1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
縁の下のバイオリン弾き
23 プリンス談義
2011年5月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「ローマ王」の肖像。ナポレオンの没落後、母の実家であるオーストリア皇室で育てられたが、21歳の若さでなくなった。
英国のウィリアム王子が結婚しましたね。おとぎばなしのせいだと思うのだが、王子というと若く美しい男性でなければならないように思ってしまうのが変だ。まあ、あの人は実際に若くハンサムだから,イメージを破られることはないのだけれど、その父親のチャールズ王子は、王子というにはすこしトウがたちすぎている。でもご母堂がご健在なんだからしかたがない。

王子というのはどうして若くなければいけないのか。それは王子ということばが実体よりも関係性をあらわしていることばだからだ、ということができる。王が親で、その子どもが王子だ、という関係だ。だからどうしても子ども、というイメージがつきまとう。親が長生きだったら子どももそれなりに歳をとっていくはずだけれど、普通の社会ではそうなったら「子ども」を思わせることば(つまり「だれそれの息子」)はあまり使わなくなって、もっぱらその人の社会的地位をあらわすことば(つまりなんとか社のなんとか課長)を使うんじゃないだろうか。ところが王子には王子以外の仕事がなく、しかも定年がない。だからいつまでも「王子」のままだ。それがこのことばの座りを悪くしているのだろう。

もちろんチャールズさんはただの王子ではない。彼は皇太子である。英国の皇太子は「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼ばれる。これは昔から呼び習わされている称号だ。ただ、それを知らないとなんだかウェールズという国の王子みたいで大英帝国(とはもういわないようだけど)の皇太子としてはちょっと変だ。

という風に私は長い事考えて来たが、これは無知のせいだった。プリンスということばを辞書でひいてみると、王子という訳のほかに君主、諸侯という訳がのっている。だからマキアベリの本は英訳では 「ザ・プリンス」というのだが、日本では「君主論」と訳されている。この見方でいくと、プリンス・オブ・ウェールズはウェールズの領主、という意味になる。そこの王子ではないのだ。

どうしてそういうことになるのか。私は次のように考える。

ヨーロッパの貴族にはいろいろな称号がある。プリンスはその中で最高の称号だ。王子といえば王様からもらう称号だが、プリンスはある地方の領主という意味で、王様の制度ができる前にもう確立していた自前の称号だった。それらの領主が群居しているうちに一番強い者が全員に打ち勝ってキング(王)になる。日本でいえば戦国時代を終わらせた織田信長のようなものだ。さて、その王様は自分の子どもには王の下の一番高い位をあたえたい。そうなると、その称号は当然プリンスになる。これがプリンスが「王子」の意味で使われるようになった事情だ。

さらにたくさんの王を切りしたがえた「皇帝」は自分の下の一番高い位が王だから、理論上後継者を王位につけることができるはずだ。現に皇帝になったナポレオンは生まれたばかりの自分の息子をプリンスにせず「ローマ王」にしている。(このローマは現在の都市のことではない。当時いくつかの国にわかれていたイタリアの一国だ。)

私がヨーロッパの事情でよくわからなかったのは革命がおこって王様の首が飛んでも貴族はそのタイトルを保持し続ける、という事だ。しかし貴族の位が王様にもらったものではなく、王制が出来る前にもともと持っていた自前のタイトルであるならば王がいなくなったとてそれを捨てる必要はないわけだ。いまでもヨーロッパの共和国、たとえばフランスの貴族たちはそのタイトルを保持している。こういうたぐいのプリンスは「王子」ではないからいつまで待っても王様になれるわけではない。一生プリンスのままだ。だからヨーロッパには老いさらばえたプリンスがけっこういるようだ。

トルストイの「戦争と平和」の主人公のひとりにアンドレイ公爵という人がいる。公爵は英語ではふつうデュークという。フランスやイタリア、スペインにもデュークに相当することばがある。しかしデュークの称号が存在しない国もあり、またプリンスとデュークが併存する国もある。アンドレイはデュークではなくプリンスなのだ。プリンスが王族ではなかった場合、貴族の最高位であるから日本の華族制度にひきうつすと「公爵」というほかはない。アンドレイはそういうわけあいの公爵なのだ。

