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僕の偏見紀行
116 メコンへの旅(6)国境の町
2011年3月11日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ タイ・ビルマ国境を流れるメーサイ川、左岸がタイ側。
▲ ビルマ、タチレイ側から見た国境の門。
▲ タチレイの町で見かけたオレンジ売りの女性。中央アジア風の顔立ちだった。
チェンライから幹線道路を50キほどバスで北上するとメーサイに到るが、そこはもうビルマとの国境の町である。メーサイからは制限つきではあるが、簡単な手続きでビザ無しでビルマへ入国できるという。

またメーサイは有名な、今は観光地となってしまった「ゴールデントライアングル」も近い。メーサイへはバス路線があるが、そこからゴールデントライアングルへ行くにはソンテオ(乗り合いタクシー)を利用するしかないようだ。細かいところをは行って見なければ分からない。

果たして日帰りでチェンライまで帰って来れるか、若干の不安を抱えながら、僕はメーサイ行きのローカルバスに乗り込んだ。ほぼ満員の客を乗せてバスは出発した。

発車直前まで声をからし、客を呼び込んでいた女車掌は、一段落すると乗車賃を集め始めた。行き先を聞いてカネをとるがキップはくれない。車内を精力的に動き回る一方、路傍の客を見つけるや素早くバスを止め客を乗せる。働き者の中年女車掌だ。

いきなりガソリンスタンドでバスが停まる。何事かと思えば運転手がノコノコ降りてガソリンを入れている。出発前に入れておくという発想はないようだ。さらに女車掌は道端の屋台でバスを止め、自分たちの弁当を買い込んでいた。その間お客は何事もなく静かに待っている。

乗っているのは地元の人が大半だ。その中に外国人は4人だけ、うらぶれた感じの白人男3人、そして僕。奇しくもみんな年老いた男の一人旅。1時間半ほど走ってメーサイに到着、39バーツの旅だった。

バスを降りようとしたら、前の席にいた一人旅の白人男がが振り向いて僕に尋ねた。

「ここはメーサイか」
「そうだよ、国境を越えるのか、それともゴールデントライアングルか?」
「よく分からない、ウヒヒヒ」

 男は欠けた前歯をむき出して笑う。上には上がいるものだ、僕は思った。その後、ビルマ国境でもゴールデントライアングルでも、彼に出会うことはなかった。

町を貫く大通りの先に巨大な国境の門がそびえている。その向こうはもうビルマ。歩いて国境を越えるのだ、ワクワクするような期待に心が躍る。

1970年代後半、紀行作家の下川裕治さんが、学生バックパッカーとしてこの国境を訪れた頃、そこを越えるなどとんでもないことだった。

おずおずと国境の警備兵の顔色を伺うのが精一杯だったらしい。それ以来彼は何度もやって来たが越境は果たせなかった。やっとそれがかなったのは1990年代も半ばだったという。

そんな先人の苦労話も今は昔、現代の国境越えは申し訳ないほど呆気なく簡単だった。まず国境の大門をくぐりタイのイミグレーションで出国手続きを済ませる。

次にビルマのイミグレーションで手数料500バーツを支払う。するとパソコン連動カメラで顔写真を撮り、入国許可証をその場で作ってくれる。パスポートを預け、引き換えに許可証をもらって手続きを完了した。この許可証は国境から5キロ以内に限って立ち入り可、有効期間は2週間という特別なものだ。

国境のメーサイ川にかかる橋を歩いてわたると、そこはもうビルマのタチレイという町だ。タチレイへ入った途端わっと男たちが押し寄せて来た。名所旧跡めぐりをすすめるトゥクトゥクの運転手たち、みやげ物を入れた荷台を胸に抱えたモノ売りたちが殺到してくる。

しつこくつきまとうのを無視して逃げると、「ホンモノ・バイアグラ、オンナイラナイカ」などと攻勢をかけて来る。そのうちオキヤ、多分置屋のことだろうが、など、今では日本人も知らないような言葉までが聞こえてきた。まさか旧日本軍の置き土産でもあるまいに。

