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49 ムートン・ロートシルト
2006年10月15日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。



















ムートン・ロートシルト


ロートシルトとは、英語の Rothschildのフランス名です。あのユダヤ系金融財閥、ロスチャイルド家のことです。このロスチャイルド・ファミリーは、金融だけでなく、様々な分野に進出しておりますが、ワインの世界でも確固たる位置を占めているのです。今回は、そのロスチャイルド家が所有する名門シャトーのひとつ、ムートン・ロートシルトについてのおしゃべりです。

このシャトーの所有者は、ロスチャイルド・ファミリーではありますが、いくつかあるうちの、バロン・フィリップ・ド・ロートシルト家(フィリップ・ロートシルト男爵家)です。もうひとつの有名な、ラフィット・ロートシルトとは親戚ですが、いわばライバル関係になります。

このムートン・ロートシルトは、長年ボルドー・ワインの格付けの2級でしたが、1973年に最高ランク、プルミエール・グラン・クリュの仲間入りをしました。つまり、格付け上でもライバルのラフィットと並んだのです。

そもそもこの格付けなるものは、1855年のパリ万国博覧会に際して、当時の皇帝ナポレオン3世が、初めて無理矢理に作らせたものなのですが、あのフランス人の気質を考えると、よくぞ話がまとまったものだと思います。まあ、ナポレオン3世らしく、腕っぷしと、金権をフルに使ったのだろうと思いますが。

以来1世紀以上、その格付けには一切変更がなく、そのままそっとされておりました。それは、そうでしょう。それに関わる巨大な利権が存在すること、それにあのフランス人の気質からしても、ちょっといじり始めたら到底収集がつかなくなることは、目に見えています。なにせ、ほとんどすべてのシャトーのオーナーが、自分のシャトーが世界一だと信じているわけですから。

ところが、このフィリップ男爵は、例外的に、歴史上でひとりだけ、それをやってのけたのです。膨大な資金力と、政治力、それに1922年に彼自身がムートンに関わり始めて以来51年間という努力の末、ついに1973年に2級から1級に格付けを変えさせました。実際、ぶどう栽培から醸造に関するすべての分野で、膨大なお金を投入して、あらゆる改良をしたと言われていますので、上っ面だけのものではなかったのでしょうが、それにしても、あのフランスで、あのボルドーで、こんなことをやってのけたのは、ロスチャイルドだからだと、あらためて思います。そんなにヤワな仕組みではないのです、あの国とあの業界は。

ともかくそんな背景を持ったこのワインは、私の好物のひとつです。ぶどうは、カベルネ・ソーヴィニオン85%、カベルネ・フラン7%、メルロー8%と、最も典型的なフルボディの赤ワインです。

Blackcurrants(くろふさすぐり)というジャムにする果物に似た香りが特徴とされ、すぐ近くの畑で栽培されるラフィットよりも、むしろもうひとつの格付け1級ワインのシャトー・ラトゥールに香りや味が近いと思います。ガーネットのような深い色と、あの独特な芳香、やっぱりまいってしまいます。

それからもうひとつ、ムートン・ロートシルトの特徴は、1945年以降は、毎年必ず実力のある画家にその年のラベルをデザインさせていることです。パブロ・ピカソやマルク・シャガールが描いたこともあります。これは、男爵の美術への興味と愛好から出来た習慣で、それは男爵が亡くなってからも、後継者である娘さんによって現在も続けられています。オークションでも、1945年以降のすべてのヴィンテージを揃えたセット(毎年異なる絵柄ですから、とてもきれいなコレクションになります)が、途方もない価格で取引されているのを見ることがあります。

一般には、ムートンよりもラフィットの方が値段が高いのですが、年によってはムートンの方が上ということもあります。上の写真のムートンは、1994年にパリのニコラ (Nicolas) という酒屋さんで購入したものです。(ムートン・ロートシルト 1978) 市内のあちこちに支店があるお店ですが、たしかこれは、マドレーヌ寺院広場にある本店で買った記憶があります。今では途方もない値段になっていますが、当時は比較的お手軽なものでした。

ニコラは、モンテカルロの特殊なお酒屋さんとは違って、超高級酒ばかりが揃えてあるというわけではありませんが、地下の大きなセラーの中で、こちらのワイン・オタクぶりを値踏みしながら応対するお兄ちゃんとのやりとりを楽しみながら選んだのも、なつかしい思い出です。

そう言えば、ム−トン・ロ−トシルトは、「007 ジェームズ・ボンド」 シリーズの、「ダイヤモンドは永遠に」(1971年)と、「美しき獲物たち」(1985年)に出て来るのだそうです。

「ダイヤモンドは永遠に」では、映画のラスト近くで、美女とショーン・コネリー扮するジェームズ・ボンドが豪華客船のスイ−トでくつろいでいるところに、注文もしないのに、ウエイターとソムリエが豪華なフランス料理と(キャセロールの中には時限爆弾が入り)、このムートンを持って来ます。

「55年のシャトー・ムートン・ロートシルトです。逸品です。」 と出されたワインを悠然とテイスティングしたボンドは、「ワインは最高だ。しかし、この食事には、クラレットの方が合いそうなのだがね・・・」 と尋ねます。カマをかけたのです。 英国人はボルドー産赤ワインをクラレット (claret) と呼ぶのですが、本物のソムリエなら、それを知らないはずがありません。

ところが即席ソムリエの彼は、「残念ながら、当船はクラレットを置いてなくて・・・」 と言ってしまい、ボンドに、「これこそがクラレットだ!」と見破られてしまうシ−ンがあります。

「美しき獲物たち」では、映画の前半で、エッフェル塔のレストランで、ロジャー・ムーア扮するボンドとフランス人の探偵が会食をしているシ−ンが出てきます。 ちゃっかり探偵は、「ムートン・ロートシルトの59年物を!」とオーダーするのですが、そのあと、「勘定はそちら持ちで」とボンドに。 でも口をつける前に蝶々のついた毒針で殺されてしまうのです。

という次第で、ムートンとラフィットなら、ワインにあまり関心がない方でも、知っておいた方が、なにかと便利なワインです。

ロスチャイルド家は、ダイヤモンドのビジネスにも、オッペンハイマー家と共に根っこの所で関わっています。うーん、金融、ワイン、ダイヤモンドか、目のつけどころがすごいと言うか、なんだか面白い組み合わせですね。


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