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46 タリスマン (Le talisman)
2006年9月13日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


























タリスマン (Le talisman)


ここ2回ほどの書き込みで、後期印象派の画家、ポール・ゴーギャン(Eugène Henri Paul Gauguin 1848〜1903)の人生の様々な面を考えて来ましたが、今回がとりあえず最終回です。(複雑な性格のご本人からすれば、3回やそこいらで、自分の人生を語られてたまるか、と言われそうですが、まあ、そのあたりはご容赦いただくことにしましょう。)

今回は、そもそもは日曜画家として絵と関わりを持ち始めたゴーギャンの、あまり知られていない側面を見てみます。それは、19世紀の最後の10年間に活躍した、ナビ派との関わりの中に見られました。

「あの樹はいったい何色に見えるかね。多少赤みがかって見える? よろしい、それなら画面には真っ赤な色を置きたまえ。 それからその影は? どちらかと言えば青みがかっているね。 それでは君のパレットの中の最も美しい青を画面に置きたまえ・・・。」

1888年10月、フランス西南部のブルターニュ地方、ポンタヴェンに逗留中だったゴーギャンが画塾アカデミーの学生監だったポール・セリュジエ (Paul Serusier) にこう指導して描かせたのが上の絵、タリスマン (Le talisman) です。絵のサイズは、27cm × 22cm と極めて小さいのですが、20世紀の絵画史上、たいへん重要な意味を持った絵なのです。

ところで、1888年10月と言えば、ゴーギャンは同月23日にゴッホの待つアルルに到着していますので、おそらくパリからアルルに行く途中で、ブルターニュに立ち寄ったものと思われます。ちょっと回り道ではありますが、方角としては、パリから南下という意味で同方向ではありましたから。

この絵、今の時代の私達から見れば、とくに抵抗もなく見ることができますよね。抽象画のように見えるのですが、カンディンスキーやミロのような純粋抽象画とは異質です。でもそれまで営々と続いてきた、写実的表現という絵画に対する根本的な考え方を捨て、自然をそのまま写し出すのではなく、その中から大切なものだけを取り出してつくるのが芸術だという20世紀抽象芸術の第一歩となったわけです。その意味では、ゴーギャンも、20世紀絵画への橋渡し役の1人であったと言うことができます。

タリスマンとは、「お守り」という意味です。この絵は、その後成立するナビ派(ヘブライ語で予言者という意味)の設立宣言とでも言うべき画になったのです。ナビ派は、セリュジエ、ドニ、ボナール、ヴュイヤール、マイヨール達が主になり、それまでの前衛であった印象派が売れ始めて、社会的に公認されてきた19世紀の最後の10年間に印象派に取って代わって、前衛絵画作家として活躍した画家達のグループです。

近代の芸術活動においては、間違いなく中心地のひとつであったフランス社会に多少ともふれてみて判ってきたのですが、あの国には芸術に限らず、非常に強い伝統と保守主義があります。それはたいへん頑迷と言ってもよいくらいの、強固な保守主義です。

その一方で、とりわけ芸術の分野では、若手達は自分の夢や理想を追い求めながら、その伝統と権威を打ち壊していくことに自分の存在意義を見出しています。つまり、革命を指向しない芸術は芸術ではない、と言ってもよいくらいの強い変革指向が若手にはあるのです。

芸術的権威を打ち壊した新しい文化が、時を経て権威になると、また必ず次の新しいものに取って代わられる。そのダイナミズムがフランスだけでなく、人類の文化発達の原動力であったと私は思います。でもその程度が、フランスという国は中途半端ではないのです。お金と権威と権力で支配しようとする大人達を、若さと変革意識で打倒しようとする若者達といった構図ですね。でもこれは健全な闘いですよね。私などは、それがない方がむしろ不気味だと思います。

さて、セリュジエがゴーギャンに言われた通りに、キャンバスに思いきって強い色を置いていったら、自分でも気がつかないうちに、上の絵のような不思議な世界が現れてきたので、自分がまずびっくりし、早速仲間達に見せました。そして、このタリスマンに魅せられた仲間達がナビ派というグループを作ったわけです。

このグループの画家達は、具象的な題材を画面から放逐したわけではありませんが、「芸術は抽象だ」(芸術は爆発だ!と言っていた人が日本にもおられましたね、私の好みではありませんでしたが・・・)という彼らの思想の延長上に20世紀の抽象絵画が誕生することになったわけですから、彼らは優秀な前衛であったのです。何の世界でも無駄なようでも前衛って、やはり必要なのですね。

ところで私が不思議な共通点だと長年思っていることがあります。

ナビ派の絵は、なんとなく存在感の薄い、人間を描いた絵で言えば、ちゃんと足がついているのかしら?と思ってしまうような生命力に乏しい絵が多いのです。あんなに生き生きと、光と水を描いた印象派のすぐあとなのに。

時代は違うのですが、それと同様に、あんなに生き生きと人間と生命を表現したルネッサンス芸術のすぐ後に、「マニエリスム」という、極めて存在感に乏しい芸術運動が出てきましたね。なんだか私にはこの2つは似て見えるのです、マニエリスムとナビ派が。

これはやっぱり「揺り戻し」なのでしょうか? それとも3代目が身上をつぶして、売り家という文字を唐様で書いたという、あれなのでしょうか? これまで私が読んだ、どんな美術史の本にも、マニエリスムとナビ派の共通性などという指摘は書いてありませんでしたから、私だけの思いこみなのかもしれません。こんなことを思ってしまったのは、もしかしたら私自身が老舗の3代目だという負い目があるからなのかもしれません。(祖父が創業したのが、1912年(大正元年)ですので、今年は94年になります。そして私は危なっかしい3代目なのです。)

ところで、ゴーギャンは、後進の若手にこんな指導をした直後に、アルルでゴッホと合流し、この直前の記事でご紹介したような経緯をたどることになったのです。人間には本当に多面性があるものだと思います。指導者として前衛画家の立場に立った直後に、アルルでゴッホとの短い共同生活を悲劇的に終え、さらに何年もしないうちに、ヨーロッパに別れを告げてタヒチに向かう。

ダイナミックと言えば、まさにダイナミックですが、なにやら複雑なゴーギャンの性格が、推測できそうですね。ゴーギャンと言えば、タヒチで制作した画が有名なため、そちらにばかり注意が行きそうですが、タヒチは彼にとって人生のほんの一部です。いろいろあったのです。

3回にわたってゴーギャンの人生をご紹介してきましたが、この人が本当はどういう人だったのか、やっぱりわかりませんでした。そして最後には、「そんなに簡単にわかってたまるか!」という彼の声が聞こえてきそうです。長いおしゃべりにおつき合いいただきまして、どうもありがとうございました。


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