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ボーダーを越えて
82 移民政争とラティノの力(続)
2006年4月1日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ メキシコからアメリカへ国境渡る際に通る標識。柵の背後に見える左側の鉄の壁が国境沿いに続く。
▲ メキシコ人のお母さんたちは成人英語教室で、子どもの学校の先生への手紙の書き方を学ぶ。
アメリカ政治の場で大問題になっている不法移民取締について、その背景を 前回お話ししました。「次回からまたホンジュラス報告です」と予告を出しておきながら、そうしないのは約束違反のような気がしますが、あれからおもしろい展開になってきたので、ちょっと付け加えさせてください。

= = = = =

共和党内の意見統一をしないまま、昨年12月に不法移民取締法案を強引に下院通過させたとして、下院与党リーダーのビル・フリスト(Bill Frist)議員に批判が集まっており、上院ではその法案とは違う内容を盛り込んだ法案作りの討論が進んでいる。そのきっかけは、3月25日にロサンジェルスで50万人が参加したデモであり、またラティノの多い各都市でのデモである。

フリスト下院議員は、下院与党リーダーの役目はまず党内を団結させることなのに、2008年の大統領選挙に出馬の野心を持っていて、そのための得点稼ぎを優先させたというのが共和党内の批判だ。フリスト議員の誤りは、世論の大勢は不法移民取締と国境警備の強化だと誤読し、移民の権利擁護の声を過小評価したことだ。

ブッシュは先の大統領選挙でラティノ票の40%を獲得した上、ラティノの共和党支持が増えていること、そしてメキシコのフォックス大統領との友好関係維持のためにも、「ゲストワーカー」方式を提唱してきた。しかし、ブッシュの支持率が低下の一途をたどり、反不法移民を唱える声が大きくなったことから、フリストは、この移民問題に関してはブッシュから離れて独自のイメージ作りをしようとしたのだが、それが裏目に出てしまったのだ。

不法移民取締法案反対デモには、「不法移民」も積極的に参加し、ハイスクールの生徒が活発に反対運動を継続させている。おかげで、あからさまな不法移民バッシングは少なくともマスメディから後退した。そして現在上院では、もっと冷静で、できるだけ実施可能のような法案を模索する討論が交わされている。マスメディアでも一般市民の声を拾いながら、推定1100万という膨大な数の「不法移民」をどうしたらいいかの論議がなされている。

論議は主として以下の3つに集中している。
1)膨大な数の「不法移民」を強制送還するのは不可能なので、どうしたらいいか。
2)「不法」で入国したという不法性をどうするか。
3)「不法移民」は必要な労働力としてアメリカ経済に貢献するのか、それともアメリカの財政の負担となるのか。

簡易調査だが、国境近くで、新移民との接触の多い地域ほど、移民の労働力は必要であり、移民の権利は守らなくてはいけないと言う人が多く、国境から遠く離れていて移民と出会うことすらないような所ほど、「不法移民」はどしどし追い返せという人が多いという。つまり、不法移民取締というのは実際の状況から生まれた見解ではなく、頭の中で生まれた観念なのだ。

「不法移民」がまじめな働き者だとは認めても、アメリカの法律を破って入国した事実は許してはならない、というのはもっともな論理なようだが、実はそこにはあまりにも偏った力関係に基づいた観念がそのまま表れている。ラテンアメリカ諸国(メキシコと中米南米諸国)の人々がアメリカに入国するにはビザが必要だが、アメリカ人もビザが必要というのはブラジルだけなのだ。アメリカから国境を渡ってメキシコに入るには、パスポートチェックもない。国境から100km以上へ行くには旅行者カードが必要だが、それは渡されたカードに記入するだけだし、何かの事情でカードを持っていなくても、罰金を取られることもなく(賄賂は要求されるかもしれないが)、「今度からちゃんと持っていてください」と言われて済んでしまう。

膨大な数の移民がラテンアメリカから流入しては、経済的影響だけではなく、北アメリカ文化を危うくするから、南側の国境はできるだけ封鎖しておくべきだと考えるアメリカ人も少なくない。それを言うなら、アメリカから南の隣国にどっと流れる物資の動きも止めるのが公平というものだ。すでにアメリカの農産物(トウモロコシや小麦や米など主食になるものや乳製品)がメキシコや中米の農業生産を崩壊させつつあり、農村の崩壊が都市部へ、そして国境の北側へと流動する人口を増加させているのだから。また、マクドナルドやバーガーキングやピザハットなどの進出は現地の食文化に浸透しつつあるし、アメリカのポップカルチャー(特にテレビ番組)の浸透は価値観に直接影響を与えるから、そういうものの流入は一切遮断して各国の文化保存を認めるという姿勢がなければ、アメリカの文化を守るために国境を警備して封鎖するなどという権利はないと思う。(もちろんこれは理想論で、だれもそんなことは言いません。でも、言ってみる価値はあると思った次第です。)

不法移民取締に関して、その賛否にかかわらず、アメリカ人の中にちらつくものがある。それは、アメリカは世界一すばらしい所で、誰でも住みたがる所だという思い込みだ。ところが、生活さえもっと楽なら、アメリカなどへ渡らずに自分の国に居とどまりたいと思う人が実に多い。アメリカに渡っても、メキシコに戻りたいと思う人々が少なくないのだ。

去る1月にメキシコへ行ったとき、10人ぐらいのタクシーの運転手と話をしたが、そのうちの半数はアメリカ経験者だった。その全員がシカゴで働いたのだったが、口を揃えて、冬が残虐なほど厳しいと言って笑ったが、厳しいのは冬の気候だけではないだろう。メキシコにある人と人とのとても暖かいつながりが、アメリカには欠けている。メキシコには、アメリカの生活水準から見たら貧しくても人生に満足して平穏な心で生きている人々が多いのだ。そのことがアメリカ人には理解できない。もし理解できたら、不法移民取締論争ももっと違った展開をするだろうと思う。これも私の理想論かもしれないけれど。
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