モナコという小さい国がある。これは王国ではなく「公国」ということになっている。プリンスが治める「プリンシパリティー」なのである。こういう小さい国はヨーロッパの「諸侯」が群雄割拠していたころの化石のような存在だ。その現在の首長は「プリンス・アルベール」だから「アルベール公爵」でいいはずだが、独立国としてはもう少し重みがほしい、ということなのだろう、日本では「アルベール大公」と呼ばれている。

この「プリンス=公爵」ということがよくわかっていなかったために日本の新聞がふしぎな称号を外国人にたてまつったことがある。カンボジアのシハヌークのことだ。

カンボジアは王国でシハヌークはその国王だった。ところが自由に政治活動をするために王位を実父にゆずってみずから退位し、以後は「プリンス・シハヌーク」と称する事にした(1955年)。困ったのは日本の新聞である。「シハヌーク王子」と呼ぶのはさすがにためらわれた。退位したとはいえ、いったん国王になった者が「王子」に逆戻りするのは変だし、いくら待っても王になることはあるまいと思われたからだ。(実父が亡くなるとかれは王位を空位として自分はプリンスのままでいた。)そこで「シハヌーク殿下」とよぶことにしたのである。

シハヌークは北京滞在中にクーデターにより国外追放の目にあったり、ポル・ポト政権によって家族を何人も殺されたり、浮き世の辛酸をなめつくしたが、1992年にふたたび王位についた。その間ほとんど40年という長い間、日本の新聞ではかれはずっと「殿下」だった。

「殿下」という言葉は地位をあらわすものではない。天皇が「陛下」皇太子が「殿下」と呼ばれるように、その人の名前のあとにつけて敬意をあらわすことばだ。しかし戦後の日本では本人に会ったときぐらいのほか、「殿下」を使う機会はないだろう。新聞だって「皇太子さま」「雅子さま」というふうに書く。

外国の王族はすべて「エリザベス女王」「チャールズ皇太子」のように書かれる。「陛下」や「殿下」を使うことはない。日本人がかれらの臣民でない以上、当然のことだ。

それなのに皇室のメンバーでもない、日本においては何の地位をしめているわけでもないシハヌークを「殿下」と呼ぶのはいかにも異様である。「殿さま」と呼んでいるようなものだからだ。

ここは当然「シハヌーク大公」でいいはずだった。ただ日本のマスコミが「プリンスは王子だ」という思い込みにとらわれていたからこんなことになったのだと思う。

市川海老蔵は暴行事件の際に「墜ちた梨園(りえん)のプリンス」と週刊誌に書かれた。梨園というのは歌舞伎界のことだ。日本ではある特定の業界で若くて実力のある者を「プリンス」とよぶならわしがある。これは「王子」のイメージだ。したがってやはりある程度は見た目がよくて若くなくてはその称号がそぐわない。

しかし、英語ではそうではない。「〜〜界のプリンス」というとその領域で一番成功したひと、第一人者、という意味だ。この場合のプリンスは「君主」というもともとの意味だからだ。歳は関係ないし、顔のよしあしなんか問題にならない。日本ではそういう時はプリンスを使わず、「〜〜界の雄」「〜〜界の王者」「〜〜界の長老」などという事が多いと思う。

アメリカは四民平等の国だから、プリンスなどおよびでないかと思うとそれが大違い、実はアメリカ人は一般に王だの貴族だのが大好きで、あこがれをもっている。ウィリアム王子の結婚にはイギリス人におとらず関心をもっている。でも、無理からぬことだがアメリカ人は貴族制度というものがよくわかっていない。伝統的な言い方を尊重しない。だからある分野の第一人者をさす場合、 「プリンス」ではなく「王様」を使う傾向がある。エルヴィス・プレスリーは「キング・オブ・ロックンロール」だ。マイケル・ジャクソンは「キング・オブ・ポップ」だ。

そんなアメリカでも「プリンス」を使うことがまったくないわけじゃない。

ジョン・ウェインはかつてのハリウッドの大スターで、映画界を代表する人物だった。かれはどういうわけか若い頃からのあだ名を「デューク」といった。「公爵」というわけだ。そのあだ名が有名だったから、かれが老人になってがんで亡くなってしばらくして、新聞に次のような記事がでた。

