれをほとんど動かさず、左手に引っ張った布を上下に動かして縫っていくやり方だ。これをしばらくやると縫い目が詰まってアコーディオン状になるから、手でのばして(「糸をこく」という)たいらにしてからまた縫い始める。

西洋では一針一針、針を押して布に通し、それをまた裏からこちらに通して縫っていく。 驚くほど非能率的なやりかただ。

日本では「指ぬき」は中指にはめる輪のようなものだ。「なみ縫い」中の針を手の中に固定させるために指ぬきに針の根元をあてがう。西洋のものは「シンブル」といって指先にかぶせるようになっている。針の根元を当てるための細かいくぼみが一面についていて、これで針を押し貫くのだ。

あんな縫い方をしていたんだったら、19世紀の前半にミシンが発明されたのももっともだ。考えてみると江戸時代の日本では縫い物ができるということが女のたしなみだった。だれでも着物を仕立て上げることができなければならない、とされていた。

日本にも仕立屋がいたけれど、よほど難しいものを手がけたのだろうと想像される。

それに反して西洋ではテイラーがごくふつうに存在していた。洋服というものが人体に寸法をあわせて作られるから、またあんなまどろっこしい縫い方では時間がかかりすぎるから専門家に任せる、ということだったのだろう。


キャンプするときに使う寝袋をごぞんじだろうか。使った後は袋に押し込む。順序なんかない。ただ押し込むのである。寝袋というのはその用途からぶかぶかしているのが本来だから、ほかにやりようがない。

でももしあれが日本で発明されていたら、と私は夢想する。必ずちゃんとたためるようにして、袋に入れるときもキチンとした順序で入れられるにちがいない、と。あんなぶかぶかした丸い袋でなく、収納に便利なように四角な形状を持つことになっただろう、と。

アメリカでは「フトン」が大人気だ。それは日本の布団がたためる、という点が魅力的に思われるからだ。ベッドに敷きっぱなしのマットレスとちがい、限られた空間を上手に利用する日本人の考え方をまなんだアメリカ人はそれを自分たちの生活にとりいれようとした。

アメリカにはクロゼットはあるが日本のような押入れはないから、彼らはこれをソファーに転用した。ソファーの骨組みは木でできていて、寝るときにはこれを平らにできる。その上に布団をしくわけだ。

ソファーにするときには、角度をつけるために、たためるマットレスを使う。中身はマットレスでありながら、3重ぐらいにたためるようにしたものだ。要するに体育で使うマットと同じ形式だ。これが「フトン」だ。

ね、私がたためる寝袋を夢想するのもまったく根拠のないことではない、ということが理解されるでしょう。たためるものができたって、その方が上等というわけではない。ただ、日本人が作ったならそういう寝袋になるだろうな、と思うだけだ。


アメリカ人の作ったもので、いらざる工夫をこらしている、と感じるものもある。これは工具におおいのだが、 柄(え)に指の形を彫り込んだものがある。たとえばハンマーなどだ。指をそれにぴったり重ねて持つと指が食い込む感じがしていかにもしっかりにぎった、という感覚があるのかもしれない。でも手の小さい私が持つとその指のあと自体が大きすぎて使いづらい。サイズがちがう人もいるんだから、余計なお節介だ。

それにくらべると、まっすぐな日本の柄は簡素であるばかりでなく、美しくさえある。

そういうことは斧(おの)の柄にも言える。アメリカの大型の斧の柄は微妙にたわんでいる。そのほうが力が入る、ということなのかもしれない。

人間工学というのだろうか。でもまっすぐな柄をとりつけた斧をふるったら、力余ってその柄が折れた、なんて経験を持つ人が何人いるだろう 。その方ががんじょうそうに見える、というだけで、つまり見場のために柄をたわめているのではないだろうか。


それからアーチェリーに使う弓だ。滑車みたいなのがついていて、なるほど弓のたわみを利用して最大限の力を引き出す、という意味ではよく考えられている。でも、弓矢というものはもともと武器として考え出されたものだ。そしてその有効期間はすでにすぎている。今でも狩猟に使用する人がいることはいるが、一般的にいって弓はすでに過去のものだ。

過去のものなら過去に存在した形でいいじゃないか。木に竹をついだようにモダンな工夫をこらしていったいなんになるのか。

そういう意味では日本の弓道はすぐれていると思う。命中の精度をあげることはさっぱりあきらめて、精神的な面を強調している。どうせ実戦には役にたたない。競技としても源平時代のハンディのままで優劣を競うほうが愉快ではないか。

そして、それにもかかわらず名人が放つと矢は的に命中する。それに感嘆してしまうのは、命中させることがいかにむずかしいかということを、われわれ日本人はもうほとんど本能的に知っているからだ。


私は裁縫をしないし、大工仕事もしない。弓なんか持ったこともない。そんな人間がなぜこのようなことを書いているか。それは、現在の日本でも、柄が微妙にたわんでいる斧が売られているのを知っているからだ。ひょっとしたら和弓にも精度を高める工夫が施されているのかもしれない。まな板がないのはべつにアメリカにかぎらないよ、と鼻であしらわれたらどうしよう。そういうおそれを抱き出すと、なんだか絶海の孤島に流されたような気がする。
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