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ボーダーを越えて
81 移民政争とラティノの力
2006年3月28日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 地面から海の中にまで続く国境の壁。建てたのはもちろんアメリカ側だ。
今回は、現在アメリカで緊急の国内問題として騒がれている不法移民取締法について、ちょっとご報告します。次回からまたホンジュラス報告です。

  = = = = =

去る日曜日(3月26日)のロサンジェルス・タイムズ紙の1面トップに、土曜日にロサンジェルスで行われた不法移民取締法に反対する50万人のデモの大きな写真と記事が載った。ロサンジェルス史上最大のデモだという。ベトナム戦争反対のデモもこんなに人は集まらなかったそうだ。月曜日にはハイスクールの生徒たち4万人が、ロサンジェルスやサンディエゴはもちろん、その他の南カリフォルニア各地で街に出てデモをした。

不法移民取締法反対のデモは急に始まったのではない。3月10日にシカゴで30万人がデモをして以来、デンバーやフェニックスやミルウォーキー、そしてもっと小さな都市でも数万人がデモに参加してきた。それをマスメディアは完全に無視してきたのだが、さすがにロサンジェルスでの盛り上がりは無視できなかったのだろう。いや、一番驚いたのはワシントンの政治家たちに違いない。

なにしろ、これまで声高に政治家に圧力をかけ、マスメディアの注目を浴びてきたのは、不法移民反対と国境警備の強化を叫ぶグループだからだ。その中にはミニットメン(Minutemen)という武装した国境自警団もいる。不法移民取締法が昨年12月に下院を通過したのは、こうした保守的な選挙民のご機嫌を取って、今年の11月の中間選挙の地盤を固めておこうという意図があったと思われる。

「不法移民」が問題とされるのはいま始まったことではない。不景気や失業率の上昇、州予算の赤字や公立病院の赤字経営、そして公立学校の質の低下などが問題となるたびに、まず「不法移民」が槍玉に挙げられるのを、過去30余年の間に、私は何度も見てきた。「不法移民問題」の解決法として、1986年には長年アメリカで就労してきたことを証明できる「不法移民」には居住就労権を与えるという恩赦があった。私の夫はそのとき、恩赦に適合する労働者すべてに証明書を発行し、彼らは「合法移民」となったのだった。

が、その恩赦は「不法移民」流入を止めるどころか、かえって合法となった移民を頼ってやって来る家族や親類や同胞たちの流れを促進することになってしまった。それまで西部に集中していたメキシコや中米からの移民は、いまや東部や南部、そしてアメリカの中心である中西部の小さな町にも浸透し、現在「不法移民」は1200万人と推定されている。そうしたことが、「不法移民」はアメリカ人から職を奪い、英語を学ばずに「アメリカ文化」を脅かしているという恐れを生んだのだ。

が、それだけではない。9/11事件以来ブッシュ大統領がテロリストの脅威を唱え続けてきたことが、さらに「不法移民」に対する脅威感を煽ったと言える。「不法入国者」の流入は、国境警備が不徹底の証明のようなものだからだ。同時に、「不法移民」のほぼ8割がメキシコと中米の出身だから、もともと有色人種の移民に反対する白人に「不法移民はテロリストだ」という口実を与えることとなった。そんなのはあまりにも飛躍した論理だ、と思われるだろうが、反不法移民活動家が実際にそう信じてはいなくても、格好のレトリックではある。

こうしたことを背景に、不法移民取締法が下院を通過したのだ。この法案は不法移民をただ強制送還するだけなく、犯罪者の扱いで送還するとしている。ということは、正式にビザを取ろうとしても(それがたとえ観光ビザであっても)絶対にビザを発行してもらえない、つまり合法的には2度とアメリカに入国できないということだ。しかもこの法案は、「不法移民」をどんな形態にせよ助けたりすることも犯罪とみなすとしているから、人権擁護の観点から移民救済行為をしてきたグループや教会も対象となる。

「不法移民」反対の声をテレビやラジオで耳にするたびに、アメリカ中のラティノ(メキシコ以南のラテンアメリカ系の人々)が1人残らず参加して、たった1日でいいからゼネストをやったらいいと私は思うのだ。そうしたら、アメリカの経済社会活動は麻痺して大混乱を起こすだろう。野菜や果物の収穫はできないし、レストランでは汚いお皿でいっぱいになり、オフィスや病院は掃除されずに汚れたままになり、建設工事はどれも急停止し、中西部の町の工場では鶏肉も牛肉もパッケージされないまま放置されるだろう。アメリカがどんなにラティノ労働力に頼っているかを、思い知らされるに違いない。

(私は観ていないのですが、2004年に放映された「メキシコ人のいない日」[A Day Without a Mexican]という映画が、まさにラティノがカリフォルニアから1人もいなくなって大混乱が起きるという筋書きだそうです。)

ラティノ全体がゼネストに参加すべきだと考えるのは、「不法移民」を守るためということだけではない。不法でも合法でも、働き方や生活の仕方は変わらないからだ。夫の農園の労働者を見ていて、そのことがよくわかる。家族をメキシコに残してきた者は、合法移民となっても、定期的にメキシコに帰郷するし、アメリカ生まれのラティノでも、親あるいは祖父母の代は「不法移民」だったということはちっとも珍しくなく、意識の上で「不法」と「合法」の違いは便利さの違い程度なのだ。

「不法移民」がアメリカ人から職を奪っているとか、医療や社会保障制度を圧迫しているとか、移民の子どもたちが学校教育を悪化させていると反不法移民論者はよく言うのは、労働者の実態を知らないのだ。移民たちの多くはアメリカ人がやりたがらない仕事をし、税金を払い、社会保障年金も払い込んでいる。公立病院の経営不振は、アメリカの医療制度全体の問題であって、移民のせいではないし、学校が混み合っていて施設整備が生徒の増加に追いつかないというのも、公立教育の財源を地元の税金で賄うというシステムの問題であって、これも根本的には移民のせいではない。

それでも「不法移民」は不法なのだから、びしびし取り締まるべきだと、「不法移民取締法」をごり押ししても、執行不可能だろうし、下院は通ったものの、上院の通過は無理だろう。というのは、保守の共和党議員の間でもこの問題では分裂しているからだ。

ブッシュ自身が合法的に移民労働者を迎え入れる「ゲストワーカー」案を提唱している。それはメキシコのフォックス大統領との関係を悪化させないためでもあるし、ラティノ有権者を共和党に引きつけたいからでもある。ラティノは移民の流入も多い上に出生率も高く、人口がどんどん増えている。おまけにこれまで政治にはあまり参加してこなかったのだが、次第に政治に自分たちの声を反映させようとし始めている。

そうしたラティノの潜在的政治力に共和党は2004年の選挙から注目し、積極的にラティノ票の獲得に努めたのだ。ブッシュが第2期で、メキシコ系のアルベルト・ゴンザレスを法務長官に任命したのも、次の選挙でラティノ票を共和党に集め、政治的地盤を固めるためであることは間違いない。が、不法移民取締法案はラティノ票を民主党に押しやってしまう羽目になるかもしれない。
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