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僕の偏見紀行
113 メコンへの旅(3)山上の祝福
2011年2月12日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ チェンマイのローカルバス乗り場近くの市場にて。積み上げられたイチゴ、他の店でも同じやり方で売っていた。
▲ チェンマイ駅のプラットホーム。終着駅の旅情が漂う。
▲ ステープ山上のプラ・タート寺院。黄金色に輝いていた。
チェンマイ3日目の朝、特にあてもなく町歩きへ出かけた。トゥクトゥクに乗り、とりあえずローカルバス乗り場を目指す。ところがドライバーはローカルバスというのがピンと来ないようだ。地図を示し、身振り手振りで悪戦苦闘、ようやく理解してくれた。

着いてみて分かったが、そこは市場脇の路上の一角だった。数台のソンテオ、小型トラックを改造した乗り合いタクシー、が停車し、ドライバーらしき男たちがたむろしている。道端に簡単な標識はあるが、特に建物や待合所らしきものはない。

派手なソンテオの車体や標識にはタイ文字の標記しかなく僕にはさっぱり読めない。並んでいるソンテオがどこへ行くのか、何時出発なのか全く分からないのだ。

もともとその方面に向かう客が集まれば出発する、という仕組みだから時刻表などあるはずがない。時々ドライバーが、どこそこ方面出発するぞ、とでもいうように客集めをしている。

僕が明日向かう予定のチェンライ行きのバスは、郊外のこことは別の長距離バスセンターから出ている。そこからは大型バスが時刻表にもとづいて運行され、なんとVIPバスなどという豪華なバスも走っているのだ。

ソンテオの通りから裏通りへ入り、市場を歩いた。野菜・果物・肉・魚・香辛料などあらゆる食材、さらには衣類雑貨までが溢れている。

大粒のイチゴが城壁のように積み上げられ、甘い香りが漂っている。となりの台にはびっしりと宝くじ並べられ、売り子のオバサンが声をからしている。これぞまさしくアジア的豊饒の海、歩くだけで心豊かになってくる。

ドジョウ・ナマズ・カメ・カエルなどがバケツの中でうごめいている。ペットではない、貴重な食材だ。隣には10センチはあろうかという、思い切り手足を突っ張ったカエルの串焼きが積まれている。

市場を堪能した僕は次にサムロー(自転車で人力車を引く)でチェンマイ駅へ向かった。50バーツというのを40に値切って乗り込んだ。排気ガスを撒き散らしけたたましく走る車の間を、年老いたドライバーは器用に走り抜ける。

しかし坂道に差し掛かると、重くなったペダルに、腰を浮かし全体重を乗せて踏ん張らねばならない。ドライバーの日焼けしたふくらはぎが、ペダルに乗るたびに筋張るのを後ろの席から見ながら、僕は値切ったことを少し後悔した。

チェンマイ駅は屋根つきのホームが数本並ぶ立派なつくりだった。構内は発着する列車がないのか閑散としている。案内所で尋ねるとバンコク行きの特急のほか、急行・普通列車など、一日に数本の運行のようだ。

終着駅特有の行き止まりになった線路が静かに並び、旅情をそそる。屋根付きプラットホームには出迎えの若い僧侶が数人、かたわらにはノラ犬が寝そべっている。いつかここからバンコク行きの寝台列車に乗ってみたいものだ。

ホテルへ戻ろうと駅を出ると少々いかつい顔つきのオバサンが寄って来た。トゥクトゥクドライバーだ。向こうから持ちかけたくせに、料金は言い値を頑として譲らない。他をあたろうと移動するがついて来る。それなら多少譲歩するかと思いきや、全く譲らない。

根負けして乗ることにした。運転の腕は確かで遠回りすることもなくすばやくホテルに到着。頑固だが礼儀正しく英語もうまかった。タイの肝っ玉母さんだった。

タイもそうだが、アジア各国では市場や食堂など様々な場所で女性が主役となって働いている。彼女たちはみな商売熱心でしっかり者だ。

午後はチェンマイ郊外のステープ山への日帰りツアーにでかけた。標高1000m余の山上にあるプラ・タート寺院は、タイ北部で最も神聖な寺の一つとして人々の信仰を集めている。

あちこちのホテルからかき集められた客は、フランス・イタリア・台湾など多彩な顔ぶれだった。バスが走り出すとガイドの案内が始まった。ガイドは長身の美女、ややハスキーな低音で話す彼女のしぐさは女性だが、立派な体格は男性を思わせた。

ネネと名乗った彼女は分かりやすい英語を話し、客への気配りも怠りなく優秀なガイドだった。僕はネネに、日本ではその昔、ヒデヨシという有名なサムライキングの妃が同じネネという名前だった、と教えてあげた。しかしタイのネネは日本の歴史に興味がないのか、僕の英語が下手だったのか、僕のお節介をあまり喜ばなかった。

客の中に珍しく日本人の中年男がいた。話してみると早期退職してアジア一人旅を始めたばかりということだった。前の夜、日本食レストランで日本酒1本300バーツもとられた、とぼやいていた。

ネネの案内もよく聞き取れないらしく、次の予定や集合時間などが分かっていない。これではこれから先が大変だろう、と思ったものの、旅に出れば僕も含めてみんな自己責任、他人に同情するゆとりなど僕にはなかった。

プラ・タート寺院は駐車場から階段を300段あまり登ったところにあった。曇りがちの山上は少し寒かったがさすがに汗びっしょりになってしまった。

靴を脱ぎ寺院の門をくぐると、黄金色に輝くお堂やたくさんの仏像が立ち並んでいる。多くの人々が花や線香を手向けながら回廊を巡り祈りを捧げている。

ネネが客を様々な祈りの形をした7体の仏陀像の前に案内してくれた。7体のお姿はそれぞれが曜日を表しているという。自分の誕生日の曜日の仏陀像におまいりするとご利益があると教えられた。

誕生日の曜日が分からない人にはちゃんと分厚い早見表が用意してあった。僕は水曜日生まれと分かり、水曜日の仏陀像のまえで旅の無事を祈った。

さらに奥まったお堂では高僧が座り、その前には人々がひざまづいて祈っている。僕も同じように祈った。すると高僧が「日本人か、わしは日本はよく知っとるぞ」といきなり日本語で話しかけた。

突然日本語が聞こえ、僕は少々うろたえてしまった。「どこから来たか、大阪か東京か」と問われてさらにあわてる。かろうじて「東京の隣、千葉から来ました」と応えた。

高僧は、聖水にひたした小枝を僕の頭上で盛大に振り回した後、右手首にお守りの白糸を結んでくれた。その時は訳が分からぬまま頂いたお守りだった。しかし後々旅の途上で、このお守りに助けられた、と思えるような出来事がいくつか起こった。

ホテルへ戻り荷物の整理をする。明日はチェンライへの移動日。バスで3時間半くらいかかるらしい。スーツケースは積み込めるのか、トイレはどうするのか。

いろいろと気にかかるが、VIPバスというのもあるのだ。エアコン完備トイレつき、快適リクライニングシートらしい。65才になったのだからそれくらいの贅沢は許されるだろう。自称バックパッカーは勝手にそう思った。(続く)
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
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44 挑戦!乗鞍岳
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42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
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39 50年の時を超えて
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37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
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30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
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1 東北紅葉雪見風呂
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