「ちかごろヨーロッパではかの地の爵位を売りにだすことが流行している。アメリカにそのブローカー(ヨーロッパ人)がやってきて私のところにも買わないかという話がきた。『アメリカにだってデュークはいるよ。惜しい事にもう亡くなったけどね』と私がいうとブローカーはおどろいて『で、でもその方は本物のデュークではありますまい。つまり、ヨーロッパの由緒ある公爵さまではないでしょう』という。そこで私はいってやった。『うん、その通り。デュークなんかじゃなかったね。実は正真正銘のプリンスだったんだ』」
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
142 黒い雨
141 ベーコン
140 根付
139 プリーズ
138 キャベツあれこれ
137 スピリチュアル
136 柿と卵焼き
135 移動と定住
134 ベジタリアン
133 王女と真珠
132 七人
131 イディオムということ
130 平等
129
128 名誉殺人
127 ラフカディオ・ハーンのこと
126 楽器
125 ビスケット
124 動物
123 アイヌ
122 ヘクター・ザ・ヒーロー
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
120 果実の皮
119 コンニャク問答
118 安岡力也の生涯
117 事実は小説より奇なり
116 レイルウェイマン
115 火を起こす
114 ふし穴
113 ジュリー・デューティー
112 目玉焼き
111 歌に歌われる
110 組織
109 人種差別
108 丸い足
107 宗教と女性
106 ディーベンコーン
105 神の味噌汁(みそしる)
104 健さんと平戸
103 バグパイプ考
102 ないです
101 聖地
100 マッカンチーズ
99 再造の恩(2)
98 再造(さいぞう)の恩(1)
97 行水
96 かまわぬ
95 本場もの
94 グーリックさんのこと
93 ケセラセラ
92 日本人の肖像
91 センス・オブ・ワンダー
90 カティ・フラードのこと
89 屋根瓦(やねがわら)
88 一人っ子政策
87 文化の違い
86 干し野菜
85 恐れを知らないギター
84 銀シャリ
83 ターナー
82 デリシャス
81 モハメッド・アリの大勝負
80 ハンマーダルシマー
79 白無常(はくむじょう)
78 アメリカいれずみ事情
77
76 ひつじ
75 ひげにまつわる話
74 ぐちゃぐちゃ
73 宗教の周辺(2)ヘズース
72 宗教の周辺(1)翼と銃
71 となりの芝生
70 ピンピンパンパン
69 帯とバックル
68 レ・ミゼラブル
67 テーブルマナー
66 朝の穀物
65 二人松浦
64 好きこそものの上手なれ
63 パイについて
62 Xのこと
61 琴棋書画(きんきしょが)
60 爪紅(つまべに)
59 絵に描いた餅(もち)
58 ブレーキ
57 シャーロック・ホームズとカレー
56 ポール・マッカートニー
55 野蛮な茶
54 パサディナ
53 複数たち
52 玉米(ぎょくまい)
51 それにつけても
50 はしとさじ
49 ローズバーグ
48 ジャカランダ
47 サンドイッチの話(2)「O.J.シンプソンとハンバーガー」
46 バンジョー
45 ジャージー・リリー
44 工夫
43 かゆのいろいろ
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
41 イニシャルについて
40 無用の人
39 具眼の士
38 天使も踏むをおそれるところ
37 ビスカイーノ
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
35 パトリシア・ハイスミス
34 茶飲み話
33 柴五郎とジョニー・ビーハン
32 戦場のゴムぞうり
31 やきもの
30 記憶としての絵
29 アイリッシュ・ミュージック
28 乳と蜜の流れる土地
27 レディ・ハミルトン
26 Mto.
25 『チャイナタウン」
24 ドライ・ランチ
23 プリンス談義
22 帽子の話(3)「新撰組」
21 アメリカの大学から
20 帽子の話(2)「衣冠を正す」
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
18 マイ・バレンタイン
17 理想
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
15 おらんだ正月
14 シャーベット(下)
13 シャーベット(上)
12 カナダロッキーへの旅―最終回
11 カナダロッキーへの旅―11
10 カナダロッキーへの旅―10
9 カナダロッキーへの旅―9
8 カナダロッキーへの旅―8
7 カナダロッキーへの旅―7
6 カナダロッキーへの旅―6
5 カナダロッキーへの旅―5
4 カナダロッキーへの旅―4
3 カナダロッキーへの旅―3
2 カナダロッキーへの旅―2
1 カナダロッキーへの旅―1
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 8 1 5 7
昨日の訪問者数0 4 0 6 3 本日の現在までの訪問者数0 2 6 7 2