いったいどこの誰がこんな言葉を教えたのだろうか。それにしても、なんで外国に来てこんなことを言われなければならぬのか。いったい日本人を何だと思っているのか、つくづく情けなく悲しい。

タチレイの町は小さかった。30分も歩くと大通りは尽きてしまう。大通りに軒を連ねる洋品店や雑貨屋の店内は薄暗く商品は乏しい。電力事情が悪いのだろうか、照明を消した店が多い。国境にかかる橋たもとでは屋台に雑多な商品を並べたマーケットが賑わっていた。

ぶらぶら歩いていると、公園の奥にある大きな銅像が見えた。この国の英雄、偉人の像だろうか。写真でも撮ろうと門を入ろうとした途端、警備の兵士に厳しい声で制止された。ちょっと写真だけと身振りで示したが、銃を持った兵士は固い表情を崩さなかった。

歩きつかれたので休憩してトイレを借りようと茶店に入った。ウエイターにトイレを尋ねると店の裏手を指しながら、有料で5バーツという。

カネを払って行ってみると、とんでもないオンボロトイレに頑丈な南京錠がかかっている。それを見た途端なぜか、この国は僕を歓迎していない、と感じた。そして、もうタイへ戻ろう、そう思った。

戻る途中、道端の屋台でオレンジを売るスカーフを被った女性を見つけた。イスラム教徒なのだろうか、中央アジアでよく見かける顔立ちだ。写真を撮らせてもらいオレンジを買った。

国境の橋をわたろうとしたら、子供が一人そばに寄ってきた。食べ物に困って空腹らしい。さっき買ったオレンジが欲しいという。今までもカネをくれと言われることはあったが、手にした食い物が欲しいとは初めてだ。一瞬呆気にとられたぼくは、言われるままに渡してしまった。どっと疲れた僕の足取りは橋を渡りながら重かった。

ビルマのイミグレーションで許可証と引き換えに僕のパスポートを返しながら、係官は僕の滞在時間の短さに変な顔をしていた。短いビルマ滞在であったが、あまりいい印象は持てなかった。

しかしタチレイは、いわば観光客向けに特別に入国を許可された国境の町であり、ここを見てビルマ全体を語るわけにはいかない。ビルマの人々は穏やかで心優しく、食べ物も美味しい、という紀行文を見かけることも多い。またいつの日か、別のビルマに会いに行きたい。

メーサイに戻りゴールデントライアングル行きのソンテオを探す。路線バスはないからソンテオに乗るしかない。あちこち聞きまわってやっとセブンイレブン前に停まっているのを発見した。

運転手はいないが、青いボディに大きく英語でゴールデントライアングルと書いてある。やれやれこれで一安心と乗り込むと、すでに数名の先客がいた。みんな荷物を抱えた地元の人だ。観光客は僕一人だ。

徐々にお客が集まり車はほぼ満席となったが一向に運転手が戻って来ない。時間からして、どうも昼飯に行ったらしい。仕方ない、と僕もホテルの朝食から持ち出したパンケーキを取り出した。これで当座のしのぎにはなる。

僕は旅先の移動では、必ず軽い食物を持参することにしている。何があるか分からないし、どこで食事が取れるか分からないからだ。ホテルの朝食は大抵ビュッフェだから、パンやバナナなどを持って来るのに都合がいいのだ。今までこれで何度も助かった。

1時間くらい経ってやっと運転手が戻ってきた。若い女の客2人を連れてご機嫌だ。彼女らを助手席に乗せ、やっと車はゴールデントライアングル目指して出発した。満員の車内はダンボール箱や包みで足の踏み場もない。

若い女だけ助手席に乗せやがって!差別ではないか。老人は僻みっぽいのだ。役得を楽しんでいるのだろう、運転手は涼しい顔で車を快調にとばしている。    (続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
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52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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